被撃墜
風が強い。谷の中はもっと強いだろう。
ラダーで進路を調整する。
何処だ?
ライトクレイの機体は谷の中に潜り込んで見えにくい。谷の上の方は緑だが……。
仕方が無い、操縦悍を引く。
いた!九時の方向。真っ直ぐこっちに来る。
わざと気付かないふりをする。四十五度で上昇。相手が後ろにつく。
ハーフ・ロールで背面。
こちらに来る。あと三秒で射程。
背面から抜ける。あと二秒。
更にアップ。
ライト・ラダー。
ライト・エルロン。
右翼が失速。バンク四十五度、機首下げ横滑りで回復。撃つ。
高度がない。
撃った瞬間、おおよそ航空機では有り得ない速さで翼を翻した。
何だ?
スナップ・ロールでもあそこまで早くはないだろう。失速?でもあそこまでバランスを崩すような重心はそもそも飛べないはず。
直後、風で煽られた。
谷の上なら……。
降下旋回。相手の後ろに付ける。谷の中に入っている。慣れているなら兎も角、僕を殺す気か?
風が当たった。機体が凄い速さで傾く。これならあの動きも出来るかも。
上昇。厄介なことになった。
どうするか思考を巡らせる。谷の上にいるなら相手を探せる。でも相手が僕を見つける方が早いだろう。キャノピは下面にはついてない。
とりあえず旋回。後方を確認。
低空戦は好きじゃない。
大分高く上がった。このままいたって大丈夫なのだ。こっちの方が滞空時間は長い。
でも、それはちょっとつまらない。
仕方が無い、ここはピエロになろう。
上昇。雲の中に入った。
割と小さい。でも、隠れるのには十分。
十分位自分を焦らす。雲から抜け出して、相手を探す。
『いないなぁ…………。墜ちたのかなぁ』
無線が聞こえてくる。太陽を背に急降下。
いた。流石に十分も谷の中を飛べなかったんだろう。
一気に後ろにつく。
コール。
「撃墜」
『えぇ?ほんとだちょっと待ってもぉ1回!』
………。
無視して上昇。風を使ったのは驚いた。でもそれだけ。
磨いたら光るが磨き方を間違えたんだろう。主に性格の面で。
たまにいる、こういうのは。自分の得意分野で勝負しないと気が済まない奴だ。
仕方が無い、ここにきてから何回仕方が無いと思ったかわからないが仕方が無い。
アップ。
ハーフ・インサイドループ。
そのまま主翼の揚力と重力で降下していく。
飛行機はプラスGには強いがマイナスGには弱い。人間と同じ。
だから逃げる時にアップで逃げる奴が多い。そう教えられているからだ。
相手は谷の中。たまには迷宮ごっこに付き合ってやろう。
入った。意外と深い。
旋回。谷に沿って飛ぶ。
バックミラーをやや上に向ける。
機首を上げて広報を確認。ライトクレイの機影。いつの間にそこに?!
アップ。撃たれた。
ジェラルミンを打つ嫌な音。
負けた。谷に入ったのが間違いだったな。飽きるまで放っておく方が良かった。寧ろそのまま帰還した方が良いかも。
「負けた。谷の中では強いな。気がつかなかった」
『どうだぁ!参ったか?!』
…………一々煩い。二重の面でさっさと帰還した方が良かった。それは今も変わらないが。
低空戦では今まで戦った事のある中で一番強い。
負けた時に悔しがる事を僕はしない。悔しがる意味がない。
そもそも、僕は後悔という感情をしらない。つまり、自分を延々と責め続けるのか、対策を考えるのか、何処が悪かったのか振り返るのか。
冷めているのか何なのか知らないが、反省も同じだ。どうも、大人が叱るときに使う【反省】と言葉としての【反省】は意味がずれてきている気がする。そうでなければ『反省しなさい』と言って正座させられたりするわけが無い。正座しているよりも椅子に座っている方がずっと考えることができるだろう。本当の意味で反省させたければ、コーヒーとクッキーぐらい用意して欲しい。
今回悪かったといえば、谷の中に入ったのが悪かった。速度は向こうが上なのだ。引き離されるに決まっている。それに気づけなかった。
あっちに行ってしまった。上昇。
ヴェイパーが上がる。
トラクタは上昇時の安定が良い。引っ張られて飛ぶ飛び方は効率が悪い代わりに操舵性が上がる。その分、プロペラ後流の影響を受けるが。
雲を抜ける。今日は雲のちょうど上あたりが効率がいいだろう。
パンケーキを返すようなバレル・ロール。そこからスロー・ロール。
水平。
周りを見渡す。これはパイロットの習性と言っていい。
こうしないと落ち着かないのだ。いつも被撃墜のルートを考えている。
地上でもそうだ。向こうから来る人がいきなり銃を持って襲って来たらどこをどう逃げるか考える。
臆病なのかも知れない。パイロットに必要なのは勇敢さだと言う奴がいる。そいつは勇敢さがないと離陸できないのかもしれない。少なくとも僕はそうではない。そんなものを積んで重くなったらどうするんだろう。
地図とコンパスで進路を計算する。方角指示機はパネルにもついているがコンパスは必需品だ。
計算の方法は暗記している。どこから、どこに向けて、どれくらい飛んだかがわからなくてはならない。航法がわからなければ集団特攻以外に価値はない。攻撃後は個々の小隊で帰るからだ。




