後日談12 悪役令嬢と朝と俺
ここ数日忙しかったので、今日はのんびりしようと思っていた。
しかし、グリセルダとおタヒには関係がないことだった。
部屋で寝ていると朝7時ぴったりに朝ごはんを要求しにやってくる。
保管庫から出して食うだけなんだから勝手に食ってくれないもんか。
俺達は三人いるが、全員揃っての食事を要求される。
本来ならもっと寝ていたい三十路のおっさん二人は、休日もそうでない日も、プライバシーもへったくれもなく悪役令嬢二人に叩き起こされる。
幼女俺は早起きが苦じゃないのだが、残り二人のおっさんの俺は辛い。朝7時は勤務時間外だ。
一人で飯が食えるように懇切丁寧に保管庫の使用方法を教えたけど無駄だった。
労働基準法や俺とおっさんの間で交わされた契約書なんかも見せたが駄目だった。
一応労働時間は9時から休憩90分を挟んで7時間ということになっている。書類上ではものすごい好待遇だ。
しかし、魔法の国のお姫様二人には現実の労働基準法は通じない。たまに労基に駆け込みたくなる。
そもそも、本当の所グリセルダとおタヒのお世話はおまけの任務だ。
実のところは平岡さんを日本で暮らせるように常識と生活の仕方を教える、というのが正式な任務である。
あと、高橋ほかターボ軍団のみんなの社会復帰のお手伝い。グリセルダとおタヒのお供業務はそんなに優先度の高くない仕事なのである。
ただ、ターボ軍団の皆様はさすが近代日本人だっただけありあっさりと社会復帰して、スマホやインターネットにもすっかり慣れた。
おかげで仕事があんまりなくて、手のかかりすぎるグリセルダとおタヒのお供業務がメインになっている。
とりあえず二人は自分の思う時間に、希望のメンバーでないと飯を食わない。
なんならグリセルダなんか半分寝てる大人の俺を両脇に抱えて引きずってでも飯を一緒に食おうとする。
東の国とローレンツェンでの食習慣がそうなのだろうか。グリセルダとおタヒに聞いたこともあるが、当然のことだという一点張りだった。
――――推しとの同居生活。
字面だけは夢いっぱいだが実際はかなり面倒くさい。
幸いこの日はそれ以降二人共無茶振りをしなかったので、俺は家の片付けをしたり細かい質問に応対したりゲームにお付き合いするだけで一日が終わった。
その数日後。
「なあ、俺やっぱ住み込みをやめて、一人暮らしに戻って通いにするってアイディアが思い浮かんだんだけど、どう思う?」
前々から考えていたことではある。
こいつらが自活できないのは俺がいるからではないかと思ったのだ。
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言う。
さすがにインテとテオネリアの便利家電があればグリセルダとおタヒでもダンジョンの時と違って飢えて死ぬことはないと思うんだが。
「断る」
「駄目に決まってるでしょ!!」
グリセルダとおタヒは全く話を聞いてくれなかった。
「俺は! 朝に弱いんだよ! 寝たいんだよ、寝かせてくれよ!」
俺は魂の咆哮をする。
「朝は早く起き、規則正しい生活をするものだ」
「日本人は多様な生活スタイルを持ってるんだよ、尊重しろ!」
「私には関係のないことだな」
「本当は朝日とともに起きて朝餉にしたいのに、わざわざチケンが寝たいから七時まで待ってあげているのよ、感謝なさい!」
朝日とともにとか無理言うんじゃねーよ。グリセルダもうんうん頷いてるし。
「だから朝日とともに起きて一人で食っててくれよ、もしくは幼女の俺がいるだろ、そっちと食うのじゃ駄目なのか」
「朝食はみな揃って食べるのが我が家のしきたりでな」
「朝なんだから主君たる私たちに朝の挨拶をするのは当然でしょ!」
「いや、俺の給料出してるのお前らじゃなくてスフォーのおっさんだし。お前らは主君じゃないぞ」
そう言うと二人はものすごいむくれた顔になる。
「ほう、金か。いくら欲しい。言ってみろ、いくらでも出してやる」
「金子を払えばいいの? 金でも銀でも好きなだけ持っていきなさいよ!」
おお、悪役令嬢っぽいセリフだ。
金で人が買えると思ってるタイプのセリフ……大変栄養価がある!!
俺は内心大変感動した。生きてるうちにこんなセリフを美少女二人から浴びせられることがあるなんて。俺は前世でどんな徳を積んだのだろうか。
「おっさんからの給料だけで充分なんで、これ以上は要らんな」
でも俺は本心を一ミリも外に出さないようにして、実情を述べた。
本当に治験の時のバイト代とガチャ代のキャッシュバックと給料で俺は満足だ。インテがいるということは大きな病気も怖くないということだし。欲を出すとろくなことがないので多くは望まない。
そして何より朝早起きしたくない。
しかし、そう言うと二人の顔がさらに怒りに歪む。
面白いので追撃をかけてみる。たまには俺が攻める側になってもいいだろう。
「そもそもお前ら日本円持ってるのかよ」
「持ってないけど、黄金や宝物ならいくらでもあるわよ」
「金銀宝石ならいくらでもあるが?」
「換金が面倒な物品はダメでーす、銀行口座への振込か電子マネーしか受け付けませーん」
俺の言葉に二人は珍しく顔を真っ赤にして怒りの様子を見せている。顔真っ赤でも可愛いので流石俺の推しだ。
お金が欲しくないかと言えば欲しいのだが、換金するにも出所のわからない貴金属とかは売るのも面倒だし、税金関係も面倒くさい。
この二人には戸籍がない。国籍もない。
実際の所ただの不法入国者である。だから身分証明書がないので金券ショップも利用できないし、口座も作れない。よって自力では日本円も調達できない。
この二人がおっさんに直訴すればそのくらいはおっさんは作ってくれるんだろうが、この二人は自分で何かするのを嫌がるのでしないだろう。
高貴な生まれの悪役令嬢が金券ショップで貴金属を売るシーンを想像してみる。
……あまりにも物悲しい。見たくない。
「あの、チケンくん……」
おずおずと平岡さんが俺に声をかけてくる。
「平岡さんどうしたの?」
「本当に、家から出ていっちゃう……?」
しゅんとした寂しそうな顔に、俺は反射的に返事を返してしまった。
「えっ、大丈夫。しばらくはここに居るから心配しないでいいよ!」
そういうと平岡さんはホッとした顔をした。
メテクエの創造神の一柱を悲しませることなんてあってはならない。俺は秒で前言を撤回した。
メテクエのためなら俺の手のひらなんて素早さカンストで回転させる。
すると、グリセルダとおタヒは悪役令嬢らしい悪い顔でにやりと笑っていた。
しまった……。
「平岡、でかしたわね。褒美を上げるわ、何がいいかしら!」
「大戦果だな。私からも褒美をやろう」
「えっ、僕はそんなつもりじゃ……」
「好きな菓子を買ってやろう」
「新しい筆を買って上げる! それとも紙がいい?」
二人は俺の引き止めに成功した平岡さんを褒め称え始めた。俺のことは忘れているようだ。それに、その菓子も筆も、買うのは俺なんだろうな。
その後、イソップ童話の「北風と太陽」を読んで聞かせたものの、二人はまるで他人事のように北風を馬鹿だと言っていた。
何も伝わらなかった。
結局、俺が出ていく件はうやむやになった。
その後も俺がスマホで不動産検索サイトを見て理想の一人暮らしを想像していると、牛頭くんが手をペチっと叩いて頭を横に振る。
ポストに入っていた不動産物件のチラシを見ているとグリセルダが没収してシュレッダーにかけてしまう。
あと数年、俺はこの悪役令嬢の面倒を住み込みで見なければならないようだった。
悪役令嬢って、一緒に暮らすと大変なんだなあ……。
そんな犬を飼った人の感想みたいな気持ちになった。
毎日の散歩が大変とか、そう言うやつ。
一緒にいると楽しいのは否定しない。
ただ、もう少し手加減してほしい。せめて週2回ゆっくり寝たい、それだけなんだけどなあ。




