後日談11 帰省の終わり
コンビニで頼まれた飲み物をカゴに入れている間、おタヒと平岡さんはコピー機に夢中になっていた。
「斎王殿下、これコピー機だよ。本物始めてみた!」
「こぴいきって何?」
「書類とか絵を複製して出力してくれるんだよ、何枚でも」
「えっ、そんな便利なからくりあるの!?」
「僕も初めて見たよ、すごいよねえ、触ってみたいな」
「初めて聞いたわ! チケンこれ触っていい!?」
俺はテンションが上りまくったおタヒと平岡さんの、『初めて』のニュアンスの違いに思いを馳せた。
今はコピーするものがないだろうし今度コンビニに行くときにコピー機を試すということで、一旦中止にしてもらった。
おタヒがカゴに突っ込んできたアイスなんかもあるから早く帰りたい。
少しだけ早足で家に帰ると、学生時代に戻ったかのように居間の大きなテーブルにみっちりと食べ物が並べられていた。
「ただいまー……って、ばーちゃん、俺こんなに食えないよ!」
「わあ、すごいご馳走!」
明らかに高校生男子数人分の分量がある。明らかに俺達にはオーバースペックだ。
「まあまあ、そう言わないで。いっぱい食べてちょうだいね!」
「美味しそう!」
(チケン様、お持ち帰りも出来ますのでご安心ください!)
インテが耳打ちしてくれる。そうだ、俺には頼れるインテがいるのだった。じゃあ平気か。
「そうだな、美味しそうだし腹も減ったし食うかー!」
唐揚げ、サラダ、煮物、ハンバーグ、冷奴、きんぴらごぼう、そんな感じの家庭料理が山のように積まれており、そのどれもが俺の好物だった。
ばーちゃんの中ではまだ十代の俺らしいな……。
爺ちゃんはコーラを飲みつつ、グリセルダは買ってきたワインを勝手に開けて料理をつまみに飲み、おタヒと平岡さんは美味しそうに飯を食べていた。
高橋は唐揚げとストゼロを往復している。こいつの偏食っぷりも変わんないなあ。
「唐揚げうめえー! 衣がカリカリなのに肉汁いっぱいで、味も絶妙な濃さで酒に合いすぎるぜ!」
「まあ、高橋くんは褒め上手ねえ!」
飲むと食レポ始めるんだよな、こいつ。酒癖にしても変な酒癖だ。
「こういう菜を炊いたもの好きよ、すごく美味しい!」
「あら嬉しい、いっぱい食べてね!」
おタヒが嬉しそうに言う。そういえば和食がレパートリーにないんだよな、俺。
おかずの配達も洋食っぽいのとかアジアっぽいのが多いし。今度ばーちゃんに教わるか……。
かく言う俺はハンバーグを食べている。久々に食うな、家で作るハンバーグ。こういうのでいいんだよって味だ。大変美味い。
もりもり食べる俺達を嬉しそうに見ながらばーちゃんは俺が買ってきた炭酸水を飲んでいるか……と思いきや、ウィスキーを炭酸水で割っていた。
「ばーちゃん、健康のために炭酸水とか言ってなかった!?」
「そうよ、健康のためにハイボールにして飲んでるの。量は減らしてるわよ!」
そういや昔はストレートで飲んでたもんな……。肝臓が丈夫なんだな、ばーちゃん。
「おや、祖母殿は酒がいける口か」
「リーフェさんも飲める方?」
「ワインが主だが他の酒にも興味がある」
グリセルダがそう言った瞬間ばーちゃんは機敏に立ち上がると台所から何本かの酒瓶を持ってきた。
グリセルダは自己紹介では姓の方を伝えたらしい。ばーちゃんは覚えきれていないようだが。
「おすすめがいっぱいあるのよ、ぜひ飲んでみて!」
「ワイン以外の酒は久々に飲むな……頂こう」
じーちゃんも父さんも酒飲めないから、ばーちゃん一人で酒飲んでたもんなあ。申し訳ないけど体質はどうしようもない。
グリセルダとばーちゃん、高橋が楽しそうに酒を飲んでるうちに俺達は食事を終え、庭で花火をすることにした。
「花火は初めてよ! ドキドキするわね!」
「僕、花火って映像でしか見たこと無い」
「最近の現代っ子は花火をする機会もないのか、世知辛いなあ」
おタヒと平岡さんのセリフをじーちゃんは勘違いしていた。でも実際、都内の住宅街で花火なんてやりにくいからな……。最近は公園でも花火禁止とかいう場所も増えてるらしいし。
水のたっぷりはいったバケツを用意して、おっかなびっくり持っているおタヒと平岡さんの花火に火をつけてやると、色とりどりの眩しい光が煙と共に、夜闇にきらめき消えていく。
「わああああ、すごく綺麗!」
「本物の花火って綺麗だねえ!」
「はははは、来年はもうちょっと早く来な、でけえ花火大会がこの辺でもあるからよ。家からでも見えるんだ」
「大きい花火ってすごそうね」
「見てみたいねえ」
そういえば花火大会あったな。時期的にもう終わってるけど。来年か……来年はここに来られるのだろうか。
「チケン、次、次つけて!」
そう思いつつも、俺はおタヒと平岡さんの望むように花火に火をつけ、はしゃいでいる二人の声を聞いていた。
後ろを見ると、ばーちゃんとグリセルダが楽しそうに酒を飲んでいた。高橋は潰れてベロベロになって横たわっている。こいつは酒好きな割にそんなに強くないんだよな……。
気がつくともう夜の九時になっていた。普段から寝るのが早いおタヒと平岡さんはもう眠そうな顔をしている。
「じゃあそろそろ帰るかな。じーちゃん、ばーちゃん、今日はありがとうな。飯も美味しかったし、楽しかったよ」
「おう、ケンイチと高橋くんも元気でな。またそのお嬢ちゃんたちも連れてこい」
「楽しかったわ~、リーフェちゃん、また遊びに来てね」
「うむ、こちらこそ楽しい時間を過ごすことができた。心より感謝する」
いつの間にかばーちゃんとグリセルダが仲良くなっていた。酒飲み同士の絆というやつだろうか。
そう言って俺は眠ったおタヒと平岡さん、高橋を車に詰め込んで珍しく気が済むまで飲んだらしいグリセルダとともに帰途につくことにした。
昼間はあんまり運転したくない道も、この時間だと快適だ。高速も下道も空いてるし。
「はあ、玄関でお前らを見たときはどうなることかと思ったけど、無事に帰省も終わってよかった」
「ふん、私が礼を失するわけなかろう?」
グリセルダは俺の杞憂を鼻で笑うが、こいつと出会った初日を思い出す。
水を汲んでいた俺にいきなり切りかかってきたんだよな。あれから極限状況じゃなくなって大分落ち着いているが、根は攻撃的だからな……。何も起きなくてよかった。
グリセルダはばーちゃんに今日飲んだ酒のいくつかをもらいご機嫌で、今度は返礼にワインを買って送るらしい。
「あ、チケン様。事後報告になってしまい申し訳ないのですが」
助手席のグリセルダの膝の上に鎮座するインテが声をかけてきた。
「お祖父様とお祖母様なのですが、誠に勝手ながら……」
「何かあったのか?!」
インテが恐る恐る言ってくるなんて、よほどの事態なのか。
俺は思わずビビったが運転中なので気を取り直した。戦々恐々としつつ報告を待つ。
「センサー越しに健康診断をさせていただいたのですが、わずかながらに体調不良がございまして、勝手ながら長期用の体調正常化パッチをこっそり貼り付けておきました」
「なんだ、そういう事か……ありがとうな、インテ」
「これで後数年は無理をなさらない限りはご病気もなく過ごせますかと!」
心からほっとした。年齡が年齡だからな、健康でいてくれるに越したことはない。
「インテも紹介できればよかったんだがなあ」
「私はカバンですからね、しょうがないです。チケン様のご家族を拝見できただけで満足です!」
しばらくぶりの帰省だったが、祖父母の元気そうな顔を見られてよかった。
「でも、楽しかったな。来てくれてありがとうな」
「私も楽しかったからな、構わぬ」
ちらりと横を見ると、窓ガラスに満足げな顔で外を眺めているグリセルダが写っていた。
翌日、何故か急に視力や腰が回復したという祖父母からのメッセージがスマホに届いていた。老化にも効くんだな、体調正常化パッチ。
今回の帰省のMVPはインテだろう。
今度なんか喜ぶことをしてやりたいが、何がいいんだろうな……。考えておこう。




