射出
シノタキが向こうから歩いてくる。
「あと10分。鳳流は基本的に変わらない。発信後、ポイントワンで発艦フォーメーションで200メートルにつける」
「スタータはつけた。100メートルじゃないのか?」
「カタパルトは動かない。空母は動く」
航空母艦からの発艦フォーメーションで離陸するようだ。
機首左側の主翼にもぐり、搭乗用梯子を引き出す。空気抵抗で自動的に閉まるタイプだ。限界までのマンパワーの削減がこのメカニズムを生み出している。その梯子に足を掛け、登る。視界の奥ではシノタキが同じように登っていた。
猫のようなほっそりとしたシルエット。引き出し足掛けを引き出し、コックピットに入った。真新しい素材の匂い。ゴムとビニールとオイルの匂い。
シャッターが開き始める。その音が聞こえてきた。此処からは見えない。
フラップを下げる。
「一番機、二番機シャトル連結」
シノタキもセットが完了したようだ。空母と別物のように違う。
スロットルを少し出す。
パネル右手のスイッチをONに入れ、左手の緑色のチョーク・レバーを二秒だけ起こす。これで始動用燃料が入った。
スターターが回り始める。
手を振り上げ、叫ぶ。
「コンタクト!」
一拍置いて一瞬でプロペラが見えなくなる。それをミラーで確認。
爆音。
耳が慣れる。
無線に老人の声。
あと10秒。パネル右上の航空時計のストップウォッチを入れる。
あと一秒のところでペダルを踏んでブレーキを開放、スロットルを全開。
ラダーで摂動を抑える。
首を引き、頭をヘッド・レストにつけた瞬間、猛烈なGが僕を襲う。
体が浮き上がりそうになる。
視界の上に夜空が移る。次の瞬間、滑走はスキージャンプに移る。体が押さえつけられる。
次の瞬間、鳳流は宙に放り出される。
僅かなマイナスGのあと主翼が揚力を捉える。
スロットルを抑える。
凰流に合わせて作られたからか容易に上昇に移れる。
ストップウォッチが15秒を指す。左旋回。
シノタキが発艦する。
シノタキが後ろに付けた。そのまま上昇。スロットルを出して上昇旋回。
機首を基地に向ける。
明るみ始める東の空。
夜明け。
朝が僕らを呑み込んでいく。
僕らを呑み込んでいくそれは戦争かもしれないし、
悪魔かもしれないし、
敵軍かもしれないし、
それは何だっていいことで。
彼女は僕の左後方。
彼女と僕との距離に似ている。
互いに依存したくない。
互いに干渉したくない。
でも……、
さっきの彼女は、少し変だった。
酒のせいだろうか。
正常ではなかった。
バランスを崩していた。
彼女の笑ったような、泣いたような顔。
震える声。
僕を抱きしめる震える手。
押し付けられた拳銃のホルダ。
すすり声。
彼女に靠れかかられた感触が僕の背中に。
夜と朝の、その真ん中を僕は飛んでいる。
視界の真ん中に基地が見えてきた。




