滑走路
つまりは、飛ぶために必要なのは勇気でも正義でもなく燃料と航法だ。パイロット募集の時のパンフレットにはオイルも血もついてない。一機の飛行機が一時間飛ぶために掛かるマンパワーは計り知れない。それをパイロットは消費する。だからパイロットは強いと言われがちだろう。
メンタル面で強いのは整備士といえる。何故か。パイロットは手柄が上がる。整備士は手柄は無い。ただトラブルが起きぬように、延々と同じ作業を繰り返す。給料も低い。そんな職業の中で「いい整備士」と言うのは本当に少ない。キリタが機付きで本当に良かった、と考える。
キリタは機械弄りが好きで、飛行機が好きだ。多分パイロットを目指したらなれただろう。生き残れたかどうかは別問題だ。偶に勝手にセッティングを弄られる事はあるが、前よりも悪くなったことは無い。飛んでないのにどうしてセッティングできるのか気になる。でも、鳥は学名も航空力学も知らないのに飛んでいる。素直に凄いと思う。人間はややこしい計算と巨大とも言える脳を持って何万年と掛けて漕ぎつけた【飛翔】を鳥はくじ引きのような確率で引き当てて物にしたのだ。
考えながら見張りを続ける。空は思考がクリアになる。地上に降りたらなんて言うか、頭を打った直後みたいな感じがする。きっと地上では考えなければいけないしがらみが沢山あるからだろう。空だったらいつでも墜ちていける。地上ではわざわざ滝や崖やビルの上に登らなくてはならない。精々山ぐらい登って墜ちろよ、と思うのだがどうか。楽して生きてきたから楽して死のうとするのかも。悪いとは言わないが、自業自得だろう。いや、自業自損か?
谷の上とはうって変わって上空は無風。雲ひとつ無い秋空はこれで見納めかも。次は冬。飛ぶのにはいい季節だが、飛び立つには悪い季節だ。と言うのも、冬は空気が冷たく密度が濃く、エンジン冷却に適していて舵もよく効くが雪や氷が邪魔なのだ。飛び立ってからはそうでもない。精々着氷に気をつけるぐらいか?
基地が遥か前方に見える。どんぴしゃ。少し気持ちがいい。いつもより大分短いフライトだ。気持ちと言っても、気持ちがそこまで影響するか、と言えばそうでもないけれど。
「こちらフライトD112。着陸許可を要請する」
「こちらコントロール。111はもう着いているぞ。どうした?」
「機体の速度性能の差だ。着陸許可を要請する」
トラブルがあるとでも思われたのだろうか。最高速度と巡航速度だから大分遅れただろう。
「了解。36で許可する」
D112はこの臨時フライト番号、36は南北方向の滑走路だ。
フラップ・ダウン。
スロットル・中スロー。
フラップ・フルダウン。
操縦桿を下げる。
スロットル・最スロー。
機首は滑走路の少し手前。
向かい風。でも殆ど無いと言ってもいい。
ギア・ダウン。
速度があるうちにギアを下げるのは良くない。
滑走路の一部分だけ黒くなっている。そこに接地しているからだ。
徐々に機首を引き上げていく。感覚的に言うと吊り上げている感じだ。
少し遅い。でも許容範囲。
あと十五メートル。決心高度だ。着陸する。
逆ピッチ。
エンジン・ハーフハイ。
空気が前向きに押し出される。
三点着陸だとここで一気に引き上げる。今回は二点着陸。主脚が先に接地する。
センタ・ラインぴったり。
さらに機首を吊り上げる。
そのまま滑走路に滑り込んでいく。
着陸の寸前、くっと操縦桿を引き、戻す。
着地。
腹に響く衝撃と共に振動。
嫌な音。
スロットル・スロー。
ピッチ・ノーマル。
ラダーペダルの上を踏み込む。ブレーキ。
滑走。この時間が嫌だ。
ため息を吐く。何故息を止めるのか不思議だ。
誘導路に入る。
センタ・ラインから誘導ラインに移る。
そのままエプロンに戻っていく。
操縦桿は触らない。
触る意味もないし。
時計を見る。さっきみた時からそんなに時間はたっていない。
なれない滑走路って言うのはいつもと違う布団みたいなもので、気になる奴は凄く気にする。僕は気にしないから楽だ。
うん、もうあきらめた。これはこれで章になるかも。




