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魔械乱世  作者: 明松沢実
第一章
1/7

01―A


『一番艦、二番艦、脱出を完了しました。四番艦、五番艦、報告を願います』


『こちら五番艦、遠津トオツ兵から追撃。振り切れない。救援を求む』


 穹窿型都市。魔物の跋扈する世界に適応した人類復興の礎。魔物の襲撃から人類を護るため街そのものに蓋をした巨大な要塞だ。実現に当たっては円筒状の構築とされ街の各所に天蓋を支える柱が屹立している。


 本来ならば人を護るために建造された都市の中で、現在は人を相手にした逃走劇が繰り広げられていた。


『了解、自警団を向かわせます。四番艦、応答願います』


 端末に記された点が一つ消える。内戦反対派を乗せた四番艦、約五〇名が殉職。三番艦は既に墜とされているため反対派は全滅しただろう。


『応答なし。民間人を脱出できただけましか。亜蓮アレン、三、四番艦が墜とされた。救援急いで』


「急かすなよ。こっちだってドンパチやってんだ」


 気の抜けた返答をするのは深赤の髪を後ろに撫で付けた身長一七五の青年だ。これでも二〇になったばかりの若者だが肝は据わっている。

 彼が言うことも事実で夜闇に包まれた街中のそこかしこで戦闘が勃発しており、路地での白兵戦も増えて遠津の包囲網が狭まっていた。


『五番艦が墜とされたら、アタシたちの足がなくなるのよ』


「分かってる。茉莉花マリカ、おまえは船に戻って先に脱出しろ。俺がきっちり護ってやる」


 地上を走る陸上戦艦が残した瓦礫を越えながら最後の五番艦へ向かう。遠津の街を覆う穹窿を照らすほどに戦火は広がっており容易には近付けない。さらに正面には五番艦を追撃する遠津の戦艦が火を吹いていた。


「穹窿が崩落しちまうだろうが。壁内で艦砲なんざ使うなっての」


 近くに着弾するだけで微塵になる脅威が音を増やしていく。自領の民間人へ被害を考えないあたり、さすが政府に反旗を翻すだけはある。


「あとは俺たちが脱出するだけなんだ。船を壊してくれるな」


 自らを影とすることで縦横無尽に駆ける技を使い、アレンは遠津の戦艦に取り付いた。これだけ接近して砲撃があれば鼓膜はなくなるだろう。

 高さ二〇メートルの艦橋。その窓に魔装で生み出した剣を突き刺し内部から破裂させると彼はその身を滑らせた。


 突入に気付かれはするも艦橋にいるのは操舵や通信を担当する指揮官たち。たとえ魔導師であろうと数多の白兵戦を切り抜けてきた者の相手にはならない。

 一般兵には電気を纏う小刀で麻痺を引き起こし、魔導師ならば身に着けた魔石を割り気絶させていく。


「操舵を壊せば時間も稼げる。あと二隻か」


 血を流すことなく船を留めたアレンは次の標的へ跳んだ。仲間を無事に生きて脱出させるため。




「遅かったじゃないか」


 まるで帰りを待つ家族のように出迎えたのは目算一八〇の美丈夫。後ろに撫で付けられた黒い髪は艶を失わず、戦場に於いても塵一つ寄せ付けない美貌が背後の惨事を際立たせていた。

 鋭く両断され、或いは押し潰された二隻の遠津戦艦が火を挙げて崩壊していく。乗組員の犠牲は三桁に上るだろう光景はアレンが一隻を沈める間に起きた出来事。


「どうして、おまえがここにいる」


 戦争だ。命が簡単に失われていく。


 しかし命を奪わずに済むならばそれに越したことはない。まして戦車に匹敵する戦力として数えられる魔導師ならば選択肢はずっと多いはずだ。


 男の声には命を扱うことの緊張も、命を軽んじる狂気も感じられない。


「命が失われることが怖いか」


「当たり前だ。確かに俺だって戦場での遣り取りをどうこう言う資格はないがな」


 きっかけは遠津内の抗争で民間人を護ったこと。その人たちは反対派の家族だったようで、遠津は自警団に反意ありと判断した。そこから流されるように、現在は反対派と共に脱出すべく殿まで務めている。

 魔物から人間を救うべく自警団として活動していたはずが、いつしか内戦に巻き込まれて人間を相手にしているのだ。


 命の遣り取りをする。それが戦争。だからといって人の命が失われるのは悲しい。なにより怖い。しかし爆発が続く度に失われる命を背にしてなお、こちらにしか興味を示さない瞳もまた違う恐ろしさがあった。


「そう。命が失われることは忌避されることだ。だというのに人類は再び争いを起こそうという。なぜだ」


「知らん。極僅かな上の気紛れで人の生は簡単に狂わされる」


「嘆かわしい。そして哀れだ。自ら絶滅の危機を招いてなお未熟な人類は己の過ちを理解しようとしない。目の前の欲望に溺れ世界を穢す害悪だ」


「まるでおまえは違うと言いたげだな」


「己の魂に聞いてみるといい」


 男の名前はカイ。二五になる若き魔導師で大和領内のみならず日本中が特異点と讃えてきた存在。だが、今は。


「俺の問いに答えてないぞ。何のために来た」


「おまえを迎えに来た」


 どこぞの娘なら黄色い声をあげる台詞だが、この意味合いは違う。


「誘いに乗るわけにはいかない」


「ならば、その身体に教え込んでやろう」


 カイの首に提げられている魔石が赤黒く濁り始める。戦艦にいた下級魔導師のような金色の濁りとは異なっている。


 契約の段階を上げたのだ。


「段階を上げたか。魔力出力は五割増加するが、技の種類、休息時間は変わらない。むしろ活動時間が半減するだけだぞ」


「なるほど残念だ。安易に段階を上げない判断は褒められたことだが、今は私だけを見てくれ」


 一級魔導師として認定される条件として指定されている段階の上昇。カイと同じ一級であるアレンにも行使は出来るが、敢えて段階を上げる選択はしない。


 仲間を助ける余力を残さねばならないからだ。


「原始魔石も災厄も全部。終わらせる責任が俺にはある。おまえが立ち塞がるというなら、止めてやることも俺の責任だ」


 力量差がある場合、なにより大切なのは相手を思うこと。


 強さとは相手への、思い遣りだ。


 相手の気持ちを測り、考えを理解し、行動を先読みする。そうしてアレンは迫りくる魔弾を躱し、或いは同じく魔弾を衝突させ軌道を逸らし接近していく。


「肉薄すれば出力の違いなんざ関係ない。純粋な技量の勝負」


 魔装による攻撃にも火力の違いは現れるが、それは元から存在する膂力の違いと対処法は変わらない。柔よく剛を制す。相手を思い遣れば、どんな相手だろうと勝機はある。


 しかしそれはカイも同じ。


「私は常におまえを想っている」


 アレンは考えていた。脱出する仲間のことを。この戦闘を逸早く終わらせ、仲間の下に駆け付けることを。魔弾を躱し、同じく魔弾を当て起動を逸らし接近を試みる。その全てを読まれていた。


 待ち構えるように差し伸べられた手の平から流れ込む魔力の奔流がアレンを硬直させる。


「おまえに課題をやろう。なぜ私が人類に失望したのか。同じ経験をしてなお、その甘い考えを貫けるか」


 五センチ上の視線が間近から見詰めてくる。


「なに、を」


「忘れるな。私にはおまえが必要だ」





 通勤時間の駅ほど人が密集する場所はない。にも関わらず人は滞りなく流れを生み出し規則正しく整列して列車を待つ。雑踏の中でも貫通してくる放送の通り時間厳守で発着するのだからほんとすごい。いつもありがとう。


 穹窿内の主要路線は都市を円環状に囲んでいる。各区画に駅が設けられており、さらにそこから細部への路線が延びている構造だ。


 まあ迷う人は迷うし案内板の前で立ち止まったりもする。アレンのように初めて訪れたならば尚更に。


「いま来た奴は庁舎に停車する奴なのか。快速急行は、留まるよな。さすがに、庁舎だし」


 大きな街の駅は迷いやすいし同じ番線でも行き先が違う列車が来たりする。やっと乗れたと思ったら見当違いの場所に到着した、なんて体験は誰もが通る道だろう。


「留まるよ。早く乗らないと列車が行っちゃう」


 答えてくれたのは学校に通い始めて間もない幼子だった。こんなに小さな子供でも一人で駅を使い熟して通学している事実に感服する。


「ありがとな。気を付けて学校に行くんだぞ」


「お兄さんこそ大丈夫なの。降りる場所は同じだから一緒に行ってあげる」


「おぅ。ありがと」


 大人として情けない。


「鐘が鳴った。早く乗るよ」


 本当に情けない。


 幼子のおかげで列車に乗ることが出来たアレンは満員の車内に押されながら鞄を開けた。配慮に欠ける行為だと自覚しているが、これ以上の醜態を晒さぬよう今後の行程を確認しておきたい。


 バーチャルタレントの推し活に紛れているのは、魔械省マカイショウから寄せられた招待状だ。


 魔械省とは、世界を跋扈し人類を脅かす魔物に関連した業務を管轄する省庁なのだが、昨今の内戦騒ぎでは政府の駒として駆り出されてもいる。

 そんな場所からの招待。今の情勢では碌な内容ではないだろうが、受けざるを得ない事情が彼にもあった。


 言ってみればこれは、遠津を脱出した仲間を支援してもらった対価。アレンは仲間を受け入れてもらった見返りとして招待に応じた。


『内戦が本格化するなか委員会はどのような対応を』


『遠津では反対派が殲滅されましたが、救援を断っていたというのは本当ですか』


 端末を開けば流れてくるのが件の事件に対する記者会見。委員会というのは魔械省を監視する上部組織である。


『反対派が攻撃されたことは誠に遺憾であり、今後も厳正な対処をしていくことになるでしょう』


『救援要請を断ったことについては』


『それはどこの情報か』


 お決まりの圧迫会見が始まった。委員会といい記者といい、民間に理解してもらうための会見だろうに何を見せられているのか。


 大人の遣り取りに呆れていると車内に駅へ到着する旨の放送が流れる。目的である庁舎前の駅だ。


「降りるよ」


「あいよ」


 すっかり幼子に面倒を見てもらうアレンは周囲の流れに続き車外へ降り立つ。人集りの奔流に呑まれないよう幼子の後に付いていき足下が不明瞭なまま階段を登っていく。


 ここで端末から警報が鳴り響いた。確認すると黒地に黄の警告色で魔械警報と表示されている。対象地域は那羅ナラ、行政区。つまりここだ。


「なに」


「大丈夫だ。落ち着け」


 同じく確認した幼子が心配そうに見渡している。魔械警報とは魔力関連の事件や災害が起きた場合に発令されるもので、街中に魔物が出現した場合などに適応されるのだが、アレンは魔物の災害ではないと感じ取っていた。

 周囲が驚きや恐怖の感情に包まれるなか、駅の防壁が閉じられていく。背後を振り返ると列車に乗って避難を試みる人たちが防壁に阻まれる光景も見て取れた。


 そして階段を登り切った正面には銃口を掲げる集団。


「蜂の巣にされたくなければ大人しく地面に座れ」


 雑踏が大き過ぎて何を言ってるのか聞き取れないが、威嚇している集団の定型文なんて似たり寄ったりだろう。


「駅はオレたちが占拠した。オマエたちには人質になってもらう」


 だから人が多すぎて聞こえない。大体は察するけども。


「黙って座れって言ってんだよ」


 癇癪を起こした占拠集団の一人が天井に向けて威嚇射撃をする。統率が執れていない様を見るに素人の集団か。


「お兄ちゃん、大丈夫なの」


「よく分からんが座っておこう」


 なるべく占拠集団の方を見させないよう幼子の頭を撫で回しつつ座らせる。状況が分からない間は相手を刺激しない方がいい。取り敢えず蹂躙するような狂人ではなさそうなのでしばらくは様子見だ。


 ようやく状況認識が共有されたのか民間人は全て床に座り込む。階段の人たちは窮屈で転げ落ちないか心配だが、占拠集団は構わず話を始めた。


「これからオレたちは魔械省と交渉を行う。気に触れるような動きをすれば、撃ち抜くからな」


 庁舎の前で占拠とは挑発的にも程がある。なにより素人が銃器を持ち込んで何を交渉しようというのか、その銃器はどこから調達したのか、疑問は尽きない。


 しかし皆が静かに座り込んだおかげで周囲の状況が見通せるようになった。改札の防壁前に陣取る三人がこの場の担当だとわかる。

 相手の脅しが続いている内にその他周辺へ意識を広げていくが銃声は疎か圧迫感も感じ取れない。つまり駅を占拠している人物は視界内にいる三人だけというわけだが。


「なあ学生くん。この駅はどこかと繋がってるのか」


「え、いや、いろいろ売ってるところはあるけど」


 今は話し掛けんなや。そんな挙動で幼子は答えてくれる。


「商業施設。それだけか」


「うん」


「場所は」


「ん」


 返事もしたくないのか幼子は視線で商業施設への防壁を示してくれた。


「ありがとう。ちょっとばかし目と耳を塞いでおいてくれ」


 状況がある程度察せられたので、アレンは立ち上がって相手の注意を惹き付ける。幼子は驚愕の表情をしたが、わたわたと目と耳を塞いでくれた。


「おまえら実行役の一つだよな。商業施設の方には誰かいるの」


「誰が立っていいって許可したんだよ」


 動きに対して反応を示した人質は四人。座れと手振りする者もいるが、然りげ無くこちらに特徴的な装飾具を向けてくる者もいた。

 魔械章と呼ばれるそれは、所属や階級を簡易的に示すものであり、魔導師ならば魔石を嵌めてもいる。


「省庁に喧嘩を売れるとなれば、指示役はそれなりの立場なのかな」


「さっさと座れや」


 なんらかの目的を持った指示役が反意を持つ輩を煽り、端末の遣り取り一つで報酬目当ての者たちを悪事に染めさせることはある。この規模となれば相当に報酬がいいのか、脅されでもしているやら。


「素人だろうと人の命は簡単に奪えてしまう。自分のためならば手段を選ばずに」


【未熟な人類は己の過ちを理解しようとしない】


「何をブツブツ喋ってんだよ」


 ブツブツ喋っている間にも視野は最大にして警戒を強めている。人質の中に相手の仲間がいることが最も厄介だからだ。しかし占拠集団が対応を拱いている様子を見る限りその線は薄い。


「判断能力すら無いってことは、おまえらはここで足止めするだけの雑魚ってわけだ」


「もう無理。撃つわ」


 短絡的に行動しようとすることからも計画を詳しく周知されていないと窺える。やはり三人は捨駒で本当の狙いは商業施設にあるのだろう。


「簡単に銃口向けてんじゃねぇよ」


 相手が照準を覗くよりも、アレンが腰から抜いた拳銃を放つ方が早い。乾いた音と共に放たれたのは先端が針になった麻痺弾だ。もちろん当たりどころが悪ければ命の保証は出来ないが、犯罪者に配慮してやるほど平和ボケもしていない。

 現場で鍛えられてきた戦闘員に対し、武器を与えられたばかりの素人が対抗できるはずもなく、三人は呆気なく気絶させられた。


「実行役はあらかた片付けたけどまだ動かないで。どこかに不届者が隠れてるかもしれない」


 まだ民間人の緊張を解くわけにはいかない。我先に避難を優先して統率が取れなくなると困る。


「戦闘員は集合してくれ。あと駅員さんも」


 足下で目と耳を塞ぎ続けている幼子の頭を撫で回して緊張を解いてやると、アレンは改札の防壁へ向かい人質全体が見えるように立った。


「それぞれ魔械章の提示を頼む」


「普段は会社員だけど自警団で、階級は四級です」


「おお、やるね。兼業で四級はなかなかいない」


 辿々しい雰囲気でも若いながらしっかりしている女性だ。魔石が嵌められていないため一般兵である。


「オレは魔戒省の三級。オマエは随分と無茶をしていたが何級なんだ」


「一級」


 なぜか言葉遣いが荒くなってる官僚もいるが、取り敢えず集まった戦力は八人。駅には何十と人がいるがこれでも多い方だ。


「あの、私たち駅員は何をすれば」


「戦闘員を二人ほど連れて庁舎に近い出口の防壁だけ開けてくれ」


 相手の仲間が潜んでいる可能性があるのは嘘ではないし警戒するに超したこともない。しかしアレンにはより警戒すべき問題があった。


 事件発生から一〇分が経とうというのに魔械省の救助が来る気配すらないこと。


 駅前徒歩一〇分という情報が正しければ歩いていても到着する。実は包囲していて人質の存在に手を拱いているのかとも思ったが、防壁に近付いても物騒な気配が感じられない。


「どうかしましたか」


「すぐに防壁が開く。念のため遮蔽物に身を潜めておけ」


 この事件、あまりに不自然が過ぎる。


 庁舎前で起きた駅の占拠。人質を取るにしてもその中に戦闘員が紛れていることは容易に想像が付く。それを素人三人に任せるなど、内部から制圧されることを前提としているようだ。

 未だ商業施設は開放されないが、やはりそちらが本命で相当数の実行役を雇ったのか。だとすればそれだけの銃器をどこで調達する。加えて魔械警報が発令されたということは相手にも魔導師がいる。


 そんな戦力を民間が揃えられるわけがない。間違いなく指示役には武装勢力が絡んでいる。或いは。


「防壁、開きます」


 答えを出すには情報が足りない。まずは目の前のことに集中だ。


「誰も、いませんね」


 魔械省で、何が起きているのか。まさか庁舎が墜ちたわけではあるまい。魔械省だけでなく魔導師育成機関に那羅の行政を担う合同庁舎だ。権力を集約したような場所が簡単に墜とされはしない。


「避難させていいものか」


「先に魔械省へ走ってきましょうか」


「頼む。こっちは民間人を纏めて避難させる準備をしておくから、受け入れ態勢が無事だった場合は悪いが迎えに来てくれ」


「了解です」


 この場は他の戦闘員に任せて大丈夫だろう。


「おい三級官僚」


「あん」


「庁舎へ連絡は」


「連絡は通じたが対応中の一点張りさ。誰も来てねぇのに何が対応中だよ」


 いよいよ焦臭くなってきた。


「三級は残る六人に指示をして民間人を駅前に整列させろ。おまえが指揮を執るんだ」


「へいへい。オレに任せときゃ大丈夫だ」


 言葉遣いが荒くなっているのは単にアレンの制圧手段が強引に過ぎたからだろう。役人の考えではもっと慎重に危険な要素を排除したかったはずだ。

 腐っても三級。普段から精力的に人のために働いているからこそ、その階級は与えられる。間違いなく頼れる人物だ。


「くれぐれも民間人に相手の仲間が紛れ込んでいる可能性を忘れるな」


「了解。民間人に伝わらないよう自警団にも共有しておくよ」


「頼む」


 油断一瞬、怪我一生。打てる手は全て打てたか。犠牲が出てからでは後悔してもしきれない。


「で、オマエは何をするんだ」


「決まってるだろ。商業施設を開放する」




 アレンが駅の制圧を完了させたころ、商業施設は予想通り占拠されていた。

 中央共有広場には人質たちが集められており、占拠集団の威圧に怯えながら座り込んでいる。駅の状況と異なるのは、全ての人質が後ろ手に縛られ、魔導師の魔石や一般兵の銃器から、民間人の端末に至るまで入念に没収されていることだ。


 徹底的に抵抗する手札を削いだ占拠集団を率いるのは魔導師である男。政府の官僚だったが、何をしても上手くいかず裏金に手を出し、燻ぶっていたところを遠津の甘言に乗せられた野心家である。


「もう一度言ってくれませんか。よもや私を謀るつもりではありませんよね」


「わたしを残して人質たちを解放して。魔械省長官補佐、花咲愛里彩ハナサキアリサ。この身分なら釣り合いも取れるでしょう」


 人質に囲まれるなか凛とした立ち姿を晒すのは波打つ空色の髪が特徴的な女性だ。全体的に柔らかな印象を抱かせる風貌だが、その表情には芯の強さが見て取れる。


 彼女の要求に対して占拠集団は懐疑的な反応を示していた。回収した魔械章には所属や階級が記されていても、役職身分までは明記されていない。紛失した際の識別番号こそ記されてはいるが、調べる権限を与えられているのは専門機関だけだ。


「照合は」


「こちらです」


 逸る気持ちから照合と言っているが、占拠に特別な機材を持ち込んでいるわけもなく、端末で調べた画像や情報を照らし合わせるしかない。

 しかし長官補佐となれば情報は幾らか見付けやすいだろう。魔石が嵌め込まれた魔械章と画像を見比べている内に該当の情報へ辿り着いたようだ。


「花咲愛里彩、二〇歳。身長一六八センチ、空色の髪。記載画像からも本人で間違いありませんね」


 答えが示されたとき主犯の男は胸が高鳴るのを感じた。


「すぐに遠津へ連絡を取ってください。それと彼女をこちらへ」


 政権奪還を掲げ反旗を翻した遠津。その最大の脅威は現政権ではない。

 大和という同じ領地で遠津が南部を司るのに対し北部を司っている那羅。街には合同庁舎が設けられており、魔械省、行政、教育、その全てを統べる者がいる。肩書きは数知れず長官というのも一つの称号に過ぎない。


 その者は司書。


 国内最大戦力にして特異点の片割れ。内戦とも因縁深い彼女こそ遠津最大の脅威だ。


「魔械省長官、司書。数多の役職を兼任させるなど、半ば独立した穹窿都市という特殊な環境では珍しくもない。その脅威は彼女の存在そのものなのです。その数少ない弱点を手土産にすれば私の昇進は間違いありません」


 後ろ手に縛られたアリサが連れられてくるのを見て男は徐々に昂揚していく。


「貴方が司書の補佐ですか。なんと美しい。まるで私の昇進への褒美だ」


 何に興奮しているのか上手く言葉を紡げていないが、丁寧な口調に笑い声が含まれてしまう男。その肩から震える手が無意識にアリサへと伸ばされていく。


 集団の前での遣り取りをただ見て歯噛みするしかない人質たち。


 アリサは近付けられる魔の手から身を捩ることしか出来なかった。


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