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魔械乱世  作者: 明松沢実
第一章
2/7

01―B


 内戦の様相が色濃くなって間もない那羅の穹窿には、同じく政府の組織である遠津の施設が未だ数多く残されている。

 それは行政区も例外ではなく、地下駐車場を改装した大きな会議室では遠津の役人率いる集団が事件の詳細を監督していた。


「魔械省はお話し合いかな。委員会とて魔械省は煩わしい存在。今頃は庁舎を司書に乗っ取られた憂さ晴らしでもしておるだろう。上部に足を引っ張られ目の前の惨事に歯噛みするしか出来ない司書の面を思うと飯が進むわい」


 身体の部位がいっぱい出てきたな。そんな感想を抱きながら部下は無表情で茶を注いでいく。


「政府上層部には遠津と深い繋がりを持つ方々もいらっしゃいます。この計画が実行に移せたのもあの方々の助力あってこそ。省を足止めしてくださっていることを考えると頭が上がりませんよ」


 このままでは全て委員会の手柄といって過言ではない。そんな皮肉を込めて部下は茶菓子を追加した。


「内輪揉めなんぞ低能な輩のやることよ。改革だなんだと強引に推し進めている司書もそうだが、いちいち杭を打つ委員会もなんと器の小さい」


 遠津がまさに内戦という内輪揉めをしている。この会話が上部に聞かれでもしたらと肝を冷やす部下は、器と同じくらいに声も小さくしてくれと茶菓子に食らい付く上司へ願う。


「くれぐれもお戯れはこの場に留めておかれますよう」


「おい、この茶菓子は粒餡じゃないか。吾輩は出先では漉餡しか食わんと何度言ったら分かる」


 器だなんだと言っていた口はどこに行ったのか。実は改革を推し進めようとする気持ちが分かる部下。


「申し訳ございません。計画に基づきまして行動を制限するようお達しがあり、茶菓子を買いに行くことも許されず」


 そもそも上司が出先で仕事をすることが極めて少ないため漉餡は用意していない。


「もうよいわ。それより報道はどうなっている」


「行政区に警報が発令された、というだけで具体的な内容は公表されておりません」


 魔物が跋扈しているかも分からない渦中に報道陣が近寄れるわけもない。会議室の大きな椅子に凭れ掛かる上司へ向かって、脳味噌を通してから話をしてくれと言いたい鬱憤を堪えつつ部下は無表情を貫く。


「ち、屁っ放り腰めが。これでは魔械省の無能ぶりが露呈せんではないか。放送局へも仕向けてやろうか」


「報道を混乱させてしまうと今後の活動に支障を来たします。それに情報拡散の手は既に打っておりますよ」


「駅舎の捨駒どもか。一〇分も保たなかったらしいな。派手に動いてたっぷりと恐怖を掻き立ててくれればよいものを」


「通勤時間帯の駅舎には様々な業種の方が集まります。それらに恐怖を刻み込んだのち、早々に解放することで端末で情報を拡散してもらう。ゆえに、敢えて内部から制圧されるよう配置を手薄にしろと上部からの指示でございます。また、派手に動かれると拡散される情報が偏り、効果も遅れてしまうかと」


 計画の本筋は魔械省の権威を削ぐことにある。大雑把にいえば、魔械省は目の前の民間人を助けることも出来ない無能な組織、という風潮を広めようというものだ。

 それを広めるのは被害に遭う民間人たち自身。民間人を巻き込むことに難色を示す部下も多いが、今代の遠津幹部たちは血の気が多いため、命じられれば従う他にない。


 上部と事前に話しておいたことくらい覚えておけ。そんなだから中途半端な役職で留まり続けるんだよ。部下はぐっと堪える。


「商業施設の方はどうだ。情報が拡散されるまでは保ってくれるだろうな」


「腕のある者に護らせています。地位という餌を見せている間は忠実に動いてくれるでしょう」


 オマエの様にな。部下は心の中で憂さ晴らしをする。


「交渉ではない。蹂躙だ。魔械省の奴らの目の前で命が零れ落ちる様を見せ付けてやるんだ」


「余計な欲を出すと上部から切られますよ」


 やっぱこいつ【コンプラ】だわ。いつも【モラハラ】なせいで尻拭いしてやる身にもなってみろ。この【パーハラ】め。


「魔械省の奴らはまだか。何をチンタラしておるのか。地下で待ち続ける身にもなってみろ」


 支離滅裂が堂々巡りしてやがる。誰か世話役を代わってくれよ。背後の面々に視線を流すも、なぜか誰とも目が合わない。

 部下の精神が追いやられて遠い目になったとき、商業施設の班から朗報を告げる旨の連絡があった。部下はそっと心からの喝采を込めて端末を渡す。


芋縁イモブチさま、商業施設の班から連絡です」


 初めて名前を呼んでしまった。


「なんだ、こっちは忙しいというのに。吾輩の時間を奪う罪を理解しているのだろうな」


『芋縁さま、火急の要件でございます』


「どいつもこいつも吾輩を苛立てることしか出来ないのか」


『魔械省長官補佐を確保しました』


「え、なに、マジ愛してる」


 過ぎた欲は身を滅ぼす。心の喝采が一瞬で消沈するのを部下は感じた。




 身を捩る女性に向かって欲に震える手が伸びていく。いよいよ覚悟を決めた女性は怯えるどころか、屈することなく毅然と相手に立ち向かった。


「わたしを残して人質を解放しなさい」


「今はまだ確認中です。いろいろと、ん」


 権やら財やらの欲に塗れた男が不意に意識を失う。どこからか放たれた魔弾によって男の魔石が砕かれたからだ。


「武者震いしてる目玉バキバキな奴を撃ったけど、正解だよな」


 魔導師の男を仕留めたのは商業施設に侵入したアレンだ。駅員に防壁を開けてもらったあとは、相手が察知する前に素早く身を隠しつつ深部まで潜り、索敵を行いながら現状を把握。見るからに危ない男を優先して狙撃した。


「誰が仕切ってんのか知らんが、火急の事態は避けられたな」


 敢えて声を出すことで相手の注意を惹き付ける。反応速度や判断力を見て脅威度が高い者を優先して狙撃するためだ。魔導師へは魔弾を一般兵へは麻痺弾を。魔法を行使することで、アレンが魔導師だということも伝わる。


「二階。魔導師よ」


 最低限な情報が共有されるとアレンに向けて銃が乱射される。身を屈めて遮蔽物を伝いながら移動し、別の方角から狙撃を再開。


「二班、三班で挟みなさい」


「おぅ怖っ。退散させてもらうよ」


 戦力を少しでも削って相手の判断力が正常に戻るなり撤退。必ず向かわせてくるだろう追手を逐一撃破すれば目的には事足りる。

 アレンを誘き出すために人質を盾に使う可能性もあるが、そちらは問題ないと考えている。


 周囲から脅威が減れば必ず動いてくれるだろうから。


「早く姿を現さないと、人質が代わりになるだけよ」


「そうはさせない」


 声を上げる女に体当たりを決めたアリサ。相手が怯んでいる内に、ある場所へ飛び込んでいく。


「どいつもこいつも、自分の立場が分からないようね」


「あなたのことかしら」


 照合のために取り出されていた魔械章。それにはアリサと契約した魔石が嵌められている。魔法を使うに当たっては所持している必要はなく、感情を通わせられる近距離に身を置けばいい。

 アリサの存在を感じた魔石がその感情を求めるように呼応する。彼女の意思に従って魔法の権限を与えた。


 魔石を取り戻せば制圧は容易く行われていく。魔導師へは魔弾を一般兵へは体術を駆使して捻じ伏せる。


「今のうちよ。戦闘員たちは自分の装備を回収して」


 魔導師なら魔石を取り戻せば自力で拘束を抜けられる。そうして戦力が調えられる内に民間人たちの拘束を解いて周った。


「彼は囮役を買って出てくれた。その意思を無駄にしない内に脱出するわよ」


 アレンはあくまで囮として行動している。気を惹き付けて逃げ回るだけでアリサならば自力で解決できると判断したのだ。恐怖を前にしても毅然と立ち向かい、人質たちの心を守る彼女を信頼した。


 その意思は確かに受け取られる。


「脱出するって言っても、まずは防壁を開けないと」


 魔物が暴れても防壁が開かないよう、開閉装置は安全な場所に隔離することが義務付けられている。駅舎なら駅員室にあるように、商業施設には従業員専用の部屋に設置されているはず。


「従業員の方はいるかしら。まだ残党が彷徨いているから警備員が望ましいのだけど」


「自分が行きます。開閉装置も警備室にあるので」


 アリサの声に心強く応えてくれたのは警備員の男性だ。魔物と戦える程ではないが、最低限には体力もありそうで迷いなく名乗り出た精神も評価できる。


「ありがとう。じゃあわたしと一緒に」


「いや、オレたちが護衛するよ。アンタの役割は他にある」


「え」


 警備室へ向かおうとする足を止められて驚く。立ち塞がったのは装備を取り戻した自警団の男で、そのあとを追従するように三人の人物が加わった。護衛を代わると言うのだが、その意図が分からずたじろいでしまう。


「周りを見てみろよ」


 言われるままに辺りを見渡すアリサ。その視界は解放された民間人たちで埋め尽くされた。どこか不安そうで怯えてもいるが、それでも尚強い不屈の精神が瞳に煌めいている。


「民間人たちはすっかり惚れちまってる。アンタが心の拠り所なんだよ」


「分かった。絶対、無事に戻ってきて」


「はは、なんか照れるな」


 おまえだけに言ったんじゃない。という視線が突き刺さると自警団の男たちは気を引き締めて警備室へ向かった。


「じゃあ残ったわたしたちは脱出に備えて防壁に向かいましょう。くれぐれも残党に見付からないよう静かに、遮蔽物に沿ってね」


 早朝の商業施設というだけあって人は少なく従業員ばかりだが、それでも数は三〇を上回る。これだけの人数が移動して気付かれない方が難しいと考えるが、必要以上に不安を与えたくはない。一定の緊張感さえあればいいのだ。

 民間人は壁沿いに進み、外側を戦闘員が常に周囲へ目を光らせて歩んでいくと、幸いにして相手と遭遇することなく防壁まで辿り着いた。


「彼が惹き付けてくれているのかしら」


「なんにせよ、あとは待つだけか」


 防壁が開いたらそれで終わりではない。装置へ向かった別働隊が合流するまで防壁を護らねば。それに民間人を安全な区域まで先に避難させることも考慮して戦力配分を考えていく。


「おい、防壁が開くぞ」


「外の光だ」


 不意に溢れ出すのは歓喜の声。恐怖に耐え我慢していた感情が弾けてしまう。まだ残党の脅威があるという嫌な思考は放棄されやすい。それも仕方ないかと代わりに戦闘員たちが気を引き締めた。


「やっと家に帰れる」


「そうだな。吾輩が連れ去ってやろう」


 溢れていた希望。


 それが一瞬にして絶望へと変わった。


 対面した両陣営は咄嗟に銃口を向け合う。


「どうして遠津正規兵がここに」


 防壁の向こうに待ち構えていたのは遠津の戦闘服に身を包んだ正規兵の集団。

 この事件に遠津が関与していることは察していたが、指示役は自らを危険に晒さないと踏んでいた。現れるにしても戦力が二〇を超えるなど想像も付かず、行政区のどこに隠していたのかと嫌な予感が頭を過ぎる。


「なんということはない。委員会が」


「仔細な情報を渡すわけには参りませんので、ご了承ください」


 指揮官と思しき男が口を滑らせる前に部下の若者が言葉を被せる。


「今は吾輩が話しておろうが。まさか貴様、手柄を横取りする気ではあるまいな」


「滅相もございません。あまりに美しい方でしたので、気が急いてしまいました」


 もとはといえば現場の手柄を横取りするために出張っているのだが、部下は無表情を崩さぬよう頑張っている。


「それで吾輩の手柄はどこにいる。長官補佐がここに捕らわれているはずだ」


「芋縁さま、補佐の方は目の前にいらっしゃいます。捕獲した旨の報告がありましたが、現状を見る限り商業施設も内部から制圧されたのでしょう」


 事前に資料を渡しているのだが。なんなら一緒に確認したのだが。あの時間はなんだったのか。女性の顔を忘れるとか最低だな。と部下は思うことしか出来ない。


「貴様が司書の補佐か。なんと美しい。まるで吾輩の昇進への褒美だ」


 その瞬間、周囲が静まり返った。アリサ率いる集団は、つい先ほど同じ言葉を聞いたから。遠津兵たちはただ単に嫌悪している。


「ならもう一度、同じことを言うわ。わたしを残して民間人を解放しなさい」


 毅然とした振る舞いを見せるのはさすが長官補佐といったところだろう。しかしその後ろに控える民間人たちまでもが遠津兵たちを前に堂々と胸を張っているのはどういうことか。

 不安と怯えこそあるが、その精神が屈することはないと感じさせる。守られることへの責任を背負う覚悟の表れ。


 この短時間で絶対的な信頼を寄せられるに至った彼女には感嘆するばかりだ。こんな上司が欲しかった。


「言を破れば蜂の巣だからな。銃を下ろせ、手柄に当たる」


 警戒は怠らず遠津兵が銃口を下げたことにより、互いに交渉の場が設けられる。


「では、私が責任を持って民間人を避難させましょう」


 上司が下手なことをする前に部下は交渉を進めていく。すると自警団と思しき一人が歩み出た。


「信用できないな」


「ならば戦闘員の方々が避難の護りを固めても構いません。私も一人で同行いたしますので人質として扱ってください」


「人質なんて、オマエらみたいな汚い真似が出来るか」


 部下は言われてようやく気付いた。自らの思考が唾棄する上司と同じように染まっていることを。人質などという言葉を容易く口にしていることを。


「そう、ですね。私は汚いことをいたしました。家族を言い訳にして」


「家族、か。もうよい吾輩の時間を奪うな。さっさと人質共を連れていけ」


「承知しました。皆さん、こちらへどうぞ。魔械省までご案内いたします」


 部下の提示した行き先について、とやかく言う者はいなかった。


「さあ、これで二人きりじゃのう」


 芋縁にとって背後の正規兵は駒のようなものなのだろう。どれも三級以下ばかりだが、その数は二〇に迫り、アリサが魔導師といえど制圧は極めて難しい。


「最後に聞かせて。どうして民間人を巻き込んだの」


「何を言っておる。これは内戦じゃぞ」


 あまりに重い言葉が、あまりに軽く出てくる。戦が人を狂わせるのか。人が狂っているから戦が起きるのか。


「わたしは、希望の光になれたかな」


 先程まで共に戦ったみんな。今まで出会った全ての人たち。それらに希望の光を見せることが出来ていたのなら、この残酷な命にも生まれた意味があったのだろう。


「まだ終わってないだろ」


 俯き、魔石を割れんばかりに握り締めていたアリサは顔を上げた。


「おまえは弱い奴じゃない」


 血の滲む手が魔石から離れる。


「どんな恐怖にだって毅然と立ち向かえる」


 胸を打たれた。生きる理由をくれた存在が再び輝きを放つ。


「わたしは、まだ終われない」


「諦めるなんて択はないのさ」


 アリサとアレン。同じ志を抱く者が立ち上がる。


「なんじゃ、夢見る若気の至りか。見ている吾輩の方が気恥ずかしわい」


「知ってるか、夢を見なくなった奴は老いるのが早いんだとよ」


「そうかい。手柄だけは生かしておけ」


 総勢二〇の正規兵。対するはたったの二人。加えて商業施設の残党を殲滅してきたアレンの魔石は九割が黄色く濁っている。


「あなた、継戦時間が」


「ちょいと贅沢に使い過ぎたな。まあこんな奴ら一分、いや三〇秒あれば事足りる」


 アレンの魔石の濁りが赤に変わる。契約の段階を上げたようだ。かなり無茶な選択だが対等な段階では膠着が生まれ時間を浪費してしまう。実行しなければ捌き切ることが出来ない。


「こんなときの何糞根性だろ」


 迫り来る魔弾を躱し肉薄する彼の覚悟を受けたアリサは、己の血に濡れる魔石を赤黒くさせ魔装の槍を手に並び行く。


「容易く折れると思わないで」


 段階を上げたアリサの魔弾を向けられた遠津兵は、咄嗟に障壁を張るも、火力の差分がその身に被弾した。数的不利も顧みず迷いなく迫り来る二人の存在感に、遠津兵が気圧されている。

 さらにアレンが陣形の内側に入り込んだため、遠津兵は誤射を警戒して遠隔の動きが出来ない。否応なく彼の土俵に立たされることになり、二人の火力と技量の差を存分に体感させられた。


 アリサの槍とアレンの剣。遠津兵は人数で対抗しようにも、姿勢を低く保つ相手に、却って互いの動きを阻害してしまっている。


「ええぃ、ちょこまかと鬱陶しい。味方で壁を作って押し込んでいけ」


 小刻みに素早く駆け回る二人に対し、兵たちは横並びに構えることで隙を無くした。アリサは懐に入れないと判断し魔弾を放つも、複数の障壁によって差分なく阻まれてしまう。


 残り二〇秒。


 アレンの活動限界が迫っているため、彼女は自分が多くを負担しなければと気持ちが逸る。しかしそれではダメなのだ。錯乱による優勢が機能している中で、欲を出すことは仲間の不利に繋がり最悪の場合、敗北を招くことになる。


「わたしを舐めないでくれる」


 一列の壁となった遠津兵たちにアリサの魔弾が再度浴びせられる。魔弾などの弱魔法は一秒に一回しか使えないが、小さく分裂させることで広範囲に向けて攻撃を行った。

 火力まで分散してしまうが、相手は被弾しないに超したことはないと障壁を展開してしまう。


「この程度の火の粉、どうということはない」


「だよな。それでもおまえは魔法を行使した」


 弱魔法の再使用には一秒の休息が強いられる。それでもたったの一秒。アリサは同じく休息で魔法を使えない。残るアレン一人程度では、この隙へ何も出来ないと高を括っていた。

 その油断を狙ってアレンは火の粉を浴びながら肉薄する。


「自滅行為だぞ」


「この程度で怯んでたら、外で生きていけないんでね」


 これまで数多の戦いを潜り抜けてきた。一人で迷宮を攻略せざるを得なかった経験もある。集団で訓練通りにしか動けない定型人間とは違う。

 型に嵌まらない変則的な動き。長年の独学で染み付いた非効率を指摘した師匠は、ある提案で効率的にまで昇華させた。それが二刀流。


 左手の小太刀で正面から振り下ろされる相手の剣を受け止め、視線を動かさず隅に捉えた別の獲物を右手の大太刀で仕留める。受け止めていた剣を身を捻ることで流し、同時に先ほど仕留めた兵を肩で持ち上げ盾としながら突進。

 盾を避け孤立した獲物が障壁を展開するも段階が上の魔法を止めることは出来ない。仕留めたあとは、それを新たな遮蔽物としてさらに深く斬り込んでいく。

 攻めと守りを同時に隙なく流れる風ように。二刀流の弱みである重さを補う膂力を発揮できるよう、止まることなく斬り刻む。


 残り一〇秒。


 迫る鎌鼬に釘付けになった集団へアリサの強魔法が放たれた。休息時間は五秒と長いものの高火力な攻めを行う。


 相手は残り八人。しかし、この配分では継戦時間に間に合わない。


「もう限界よ。わたしを残して逃げなさい」


「誰を残して逃げられるかよ」


 逃げる択は無い。引くにも相手と距離を置いては防ぐ手立てが無く、築き上げた優位な配置も失われるうえ、八人をアリサだけに任せては勝算がない。攻めるしかないアレンは踏み込んでいくが、芋縁は冷静な対処を下した。


「段階が違えど動きが人間の域を脱するわけではない。逃げ回って時間を稼ぐがよい」


 魔法が身体能力を向上させることはない。契約の段階を上げてもそれは変わらない。進化を夢見た特異点でさえ変わらない。災厄の遺物は、餌とする感情を掻き立てるために平等を与える。


「ならば鈍重な奴を狙えばいい」


 この場にいる中で唯一、戦闘慣れしていない者。


「吾輩が狙われているぞ。早う盾にならんか」


 先程の命令を早くも覆し上司は身を固めさせる。


 残り五秒。


 アリサが集団の塊へ再び強魔弾を撃ち込むが、遠津兵たちも強障壁を重ねることで打ち消してくる。アレンも果敢に立ち回るが、それでも新たに三人を仕留めることが限界だった。


 残り〇秒。


 投擲した小太刀が芋縁の魔石に掠めたところで活動限界が来てしまい、災厄の遺物がアレンの心を屠り始める。


「五人しか残らなんだか。まあよい。手柄を捕らえよ」


 最後の一撃に対し全員で障壁を展開していた兵たちは、魔弾を放ち抵抗の姿勢を示すアリサへ魔の手を伸ばしていく。それを黙って背後に感じるしかないアレンを芋縁は嗤う。


「所詮は小童の足掻きに過ぎんかったようじゃな。格好を付けて威勢良く強がった結果、目の前で守るペき者が犯されていく。さあ、今はどんな気持ちじゃ。吾輩は味わったことがないゆえ、教えてくれんかのう」


 アレンが言葉を発することも出来ないと知っていて、嗤い声がくねくねと大きくなっていく。出世への手土産を得て、勝利を確信してなお、相手を侮辱し優越感に溺れたいのだ。


【人類は、目の前の欲望に溺れ世界を穢す害悪だ】


 遺物が慈しむように撫で回す心に、かつての言葉が蘇る。最後の抵抗を破るべく、弱った心に囁き掛けてくる。


【私にはおまえが必要だ】


 闇の中で甘い声に導かれる。理性など捨て去ってしまえと。


「やめて。人間に戻れなくなる」


 アリサの悲痛な叫びが訴える。野性に呑まれる心を押し留めろと。


 理性と野性。希望と欲望がアレンの心を掻き乱す。契約の限界を超えて力を行使すれば、災厄の遺物はすぐさま心身を乗っ取り、魔人へ、ケダモノへ、変貌させてしまうだろう。


 それでも目の前の脅威を排除できるならば。


「俺は、ただ人を守りたいだけなんだ」


 やっと出した言葉が彼の選択だった。人を守るために人と戦うことになってもそれは変わらない。


 その選択を出した瞬間、事件の終止符を打つ音と光が周囲を包む。


「魔械省」


 鼓膜が痛いほど振動し網膜が白く染められる間に魔械省は遠津兵を制圧していく。芋縁は皆の期待通り、逃げ足だけが速い男だった。


 遠ざかる気配の裏で、温もりが緩やかに近付いてくる。


 やがてその身を包み込んだ鼓動が、アレンの心をようやく解き放った。


「もう大丈夫」


 機能を失うなかでも確かに聞こえた短い言葉。そこには沢山の想いが込められている。甘い香りと温もりは五感の回復を促し、自分という存在を取り戻させてくれた。


 端末の着信音もよく聞こえる。どうやら仕事関係の相手らしい。


「出ろよ」


「ええ」


 そっと身を離して端末に応答したアリサは、しばらくして目を丸くすると端末をアレンに渡してくる。意図は分からないが、仕事相手と言っていたので所属、階級、氏名を慣れたように告げた。


「こちら自警団、無所属、一級魔導師、日向亜蓮」


『人と戦う覚悟は出来たか』


 名乗りもせず淡々と己の要件だけを告げてくる。その短慮と威圧感には覚えがあった。さすが特異点の片割れ。そして事件の全容も見えてしまった。


 事件の始まりから違和感があった。


「遅過ぎると思ってたんだ」


 避難した戦闘員からも連絡がなかった。


「当たり前だよな」


 連絡させずに現場に残る人物を限界まで追い込んだ。


「そもそも、助ける気が無かったんだから」


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