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Himmel Vogel  作者: フラップ
Sideslip
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28/56

エプロン

 「あ!いたぁ!遅いわよ!」


 クレイジィな女が、来た。


 煙を吐く。こっちまで走ってくる残り数秒でもそいつから目を背けたかった。関わると碌なことが無い。現に、今飛んだのも。


 飛ぶのは好きなはずだ。きっと今日は低い所しか飛ばなかったからだな。


 「どうだ!参ったか!」


 「………」


 何に参るんだろう。シーナは腰に手を当てて胸を張っている。


 「お前のコレか?」


 キリタが小指を立てて尋ねる。


 「キリタ、それは最悪の冗談だ」


 シーナがこっちに身を乗り出している。主翼に手を当ててだ。これが事務室だったら絵になるんだろうか。いや、ならないな。


 会話について来ていないシーナが首を傾げる。キリタとは対照的。どうやって育ったのか聞いてみたい。勿論、聞かないが。


 僕には他人の価値観が理解できない。当たり前だ。価値観というのはそれまでの経験でできるもので、真っ白な状態で経験をやり直すことは出来ない。


 この季節に飛行服は暑い。フライト・ジャケットだけでも脱ぎたい。早くこの会話を断ち切りたい。


 「ねぇねぇ」


 彼女が言った。煩い。音量を調節する機能が壊れたのだろうか。


 「あ?」


 キリタが彼女の方を向いた。


 「………」


 仕方が無い、こういう輩は話を聞かないとずっと留まるのだ。先生然り上司然り。


 「ねぇねぇ、参った?」


 「何故?」


 疑問形に疑問形で返す。こんな事をやってるから人が嫌いになったのか、人が嫌いだからこんな事をやっているのか。どちらが先だったか。


 「私があなたを墜としたから」


 「僕は先に君を墜としたな」


 返答に返答で返す。


 「あなたは悔しくないの?」


 「君は悔しいのか?」


 なんてつまらない状況だろう。何もしない方がずっと楽しいだろう。


 「ちゃんとリベンジしたもんね」


 「2対1だがな」


 そんなことで満足するプライドなら捨ててしまった方がいい。どうせあとで壊れるだけ。そんなことなら捨ててしまったほうがいい。


 「手も足もでなかったでしょ?谷では」


 「簡単に撃墜できたな。谷の外では」


 煙を吐く。本当に、気持ち悪いほどつまらない。普通の人が何故こんなことをして気持ち良いのか分からない。きっと、僕とは精神構造が全く違うのだろう。


 「でも、谷の中では縮こまってたわね」


 僕は空を見る。風が首筋を撫でる。木々のざわめき。


 もう一度、そのときの思考をトレースする。煙草を口から外す。息を吐く。


 後ろにすっ飛んでいく谷。


 地面効果で浮き上がろうとする機体。


 一定を示さない姿勢指示器。


 僕は、何を恐れていた?


 「だから、勝ち」


 彼女は微笑む。


 僕は、何を恐れた?


 浅く息を吸って、すぐに吐く。


 目を閉じる。


 僕が恐れたのは、何だろう。


 それは、死?


 死のうと思ったことがあるのに?


 生きようとも思っていないのに?


 いくら飛んでも、


 いくら殺しても、


 僕はやっぱり、人間。


 煙草をくわえる。


 酩酊感。


 このまま、飛んでいけたら。


 このまま、飛び上がれたら。


 そのまま帰ってこなければ。


 そのまま死んでしまえば。


 僕は人間でいなくなれるだろうか。


 目を開ける。


 手にはヘルメット。


 機体のラインを撫でる。


 思ってることの逆ができるなんて、人間はなんて不思議な構造なんだろうか。


 僕も、そんな人間の一人。


 矛盾を抱えた、考える葦。

よし、諦めた。これは章。

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