後日談14 名探偵おタヒの事件簿 上
ある日の夜、グリセルダは自室でのんびりと読書に勤しんでいた。
星間司法庁の職員に頼んでいたローレンツェン語の本の修復が終わり、昨日無事届いた。
久々のローレンツェン語の摂取に喜びを感じていたときだった。
聞き慣れない音でドアがノックされる。いつものチケンのノックではない。
コン。コン。やや人間としては不自然なノック音。
「誰だ? ドアを開けて顔を見せよ」
「にょわ!」
ドアを開けたのは牛頭くんだった。正直、牛頭くんがここにくるのはとても珍しい。大体はおタヒとセットで動いているからだ。
「どうした? 牛頭くんよ」
「にょわわ!」
中に入った牛頭くんはグリセルダに畳んだ和紙を渡すと頭を下げて退出していった。和風の手紙を開いてみると、おタヒが草書で達筆に手紙をしたためていた。幸い翻訳スキルが生きているので読める。
『グリセルダへ
チケンに内緒で話したいことがあります
明日の日の出の時間に私の部屋に来てくれると嬉しいです
ちなみに今からは無理です。私はもう寝る時間です、おやすみなさい
おタヒ』
「ふむ?」
グリセルダは首を傾げた。おタヒがチケンに隠し事をするのは珍しい。
おタヒがチケンには知られたくない相談……。この一年ともに暮らしてきたグリセルダには全くもって思い当たる節がなかった。
むしろおタヒは積極的に嫌がるチケンの私生活に土足で踏み込んでいっているように思える。
そのおタヒが一体チケンにどんな隠し事をするというのだろうか。どちらにせよグリセルダはこの要求に応じて明日おタヒと話してみることにした。
翌朝、いつも通り五時ころに起きたグリセルダは身支度を整えおタヒの部屋に向かう。ドアをノックしようとすると、ドアが勝手に開く。
「にょわ!」
「来てくれてありがとう、グリセルダ!」
「それは構わぬが……要件は何だ?」
グリセルダはおタヒのために改装された畳敷きの部屋で勧められた座布団に座りつつ、おタヒを怪訝な目で見つめる。おタヒはキラキラと輝く……そう、イタズラ心に輝く瞳でグリセルダを見ていた。
「私ね、ずっと気になっていたのよ」
「何がだ」
「チケンってダンジョンでは普通に朝起きていたじゃない?」
「そうだな、それでも寝起きは悪かったと記憶しているが」
「なんで今は起きられなくなっているのかしら」
言われてみれば確かにそうだ。ダンジョンではここまで起きられないことはなかった。
夜中まで起きているらしいことは薄々本人の発言から読み取れるが、具体的に何をしているかは全く知らない。
テオネリアとのやり取りや家事は昼間にしていることが多いし、ターボばあちゃん達の手伝いも夜にすることはあるが22時には戻ってくる。
ゲームは夕食後にしているがその後は――自分も寝てしまうので、全然知らなかった。
「夜に何をしているのか、そういえば知らぬな。プライベートまでは詮索するつもりもないが」
「駄目よ! 昼まで寝ていたいなんて自堕落すぎるわ! 私の侍女なのに!」
「おタヒの侍女ではなく私の侍女だが? それはそのうち決着をつけるとして、おタヒよ。お前は皇女なのであろう?」
「そうよ! 当然じゃない!」
ドヤ顔をするおタヒに、グリセルダは呆れたような顔をしてみせた。
「あまりにも干渉の規模が小さすぎる。小役人か寄宿舎の舎監のような振る舞いではないか、おタヒよ。皇族たるもの大きく構えていれば良い」
「そっ、それは……確かにそうかも知れないけど」
多少自分でも自覚があったのだろう。おタヒは眉間にシワを寄せて返事に窮していた。そう言う表情の多さは好ましい、とグリセルダは思う。表情の多彩さは自分にはないものだからだ。
だが、上に立つものが細かすぎるのはよくないとも思う。
上官や王太子妃としてのグリセルダは、基本的に大勢を見るのが仕事であり、小事にとやかくいうのは違う、というスタンスで生きてきている。
細かく言い過ぎると慣れて大事なことが見過ごされたり、潰れてしまう人間もいる。幼年学校と士官学校でそれをグリセルダはたくさん見てきた。
「でも! なにかチケンが一人で困っていたら助けてあげたいじゃない!」
「ふむ……たしかにそれは一理あるな」
「でしょう!」
おタヒとしては苦し紛れに適当なことを言っただけなのだが、グリセルダは真剣に考え込んだ。
「チケンは何かと一人で抱え込むことがあるからな」
おタヒがチケンに対して割と過小評価している側だとすると、グリセルダはやや過大評価している側の人間だ。
おタヒは基本的に自分以外の人間を過小評価するクセが有るのだが、グリセルダには自分の術が通じず、なおかつフィジカルが強すぎるので対等だと思っている。
そこまで負けていれば自分を下に見ても良さそうなものだが、おタヒの自己肯定感は山よりも高く海よりも深い。
ちなみにチケンのことはやるときはやるが基本は頼りない、面倒を見てやらないといけない小さな侍女くらいの気持ちで見ている。多分これを本人が聞けば逆だろとブチギレるだろう。
グリセルダはそう言う人間に相対することに慣れているのであまり問題にも思っていない。グリセルダにもおタヒとはやや違う傲岸不遜な一面もあり、ある意味良い仲間である。
そんな凸凹コンビの二人の意見は、おタヒの適当な一言で奇跡的に一致した。
「どうするのだ? 本人に直接聞くか?」
「隠しているものを問いただしても自分から言うわけないじゃない、術を使って自白させるわけにも行かないし、下手に大きい術を使うと倒れてしまうし……どうやったら口を割らせることが出来るのかしら」
グリセルダは(まるで拷問官だな)と思ったが、言わないでいるだけの自制心がグリセルダにはあった。
「どうやって調べればいいのかしら、流石にインテにも頼れないし、テオネリアのような便利なからくりもないし、式神も牛頭くんを動かすくらいが限度だし……」
とまで言って、ハッとする。
「そうよ! 私たちが夜寝ている間のことなのだし、牛頭くんに見張ってもらいましょう! そしてあとで報告書を出してもらえばチケンの生活がわかるはずよ!」
「ふむ、チケンがそれを受け入れるのか?」
「たしかにそうね……どうしたらいいのかしら」
「にょわ! にょわわ!」
牛頭くんがおタヒを指さし、自分を指差す。そして両手をブンブンと振る。
「……ふむ、牛頭くんとおタヒが仲違いしたふりをしてチケンに助けてもらうふりをする、ということか?」
「にょわ!」
牛頭くんは満足そうに頭を上下に振って肯定を示していた。
「優秀な使い魔をもっているではないか、おタヒ」
「まあね! 宇宙一の式神使いの自覚はあるわよ!」
おタヒの自己肯定感の高さに微妙な気持ちを覚えつつ、適当に褒めその場では解散した。チケンの夜ふかしの理由がわかるのは早くても明日だ。
とりあえず、チケンが起きて来なくては話にならない。グリセルダは朝七時になるのを待ってからチケンの部屋に殴り込みをかけた。
七時を過ぎて朝食がないと、腹を減らしたおタヒの機嫌が悪くなって面倒くさいからだ。あと、朝食は全員で取りたいという気持ちがグリセルダにはある。
ローレンツェンにおいて朝食は大事な行事だった。
その建物に住まうもの全てが集い、食事で親交を深めつつ、その日一日何をするかの情報や必要な遣り取りをする時間でもある。学校でも王宮でもそれは変わらなかった。だから、この習慣だけは変えるつもりがない。
実際の所、前日の夜や昼に翌日の予定はチケンが知らせてくれているし、予定は全てチケンにもらったノートに記録されている。無理に起こす必要はないのは頭では理解しているが気持ち的に叩き起こしたくなってしまうのだ。
「チケン、起きろ朝だ」
「俺をもう少し寝かせてくれ」
「断る、眠い」
グリセルダはため息を着いた。あまりにもだらしがない。
「駄目だ。インテ嬢、三分待つからこの二人を着替えさせておくように」
「か、かしこまりました!」
「嫌だあああああ」
「インテ、俺のこと嫌いなの!?」
「愛するチケン様ですが、確かに朝は規則正しく起きたほうがいいですよ?」
「やだぁああああ、寝たいいいいいいい」
「もうやだ、俺布団と結婚するううううう」
その様子を、すでに起きて着替えている幼女のチケンが無の顔で眺めていた。
別に醜態を恥ずかしく思っているというわけではなく、幼女のチケンも眠いのである。
グリセルダは無の表情のチケンを抱き上げて外に出て、着替えるのを待って三人のチケンを引きずりダイニングへと向かった。




