後日談10 夏の終わり、夕暮れの道
夕食の準備をするばーちゃんが俺に問いかける。
「ケンイチ、お嬢さん達は食べられない物無いの? ほら、外人さんは食べちゃいけないものとかあるでしょう」
「無いんじゃねえかなあ」
レプティリアンだのペッパードラゴンだのカマキリの肉まで食ってたからな……今更日本の普通の飯でどうこうは言わないだろう。
「じゃあケンイチも高橋くんも好きな唐揚げとか、久々に作ろうかしらね」
「やった! ケンイチのばあちゃんの唐揚げうめーんだよな!」
「あらあら、じゃあ沢山作ろうかしら。あとケンイチ、れんこんの皮剥いてちょうだい、高橋くんは里芋ね」
「へーい」
「うっす」
俺達は野菜の皮むきだの皿洗いだのをしつつ、婆ちゃんが嬉しげにでかい鍋を出して煮物を作ったり揚げ物を作ったりしているのを見ている。
婆ちゃんは料理が趣味で、特に大量の飯を作るのが好きだ。
しかし、食が太くないので食べるのは全て他人任せであるという無責任な一面も持っている。
俺が時々同級生を家につれてくると、喜んで飯を作っていた。
しかし、もう俺も三十路だし、高橋も三十路。連れてきているのも女児とか細い男の娘と女性だ。
婆ちゃんは手加減してくれるだろうか……。
「お嬢ちゃん達、好きなジュースとかあるのかしら」
「あの三人はお茶のほうが好きかな、俺はコーラが好きだけど」
「じゃあケンイチ、昔からあった酒屋さんが今はコンビニになってるから、そこであなたお茶とジュース買ってきなさいな。おじいちゃんのコーラもね。はい千円。お釣りでおやつ買ってもいいわよ」
ばーちゃんの中では、まだ俺は未成年の俺のままなのだろうか。ジュース代くらい俺が出すのに。
「ばーちゃんは何飲むの?」
「炭酸水でいいわ」
「健康的になったな、婆ちゃん」
ばーちゃんも見た目は高校生の時とあまり変わらないが年を取ったのだろうか……。
昔はジンだのテキーラだのを飲んでた記憶がある。祖父が酒に弱く、祖母が酒に強い。俺はあらゆる面で祖父に似ているのだ……。
「三人とも、俺ちょっと近所のコンビニに買い物行ってくる」
「ケンイチ、俺ストゼロ二本!」
「しゃーねーな、帰りの運転は俺がやってやるよ」
「あざすw」
「ふむ、コンビニとやら私も行ってみるか」
「私も行くー!」
「僕も!」
それを見たじーちゃんは笑った。
「懐かれてるなあ、ケンイチ」
「コンビニが物珍しいだけだよ」
大体買い物は俺が代理でやってるからな……。
コンビニとかスーパーはあまり行かせないようにしている。俺以外は目立つ外見だから家の近所で何かあると怖い。
ただ、このド田舎で一回だけ現れる程度なら、ただの通りすがりの観光客か何かだと思われるだろう。
夕暮れの街をコンビニまでそぞろ歩く。夕暮れの風はわずかに涼しく、夏の終わりを感じる。早く涼しくなってほしいものだ。
夕暮れの光に照らされて、みんなの顔が三割増エモく見える。元がいいのに三割増だ。有り体に言って見ていてハッピーになる。
祖父母の家は少し町外れにあり、田んぼや畑もちらほら見えるひなびた環境だ。徒歩十分ほどでコンビニに着く。はずだ。
「ねえねえ、チケン!」
「何だ、おタヒ」
「チケンは昔、げえむをしすぎて留年しかけたってお祖父様に聞いたけど、ほんと?」
あのジジイ、人の黒歴史を勝手に語って聞かせたな!
くそ、三人から離れるんじゃなかった、と思いつつも離れなくてもじーちゃんなら楽しそうに語ってたであろうことが目に浮かぶ。どっちにしろ無理か。
「……事実だよ」
「それなのにがちゃとやらで蓄えを不意にしたの?」
「………………そうだよ、悪かったな」
おタヒは言うことがいちいち刺さる。それがこいつの個性ではあるのだが……。
罵倒には味わえるものと無理なものがあり、これは無理な方の罵倒だ。我ながら理不尽ではある。
「それにしては今は生活に支障をきたしておらぬのだな」
「俺も学習したし、今はゲームに逃避したくなるほど辛いこともないからな。こう言うのが嫌だから一人で帰省したかったんだけどなあ……なんでついてきたんだよ」
「まあまあ、チケン様。そう言う日々の積み重ねが今のチケン様を生み出したかと思うと感慨深いです!」
やっと人目がないから声を出せるようになったインテがウキウキとした声で語りかけてきた。確かにそうかも知れない。
でも、高専時代の後もガチャで一回終了寸前に追い詰められてるからな、俺は……。
己の学習能力の低さに、少し悲しい気持ちになる。
「そうよね、チケンががちゃをしていなければ今頃私たち、どうなっていたかわからないのですもの」
「チケンと出会わなかったときの未来が想像できぬな。ガチャとやらに感謝することにしよう」
「僕もそうだな……」
おタヒがしんみりと言うと、残りの二人もしんみりとした顔をする。
ソシャカスであった自覚はあるが、それも運命だったのだろうか。
もっといい救世主がいた可能性はないのだろうか。IFを思い悩んでもどうしようもないことはわかっているのだが、ことある事に考えてしまう。
この二人と平岡さんが元の世界で幸せに暮らせる未来はなかったのだろうか、と。
そうするためには、まず善良なヴェレルという架空の存在が必要になる。テオネリアの技術でもヴェレルを改心させるのは無理だろうな……。
「そういえば僕の関わったゲームとかも、もしかしたらチケンくんが子供の頃に遊んでたりしたのかな」
穏やかな笑顔で平岡さんが呟く。
「ヴェレルソフトのゲームって、あんま知らないけど乙女ゲー以外なんかあるの?」
「昔はアクションやシミュレーションもすこし出してたよ。サラが本格的におかしくなってからは乙女ゲーばっかりだったけど……」
「じゃあやったことあるやつあるかもな、じーちゃんが色々遊ばせてくれたから」
そういえば、平岡さんはこんな姿だがずっとリモートで社会人をしていたのだった。
実際、今何歳の設定なんだろう……。マイナンバーカードとかもあるらしいが。
「そういえば平岡さんはいつからゲームのシナリオ書いてるの?」
「1992年くらいからかなあ、それとももうちょっと前かな……」
「俺が生まれる前からとかベテランすぎる……」
600年前とかだとふーん、という気持ちになるが、逆に30年ちょっと前というのが生々しい。俺が生まれる前から、平岡さんはあの場所にいたのか……。
「平岡って本当にチケンより歳上なのね……グリセルダより若く見えるのに」
「人は見かけによらぬものだな……」
「そう冷静に言われるとちょっと恥ずかしいな」
おタヒとグリセルダもややビビっている。
どう見ても思春期の少女にしか見えないのが平岡さんだからだ。しかも、これで650歳とかいうおっさんと同い年なんだよな……。
できれば長生きして、今まで楽しめなかった分人生をエンジョイしてほしい。後メテクエ関係の何かを出してほしい。
話しているうちにコンビニに着いた。
記憶にある古びた酒屋は、よくあるコンビニに生まれ変わっていた。いらっしゃいませー、と声を掛ける店員は記憶にあるおじさんのままだったが。
「これがこんびにね!」
「僕初めてコンビニに来た!」
「私も初めてだな……」
現代日本では珍しい台詞を聞きつつ、カゴをもって店内を回る。
ホムセンや文具店などで慣れたので、いちいち商品を手にとって騒いだりこそしないが、物珍しそうに三人は眺めていた。
「チケン、これは何?」
おタヒが手に持っていたのは、家庭用の花火だった。百本入っていっぱい遊べるとかそう言う感じのやつ。
「花火だな、家で遊ぶためのやつだ」
「こんな小さな花火があるのか? 花火といえば祝祭日に打ち上げるものであろう?」
「子供用の花火があるんだよ。遊んでみたいなら買うか?」
「遊ぶ!」
「僕も実物の花火見たい!」
「この様なサイズの花火、興味があるな」
全員が興味津々だったので百本入りのお徳用を買う。庭でやれば迷惑にもならないだろう。家の裏は畑だしな。
コンビニでは全員がそれぞれにお菓子だのチーズだのワインだの……ワイン誰だよ、かごに入れたの。と思ったらグリセルダだった。しかもしれっと三本も入れた。
「そんなに飲むのか!?」
「見たことがない銘柄なのでな。インテ嬢に持って帰ってもらえばよかろう。それにしてもワインやそのつまみまである、便利な店だな」
「日本ならだいたい色んな場所にあるよ」
「良い国だな、ここは」
グリセルダはいつもより柔らかい顔をしていた。人が少ないせいもあるだろう。
俺達以外の客がいないコンビニはある意味、今までの店よりも買い物を楽しめる環境だ。
知らない人が多くいると警戒するクセが身に染み付いているグリセルダが、純粋に買い物を楽しんでくれているのは俺にとっても嬉しい。
限られた時間だ、もっと日本を楽しんでいってほしい。




