柳橋
シャワーを浴びた後、僕は外に出た。持ってきた服が付きかけている。何処かで洗濯出来る所を探さないと。
もうそろそろこの演習も終わり。無論、結果はプロネットの惨敗。
基地の中を歩く。夜の風が気持ちいい。でも、空の風の方がずっと気持ちいい。
灯りの周りを虫が飛んでいる。
コンディションは良くも無く、悪くも無い。こういう状況で飛ぶのが一番多い。パイロットの想定する状況の中でニュートラルだと言える。
風は弱い。雲はあるが雨ではない。雨と言う奴は降るのはせいぜい一週間に一度くらいなのにまるで晴れと同列のように飾られる。こういうのは軍隊では少なくない。後から来た奴が偉い、というルールらしい。
まあ後から来る奴にとっては前にいた奴は邪魔な訳だ。出世したいならすればいいけど出世したくない人を巻き込まないで欲しい。
機体を見る必要もない。基地のフェンスに沿って一周する。煙草を取り出して火をつける。ずっと前の方に人影。
無視して通り過ぎようとする。
「氷川?」
声をかけられた。おそらく相手は僕を知っている。ならここで無視するのは得策じゃないな、と考える。
「なんだ?」
「いや、昨日今日は凄かったな、と思って」
声からして、大日。認識できる距離まで近づいた。
長身の痩せた男が見えてきた。│柳橋だ。
「へぇ」
そうとしか返しようがない。それともここで照れたりするんだろうか。思い上がりたくないな。
「まあそれはいいが………どうやってあんな女を引っ掛けたんだ?」
言われた瞬間、意味がわからなかった。多分こいつは今日デート・フライトに行ったとでも思ったんだろう、と思考をトレースする。
「訓練だ。それに……」
「あんな上玉、滅多にお目にかかれないんじゃないか?」
……人の話を聞いてない。
「羨ましいじゃねえか、え?どこまでいったんだ?」
「そういう関係じゃない。あんな性格なのに付き合ってられるか」
「明るくていい人に見えるぞ?それとも何か?猫かぶりだったとかか?」
「何を言いたいかは予想出来るがお前が思っているのとは違うと思う」
口調が荒くなっていた。多分、何処かで口調させる何かがあったんだ、今日。墜とされたから?
「本当にか?」
「ああ」
「勿体ねえ」
何がだろう。少なくとも、女が欲しいと思った事はない。恋愛にそこまで価値があるとは思えなかった。
恋人なんてもっと……少なくとも映画や小説よりは……ストイックで、即物的だろう。それを愛だと誤認する│プログラム《本能》が僕らに埋め込まれている、唯それだけ。
都合よく信じれば、都合よく間違えれば、まわりとの摩擦が減るのだろう。それが愛で、希望で、友情で、優しさだと言える。思いやりかもしれない。
こういう│プログラム《本能》にさえ気付いてしまえば、もっと軽く生きる事が出来る。理屈に基づいて感情……つまりは表情を作る思考回路……をトレース、その結果を表情に出力する。
そうやっていれば、気味悪がられることも心配されることも無い。どちらも僕には必要無い感情。
とにかく恋人も、恋愛も、必然性が無いと僕は思った。だからそういうのには近づきたく無い。出来ればホッキョクグマみたいに知ってるけどおそらく永遠に会わない、そんな距離感でいたい。
「お前がそれでいいならいいけどよ」
当たり前だ。他人に行動や、まして思考を制限されたくない。と言おうとしたけど止めた。意味が無いし、柳橋は僕の言葉を正確に理解しないだろう。
それに、僕は人間というメカニズムを把握していない。それは多分僕が人間だからだろう。自分の物には手を出しにくい。僕は僕を殴れないし、蹴れない。でも、柳橋なら殴れるし、蹴れる。
きっと自分を殺さないための安全装置だろう。いつからこういう機能がついたのか知らないけど、宗教と同じでいつの間にかスタンダードになったんだろう。
宗教なんて、良く考えたらヤクザより立ちが悪い。居るか解らない神に祈り、財産を捧げる。これは当たるはずもない株に似ている。気づいたら当たると思い込んでいる。




