後日談9 祖母の趣味
帰省に来た俺とグリセルダ達を出迎えたのは衝撃の情報だった。
ばーちゃんがヴェレルソフトの乙女ゲーのファンらしいのだ……。
俺たちの間に緊迫感あふれる空気が漂う。
「……ちなみにどのゲームの誰が好きなんだ、ばーちゃん」
少しだけ頬を染めたばーちゃんはおずおずと口に出した。
「ローレンツェン王国物語の、ディートリヒ様が好きでねえ……!」
俺達の間にホッとした空気が一気に流れた。
良かった……これで蘇芳の春宮とか言われたら俺達の情緒がめちゃくちゃになるからな……。
「ディートリヒの声優さん、他に何をしてるのかわからないのよねえ、ケンイチちょっと声優が誰か調べられないの!?」
そのジャンルに詳しくない人特有の無茶振りが出てきた。
まさか本人の声をAI(地球のAIではなくテオネリアの)で加工してるだけなんて、言えないよなあ……。
俺もこれは最近知った事実なんだけど。
「お、俺は入社したばっかりの下っ端だからそう言うのはちょっとわかんないなあ……」
「そうなの? 早く出世して教えてちょうだいね。おばあちゃんが生きてるうちに頼むわよ。ディートリヒ様の声本当にイケボなのよ……!」
春宮でなくてよかったが、グリセルダが更に困惑している。
俺達も全員王太子が面白TS好き王子様であることを知っているため、何と言っていいかわからない。あとばーちゃんが声フェチなの初めて知った。
「確かに声はいいかもしれぬな……」
「そうなの! おじいちゃんの昔の声に似てて素敵なのよ」
「あ、確かに声の系統はじーちゃんと似てるかも」
「似てねえだろ」
少し気恥ずかしそうにじーちゃんは目を逸らした。
「ケンイチもローレンツェンやったことあるの?」
「……バイトでちょっとやった」
やったことがないと言い張ろうと思ったが、ウソを付くのが下手なので正直に言った。
ちょっと、というのはメテクエと比べてちょっとという意味だ。
地球に戻ってきてから全エンド回収した程度だ。RTAとか縛りプレイのたぐいはやっていない。
「ミニゲームのローレンツェン大戦略ってあるんだけど、難易度インフェルノがクリアできないのよ……ケンイチ、ちょっと代わりにクリアしてくれない?」
戦略ゲームとして出来が良いけど、その分乙女ゲーユーザー向けではないんだよな……。カハールカさんがノリノリで追加したという話は聞いた。
しかし、ばーちゃんは気がついていない。そのローレンツェン大戦略のラスボスもグリセルダなのだが、そのグリセルダが俺のすぐ横にいるきれいなお姉さんだということに……。
グリセルダはゲーム中の軍服からはるか遠い夏服で、髪の毛もおしゃれにまとめている。
見た目はちょっと違うが、そもそもゲームの中の人物がここに居るというのがありえないことだからな……。わからないのは仕方がないことか。
本人は大変困惑した顔をしている。こう言う顔も栄養価が高い。流石俺の推しだ。
「ほいほい、じゃあちょっとやるか」
ばーちゃんからゲーム機を受け取って適当に進めて進行していく。しかし、インフェルノの前の難易度のヘルも結構難しいんだけどばーちゃん自力でクリアしたのかな。
「ばーちゃん、自力で難易度ヘルまでクリアしたの?」
「ハード以降はおじいちゃんよ」
うーん、なにげに仲がいいな。我が祖父母ながら羨ましい。
ばーちゃんはあんまりゲームをしない人だったから、ジャンル違いの乙女ゲーでもやってくれて嬉しかったのかもしれない。
「お嬢ちゃん達は他にゲームするのか?」
「私は体を動かすほうが好きでな、VRで剣を動かすゲームは少しやる」
「僕は作るほうが好きで」
「私は碁と将棋が好きよ! チェスも出来るわ」
おタヒはなにげに将棋やチェスもあっさり覚え、今では教えた俺より遥かに強い。格ゲーとか麻雀なら勝てるんだが……。
「じーちゃん、コイツマジで強いからな、碁……」
「ほう、ちょっと嬢ちゃんに頼んでみるか」
「何かしら、碁なら置き石をしてもいいわよ、いくつでも!」
そう言うとじいちゃんは碁盤ではなく、ばーちゃんとおそろいの家庭用ゲーム機を持ってきた。カラーリングが違うので自分用らしい。
「このばあさんのゲームのおまけのミニゲームの碁なんだが、強すぎて俺じゃ勝てねえんだよ。お嬢ちゃんできないか?」
「あら、いいわよ!」
おタヒは何も見ずに安請け合いしたが……うわあ。あの音楽蘇芳じゃねえか、ばーちゃん蘇芳もやってたのかよ……。
最初は気がついていなかったおタヒも、プレイすると流石に気がついてしまう。
「……このげえむね」
「おタヒ、頼むな……」
「しょうがないわね……」
おタヒはゲーム中と同じ髪型、同じ声だが、ヴェレルがよほどおタヒが嫌いだったのか顔がかなり違うんだよな。幸い、ばーちゃんはなにも気がついていない。
ゲーム中のおタヒはかなり邪悪な顔と喋り方をしている。本人はすごく気が強そうな顔という程度なのだが……。
微妙な顔で俺とおタヒはサクサクとミニゲームをクリアした。渡すとばーちゃんは大喜びしてくれる。
「まあまあ、嬉しい! おまけのシナリオが解放できなくて困ってたのよ、助かるわぁ!」
「ばーちゃん『蘇芳宮の花嫁』もやってたのか?」
「ディートリヒ様みたいなイケメンがいると思ってやったんだけど、いなかったのよねえ。面白かったけど」
俺はホッとした。春宮がよくてとか言ったらおタヒの情緒が破壊されてしまう。
「でもほら、この乙橘ちゃんが可愛くて。強くて喧嘩っ早くて、こう言う強い女の子好きなのよねえ。おまけをクリアしたらハッピーエンドが見れるかしらと思って」
ばーちゃんの言葉におタヒの顔が一気に明るくなる。かろうじて口には出していない。自慢するのを我慢できて偉いぞおタヒ。
「残念だけど無いらしいんだよな」
「あら、見れないのね……。でもおじいちゃんが、そのうちでぃーえるしーとかいうのが出て補完されるだろ、っていうから楽しみにしてるのよ。そうよねえ、このグリセルダちゃんも乙橘ちゃんも可愛い女の子だもの、ハッピーエンドが欲しいわよねえ」
「完全版商法ってやつだろ、そのうち出るだろうよ」
じーちゃんはずっとゲームやってるだけあって詳しいな……。確かに、ヴェレル・ソフトのゲームは完全版商法が多かった気がする。
ばーちゃんの素朴な感想を聞いたグリセルダとおタヒは満足げな顔を浮かべていた。
「きっと! DLCか完全版は出ます! いえ、出します!」
平岡さんが思わず叫ぶ。そうだった、平岡さんはずっとDLCを出したがっていたもんな。出してあげてほしい。でもそれって関係者だって言ってるようなものではないだろうか。
「あらあら、あなたもしかして、関係者の人か何か?」
「えっと、はい、家のものが……」
慌てて取り繕う平岡さん。嘘はついてない、嘘は。あの家にいる平岡さんが実質ストーリーを書いているのだから……。
「じゃあ私の寿命が来る前に出るようにお願いするわね。あとディートリヒ様の声優も公開するようにお願いしてちょうだい!」
「わかりました、伝えておきます」
その答えにばーちゃんはニコニコ嬉しそうにしていた。
「最近私も目が悪いし、お爺さんも腰が悪くてねえ。そろそろ終活を考えないといけないかもしれないし、元気なうちに遊んでおきたいわ」
「そうだなあ、いつまでゲームできるか不安だよなあ、お互いに」
まあ年が年だしな……。
じーちゃんとばーちゃんにはできるだけ健康でいてほしいが……。
「高橋くん、お嬢さんたち、よかったらお夕飯食べていく?」
「食べたいわ!」
「頂こう」
「ご相伴に預かります」
「やったぜ」
高橋はもちろん食う気満々だった。
「いいのか、ばーちゃん、この人数で」
「ケンイチ、手伝ってくれるでしょ」
「手伝うけど。大変だったら俺が金出すし、出前とかでもいいよ」
「ばあちゃん、俺も手伝うぜ!」
ゴロゴロして俺の部屋からマンガを持ってきて読んでいた高橋もお手伝いに名乗りを上げた。そのマンガちゃんと後で戻しておけよと思うけど、戻さないんだろうなあ。
「じゃあ早速作りましょうか」
「じいちゃん、みんなの相手頼むな!」
「おう、任せとけ」
しかし、俺は後ほど自分の言ったことを後悔することになるのだった。




