02―A
魔械省本庁。その内部には重役しか出入りを許されなくなった議会棟がある。
狭い議場に入ると、扇状に並んだ議席に役人たちの姿が遠隔で映し出された。彼らは魔械対策特別委員会。通称、委員会。主に司書に追い出された旧魔械庁の重役を筆頭に構成された組織で、安全な首都圏から司書の動向を監視する上層部である。
議席正面、不在の議長席の下に設けられた演壇にはまるで裁判の証言台のような視線が向けられていた。司書自ら手配した重厚感漂う椅子が鎮座していることも彼らの視線を鋭くする原因なのだろう。
急かされる重圧感に晒されながら歩み出るのは二人。魔械省長官の司書と補佐のアリサ。
司書は周囲の視線を気にした風もなく、黒く艶のある長い髪を揺らしながら悠然と歩み、ゆったりと腰掛け、背凭れに身を預け、肘掛けに頬杖をつき、脚を組む。
とても上層部に対する者の態度ではなかった。アリサは椅子が無いため斜め後ろに控える。
『現在の情勢を理解しているのだろうな』
事件への労いもなく叱責から始まる会議。
『国内は遠津の事変を契機に大きく乱れておる。その渦中である那羅、よもや庁舎の目前で横暴を許すとは。この責任、どう考える』
自らが行った活動の足止めを棚に上げ、現場に有無を言わさず責任を問い掛ける。これは魔械省を司書が改革してから茶飯事の光景だ。
彼女は表情一つ変えず、ただ鎮座する。
『災厄ののち、復興の足掛かりとなった遠津。発展の礎となった那羅。大和の分断は日本の分断であると理解しているか』
自らが分断の元凶であることも棚に上げ、現場に有無を言わさず責任を問い掛け続ける。
『遠津は無謀にも政権の奪還を掲げ技術の輸出を制限した。各方面で魔石産業の停滞を促し動力源となる魔石が枯渇している。国内に貧困と不自由を齎したのだぞ』
魔石は戦力であるだけでなく、その性質を利用した技術も開発されている。
魔物が意思疎通を行うように通信媒体として世界を繋ぎ、その変質性も相まって穹窿都市や陸上戦艦などには欠かせない素材となっている。なかでも肝要なのは単純な動力として活用できること。災厄の根源は、また復興の力でもあるのだ。
『儂らは国内の貧困を嘆き、不自由を憂いている。各穹窿からも抗議の声が止まぬが、首都の機能を停滞させるわけにはいかんのだ』
それは内戦以前から繰り返されてきた、ただの愚痴だ。自分たちは贅沢をしたいが、遠津を含む野党や各自治体が指摘してくるため不満をぼやいている。
『全ての元凶は魔械省、もとい司書にある。遠津の反意を見逃し決起を許した怠慢。まこと恥だと心得ているのか』
そこだ。遠津はなぜ決起したのか。
委員会への不満が積もり積もっていたのは承知しているが、国内の要としての地位を捨ててまで反旗を翻した理由が、アリサには分からない。理解しているのは政府上層部。そして司書だけであろう。
『これだから人の心を持たない傀儡は。儂らは抗議の声に耳を傾け不満の捌け口となっておるというに、貴様は何をしているのか。黙っておらんで答えてみよ』
司書は未だ氷の彫像のように微動だにしない。答える気が無いのか、そもそも聞いてすらいないのか。余裕とも威圧ともとれる態度が委員会の面々を沸き立たせていく。
細々とした野次が徐々に感情を顕にした叱責に変わる。
「高溜富雄」
たった一言。それで周囲が静まり返る。ほとんどの者は困惑するか司書の意図を察して視線を険しくするが、言葉に対し動揺を示し強張った顔を司書が見逃しはしない。
「これはつい先日まで官僚として在していた者の名だ。七番と一九番、どうして反応を示す」
高溜は商業施設占拠の主犯格とされる男の名だ。これは報道は疎か人質たちすら知り得ないだろう名前。反応したということは事件についても知っている可能性がある。
もっとも、司書は可能性だけで言及するような下手は踏まない。
『偶然、同名の者が知り合いにいただけだ。私は何も知らんぞ』
「何を知らないのかな」
黙り込む七番と一九番。その反応を見た他の面々が憶測を飛躍させ、保身のための糾弾を始める。委員会を裏切っただの聞いていないだの、自らの潔白を主張するために身内で質疑応答が勝手に行われていく。
茶番を尻目に役目は終わったと司書が席を立つと、その背中を刺す一番の声がした。
『謀をしているならば、改めることだ』
「不戦に調印させたのはおまえたちだ」
退室した司書の後を付いていくアリサは、会議の真意について己の見解を述べる。
「委員会はこの事件に身内が関与していることを察して、それを炙り出すためにあなたを呼んだんですよね」
「奴らは不満を燻ぶらせている高溜を餌に、内部の鼠を炙り出した。事件はその余波に過ぎない」
何か一つ間違えば犠牲が出ていた事件。民間人のその後を心配するアリサは、救出に共闘した者の言葉を思い出した。
「助ける気が無かったというのは本当ですか」
彼女もずっと感じていた違和感。その全てが彼の言葉を肯定しているようで。
「委員会の足止めがあったのは事実だが、救出が遅れたことに他意はない」
「わたしを面談へ派遣したのも」
あの日は魔械省に招待されたアレンなる人物を見定めるため、商業施設に待機を命じられていた。面接は面接が始まる前から始まっている、という奴である。
占拠事件に巻き込まれたことも、彼の言を聞けば全てが都合よく噛み合っているような気がしてしまう。
「人間と同じ。組織とは常に変化する生き物だ。混沌に晒されながら触れるモノに影響を受けていく」
「その混沌の中で目標を見失わず、呑まれないよう努めねばならない、と」
改革を掲げた組織であろうと決して他人事ではない。
「これから共に任務を遂行する仲間となるんだ。しっかりと信頼関係を築くといい」
「あと半年。わたしは自分の決意を貫いてみせます」
この話が持ち上がったのも急なことだったが、会議と現場の視点を見る必要があると考えていたアリサは新規部隊へ参入するに至った。
しかし決意はあれど、仲間を得ることに勇気が出ないでいるのも事実。半年で別れが訪れると知っていて関係を構築することが怖いのだ。
「おまえに課題をやろう。なぜ私に人の心が無いと言われるのか。同じ経験をしてなお、その甘い考えを貫けるか」
司書からの課題はこれが初めてではない。会議や重要な選択を迫られるときには決まって課題を出されるのだ。そのほとんどが資質を試すようなものなのだが、アリサは。
俯く心に激を入れて上を見ると魔械省の活気がよく伝わる。併設する学校には魔導師見習たちが休み時間なのか廊下で仲良く話をする姿が垣間見え、反対側の自治体庁舎前広場では喫茶店や芝生の上で市民が憩いのときを過ごしていた。
眩しくて羨ましく、それでいて当たり前であり続けてほしい光景。
「事件の話って聞いた」
「あれでしょ、魔械省の救助が遅れたってやつ」
行き交う学生の声が胸に鋭く刺さるのを感じて、それでも聞き入ってしまう。やはり失態は学生の不安になり、進路の悩みを増やしてしまったのだろうか。
「巻き込まれた人の情報とか流れてるよね」
「そうそう。特異点の再来だってさ」
聞き入る耳が大きくなる。なにそれ。
「颯爽と犯人をとっちめて民間人を魅了した男性」
「毅然と犯人に立ち向かい民間人を虜にした女性」
聞き入る耳が赤くなるも、なぜか離れられない。
「やっぱ強い人って憧れるよね」
「ウチも大切な人くらいは守れるようにならないとな」
で、どっちが好み。と色恋の話へ発展してきたので、アリサはそそくさと場を離れさせてもらった。
「急がないと顔合わせに遅れちゃうわ」
気恥ずかしさを覚えながら裏手の訓練施設へ向かう。今日は新しい部隊の顔合わせがあるのだ。賑やかな屋外訓練所を遠目に鍛練所と擦れ違う途中、なにやら室内から心を逆撫でするような声が聞こえる。
「おい聞いたか。目の前で起きた事件の救助にすら行けなかったってよ」
「ありえねぇ。どこの鈍間だよ」
また誰かの会話のようだが、これは違った意味で足を止めさせた。不良を気取った学生が聞こえよがしと鍛練中の人物に向かって声を上げている。
内戦が始まってからというもの、学生たちには血の気が多くなっている者が散見された。場合によっては退学、処罰等対応をしているが、肝心の学長を務める司書は不穏分子を篩いにかけるいい機会だという。
「なあ高宮さんよ。どこの魔導師なんですかね」
「補佐の護衛として恥ずかしくないんすか。ああ、元護衛か」
被害者の名前は高宮礼音。紫の髪を一つ結びにして鍛練に勤しむ彼は、長官補佐を務めるアリサのかつての護衛だった。今は部隊の新規編成により護衛の任を終えている。
相手が身内であれ他人であれ、人を虐げる行為は許さないと歩み出るアリサだったが、気配を悟ったレオンは拒むような視線を向けてきた。
「民間人を護れなかったことは恥ずかしく思う。だが後悔しているだけでは強くなれない」
誰に向けて語ったのか鍛練を再開するレオン。身長は一七四とアレンに負けているが、筋肉を動かすたび、細身でありつつも鍛練の成果が滲み出る綺麗な肉体美が誇張される。
それからは徹底して無視を決め込むも、不良は憂さ晴らしなのか雑談するように罵詈雑言を浴びせていた。もう見ていられない。我慢の限界を迎えたアリサは今度こそ警告してやろうと進み出る。しかし背後からまたも制止の意思を示す手が肩に乗せられた。
「アリサが出て行けば更に付け上がらせるだけだよ。女に護られる軟弱野郎とか言ってね。ああいう性質の輩はしつこいのさ」
軟派な口調で語り掛けてきたのは、こちらもかつて補佐護衛を務めていた常磐頼斗。身長一七七と恋愛漫画にでも出てきそうな優男で、橙の髪を掻き上げながら状況を見守る。
「じゃあ、どうするのよ。黙って見ているつもり」
「いいや、同門の親友である僕が黙って見ているわけにはいかない。こういうのは完膚なきまでに仕置きしてあげないと」
すわ暴力かと身構えるが、彼は自らの服の懐を指し示す。そこにはなんてことはない端末が顔を出していて、録画機能で一部始終を撮影していたようだ。見た目に反して恐ろしい性質の男である。
「録画。用意がいいというか、用心深いというか、悩むところね」
「那羅に出てきて生活資金を稼いでいたとき、僕の前で女の子たちが浮気だなんだと争い合ったんだよ。付き合うどころか告白すら覚えのない女の子たちが、ね」
複雑なきっかけから人間不信となり性格を拗らせたらしい。モテる男の辛いところだよと歯を光らせるあたり、あまり同情してやる必要はなさそうだった。
「まあ、がんばってね」
「もちろん。徹底的に脅し付けるよ」
そういう意味ではないし、キラキラした笑みで言うことでもない。
呆気にとられるアリサを置き、ライトは不良と肩を組んでおしゃべりを始めた。別の端末を取り出して自撮りをする姿にはもう言葉も出ない。
どうしてあんなに拗らせてしまったのか。
なぜか少しだけ悲しい気持ちになりながらアリサは退室していく。レオンはその背中を熱い視線でじっと見ていた。
「てぇてぇ」
「あの組み合わせはハズレがないんよな」
集合場所の多目的室。分かるようで分からない。だけどなんとなく分かる。そんな文脈がアリサの興味を唆る。
「このあとの配信よてち、見ましたか」
「もう待機ちう。録画も履修しとかないと」
変な、いや、独特な空気で盛り上がっているのは招待に応じた少女。名前は明智英美里。身長は一五〇と小柄で、肩で揃えた黄色の髪も可愛らしい。
アリサとは事前に顔を合わせているが、一八という若さで評価されてすごい、と言うと喜ぶのに、小さくて可愛らしい、と言うと怒ったのが印象的だ。小さい、が禁句だと思われる。
そんな少女と無邪気にはしゃいでいるのは、昨日の事件で共闘したアレン。心身を負傷していたため今日は姿を見せられないかと思っていたのだが、復帰がとにかく早くて驚いてしまう。
「気不味い」
話題が分からない。そもそも交友関係を築く現場が初めてなのだ。司書に育てられたため、訓練でも日常でも事務的な話しかしたことがない。初めてづくし。そもそも日常ってなんだろうという感じだ。
ゆえあって人との交流を避けてきたのだが、司書からも任務のため関係を築くよう言われている。
「こんなとこでどうした。部屋に入れよ」
扉の前で右往左往していると見兼ねたアレンが部屋へ誘ってきた。その豪胆さを少しは分けてほしいと思いつつ、流されるように室内へ引き込まれる。
「ありがとう。ところで怪我はもう大丈夫なの」
「おかげさまでな。寝たら治った」
そんな遣り取りをエミリが微笑ましそうに見ている。
「アリサさん、バーチャルタレントはお好きですか」
「おいおい、いきなり引き摺り込んでも困惑するだろ。人は皆、気付いたときに沼ってるのさ」
「なるほど」
二人で完結されても困惑するだろうに。それでもなんとか話題に食らい付こうとアリサは持てる限りの知識を披露する。
「Vタレよね。コンビニとか企業と提携しているのを街でよく見掛けるかな」
「提携商品とか持ってたり」
「ええ。ちっちゃくて、可愛いやつ。あ」
ちっちゃいは禁句か。
「どうかしましたか」
本人に対してでなければ平気らしい。
「いえ、なんでもないの。その商品がどうかした」
「欲しい奴が手に入らなくてさ。エミリが箱内の子を身に着けてたから持ってるか聞いてたんだ」
「残念ながら持ってなくてですね。私も別の子が欲しいのですが、今月は記念や提携が多く推し活も厳しくて」
「だから交換会をしていたのね」
「はい。このぬいぐるみの子が推しでして、先ほどアレンさんに交換していただいたのがこっちです」
提示されたのは可愛らしい絵が板に印刷された装飾だ。家に飾るだけでなく、持ち歩いて喫茶店などで写真を撮ったりするらしい。
すでにいくつか交換が行われていたらしく鞄の中も見せてくれた。どうして持ち歩いているのかを聞くと精神安定剤だと言われた。
「なるほど。アレンが探してるのは誰なの」
「二人組のこっちの子なんだけど、両方を揃えようと思うとなかなか」
両手に二つのぬいぐるみを持ってゆらゆらさせるアレンが少し可愛い。
「同じ装飾でいいのよね、わたし持ってると思う」
「マジか」
最近の提携商品だったのでオマケで貰ったことは記憶に新しい。机に立てて愛でていたので求められている子に間違いない。入手済みである旨を伝えるとぬいぐるみをアリサの顔に近付けて驚いてくれた。
「この子なら部屋で飾ってあるわ」
そう言った途端、ゆらゆらしたぬいぐるみの動きが止まる。
「飾っている、のか」
「ええ。可愛かったから。どうかした」
「なら、そのまま大切に飾ってやってくれ。俺も無理に引き離すことは出来ない」
「でも」
どうやら強引に交換を持ち掛けているように感じて遠慮している様子。だがその表情は残念がっているわけではなく、むしろ納得したように頷いていた。
「新たな同志が生まれるかもしれないんだ。その方が俺も嬉しいからさ」
こうやって交友の輪が広がっていくのかと感心するアリサ。推しは尊いというのも理解できる気がする。
「配信、見てみようかしら」
何気なく呟いた一言を皮切りに、その後も推し活についての話は続いていく。
多目的室に朝の鍛練を終えたライトとレオンが爽やかに入室すると、続くように大人の風格を漂わせる女性が教壇に向かってきた。
「海瀬教子。本日より君たちの教官を務めることになった」
部屋の中にはアリサ、アレン、エミリ、ライト、レオン。計五名の若者が席に着いている。
「司書の招待に応じた五名には一つの部隊として行動してもらうが、この席に着いたからには出自や経歴など関係ない。もちろん長官補佐であろうと、かつての護衛であろうと贔屓はせん」
席に着いたならば魔械省の管理下に置かれる旨を了承したということ。これまでの立場などは白紙として扱われる。
「さっそく任務の詳細に入ろう」
「待ってください教官」
時間も人手も足りないため早く本題へ進みたいのだが、レオンが待ったを掛けると、鋭い視線をアレンに向けた。
「ここには余所者がいます。易易と情報を与えることは避けるべきと考えますが」
堂々と鼻に掛けた発言をする彼に教官は淡々と告げる。
「この部隊は官民から精鋭を選りすぐった計画である。先も出自や経歴など関係ないと述べたはずだが、席に座る覚悟がないならば、出て行ってくれて構わない」
渋々と意見を取り下げる彼に、誰も表情一つ変えはしなかった。
「この作戦は内戦の行く末を左右する重要な任務であると心得よ。一人の認識が部隊を、国を揺るがすと知れ」
叱咤激励に一同は改めて表情を引き締める。一拍置いてそれを確認した教官は任務の詳細を語った。
「諸君は原始魔石を知っているだろうか。かつて世界に災厄を齎し人類を滅亡へ追い込んだ全ての元凶である」
過去の大戦に於いて生み出された生物兵器の特別変異体。その影響は千年の時を経て続く生存競争が物語っている。
「再び原始魔石を手にした遠津は現在、内戦に向けて生物兵器の研究を再開させた。原始魔石の欠片を組み込んだ新たな兵器は、魔物を意図的に操る術を有しているという。これの完成を許せば、那羅は疎か、国家の危機となるだろう」
日頃から魔物の脅威に晒される壁外では、集落が壊滅的被害を受ける事象が現実に起きている。もしそれらを任意の標的に向けることが出来たならば、この想定が成されたのも頷けてしまう。
「諸君の大目的は、三つに散らばる原始魔石の欠片を回収し、これを破壊することだ。そのために研鑽を積み、後世を担う者となれ」
端的に言えば、遠津の手中にある原始魔石を破壊し、世界を救う英雄となれ、といったところか。
しかし典型的な夢物語で終わるほど戦争は甘くない。そこには数多の矛盾や陰謀が張り巡らされているはずだ。苦い毒は同時に甘い蜜に成り得てしまう。
委員会から欺いて処分するため、この部隊は集められたと言っていい。
「次に決行までの期間の話をしよう。事前に諸君の資料を読ませてもらったが、私はこの目で見ない限り信用はしない。よって任務に向けた訓練期間を設けさせてもらう」
人手が不足しており時間も差し迫っているが失敗に繋がる要因は排除したかった。教官がそう言うなら司書も同意しているのだろう。
「昨日の件で負傷明けの者もいるが配慮してやる暇はない。さっそく二人組を作れ」
教官が禁忌の文言を口にした瞬間、エミリが泡を吹いて気絶した。
魔法には、魔刃、魔弾、障壁、妨害、跳躍、五つの種類がある。更に行使した場合には休息時間が必要となり、弱魔法なら一秒、強魔法なら五秒を要求される。但し跳躍に関しては特殊な分類にされており、強弱の切り替えは出来ない。
これは過去を隠蔽した現在に於ける世界の常識。全ては魔石との契約。その意思により定められた掟である。
「え、どうしよう。そんなに高圧的だったかな」
「教官の責任ではないわ。この子は、そう、処理落ちしたのよ」
威厳を見せていた姿は鳴りを潜め、戸惑いを隠せない教官。白目を剥いた少女の面倒も見ているアリサはてんやわんやだ。二人組だと一人余るという指摘も出来ない。
「それはそうと、試験を見ておかなくていいのかな」
気を利かせて話題を変えたライトは目下で戦いを繰り広げる二人を示す。今は場所を移動して屋内訓練所に来ており、実力が経歴に見合うかを確かめる模擬戦が行われていた。エミリが気絶したので一騎打ちの形式を取っている。
模擬戦をするにあたりアレンは初陣に手を挙げたのだが、それを見たレオンが珍しく自分の意思表示をして対戦相手に立候補した。
「くれぐれも問題を起こしてほしくはないが、無理な話だろうな」
「さて、どうなることやら」
訳知り顔のライトは親友の動きに鋭い視線を向ける。戦いは攻めのアレンと守りのライトという様相で、互いの性格がよく表れていた。
型破りな動作で翻弄するアレンを、型に忠実なレオンが捌いていく。どちらも一線を画す実力を披露しているが、如何せん型に忠実なほど動きが読みやすく、優劣は傾いている。
「劣勢とはいえ、なんだかレオンさんが必要以上に焦っていますね」
「エミリ、起きて平気なの」
「よく思い出せないんですよね。ふたり、ぐみ。とも、だ、ち」
頭を捻る彼女にアリサはそっと寄り添い観戦を促す。
「エミリの言う通り、なんだかいつものレオンじゃない気がする」
「男の嫉妬ほど醜いものはないって話さ」
独り言ちる視線の先で二人の優劣がより明白になっていく。不利だと分かっていても徹底して型を崩さない姿勢に違和感を感じるアレンは相手の真意を引き出そうと翻弄する。
「どうしたよ。おまえの実力はそんなもんじゃないだろうに」
「黙れ。余所者風情がアリサに気安く声を掛けられると思うな」
「何の話だよ。温室育ちの坊ちゃんは礼儀に厳しくていかん」
どうやらレオンは護衛意識が抜けないのかアリサを軽く扱われていることに抗議したいらしい。訓練だというのに、彼の中では完全に戦いの趣旨が摩り替わっているようだ。振るわれる刀にも無駄な力が籠っている。
「アリサは司書の後継者。オレにはそれを支える責務がある」
「これからは同じ部隊なんだ、いい加減に切り替えろよ。壁の外でもそうやって偉ぶるつもりか」
「なんとでも言え。オレはそのために生きてきた」
「思考放棄してるだけだろ。それ、本人が望むと思ってんの」
訓練を私物化し、不満の捌け口としてくる相手に堪りかねて少しだけ核心を突いてやると、レオンの感情が歪みに染まっていく。
「貴様如きが、アリサを語るな」
「おいおい、これは模擬戦だぞ」
レオンが契約の段階を上げた。
一級のみに行使できる段階の上昇はその危険性から、教官の許可を得た訓練でのみ適用されるのが通例だ。内部の人間が知らないでは許されない。彼の力量は本物だが度量があまりに足りておらず、どうして配属されたのか理解に苦しむ。
それも踏まえての期間なのか。
「身の程を思い知れ」
鍔迫り合いをする至近距離から強攻撃と化した魔弾がアレンに迫る。危険な指向性が込められた攻撃に、教官はもちろん、仲間たちも一様に対処へ動いていた。
視界を埋め尽くす紫の炎。
直撃は避けられない距離。
誰もが悲劇を予感するなか、炎に強引な切れ目が入れられる。身体が焼き刻まれることも構いなく突き進むアレンは段階を上げた。
「いいだろう。そっちがその気なら、存分に爆発させてやろうじゃねぇか」
任務や戦闘で私欲を出すことは失敗に繋がってしまう。訓練を受けた経験があるなら耳にタコが出来るほど叩き込まれているはずだ。
何を拗らせているのかレオンはこの模擬戦に私欲を持ち込んでいる。このまま放置して肝心なところで爆発されるより余程いいと、アレンは彼の激情に乗ってやることにした。
「アリサを支えるのはオレの役目だ。それを余所者の貴様が奪うな」
「人の名前が無けりゃ何も出来ねぇのか。おまえは彼女を敬ってるんじゃない。自分の肩書きに酔ってるだけなんだよ」
冷静になんてさせない。隙なんて与えない。そんな意思を感じる猛攻が始まる。
鍔迫り合いの距離から身を屈め足払いをすれば、相手は跳んで躱す。
回転の勢いそのままに剣の柄頭を脇腹に叩き込めば、相手は素手で防ぐ。
浮いた身体を強引に押し飛ばせば、相手は体勢を崩して地面に手を付く。
全てが型から抜け出させるための行動。相手の殻を破りその中身を引き出すのだ。
「オレの。オレの手を穢したかあぁ」
「もっとだ。もっとおまえの心を見せてみやがれえ」
己の誇りを汚され憤怒の叫びを放つレオン。
感情の衝突に歓喜の笑みを浮かべるアレン。
拡散させた魔弾が飛び交いそれら全てが衝突し合う。更に強魔法の衝突が互いの中央に爆炎を上げ、迷わず突入した二人の火花が煙の中で弾けていく。
これが戦い。誰も止めることは許されない。
「いや、さすがに止めるべきかと」
「不和の種を爆ぜさせておくのも期間の目的であるが」
憤怒と歓喜の衝突は激しさを増し、屋内訓練所が悲鳴を上げ始めた。
「魔法障壁とかって張れるんでしたっけ」
「そんな機能はないわ。元は自治体の庁舎だもの」
「政府も支援を渋ってますもんね」
「言わないで。やっぱり止めたほうがいいかしら」
「今度からは屋外にしましょう」




