朝
ひねくれた性根かもしれない。実際、そうだろう。
人の肌よりジェラルミンが好き。女を抱くより空を飛びたい。
* * * *
………。
どうしてこうなったんだろう。
僕は琥陽の中。隣でトリタスに乗ってるのは昨日の低空戦闘の小隊長。
エンジンチェックは終わった。滑走路にいる。
滑走路上で相対して開始だそうだ。
ここの基地の滑走路は一本。完全な横風。
ウィング・ブローで行くか、クラブで行くか。
クラブで行こう。
エンジンを少しずつ開く。一気にやると反トルクで横転する。
琥陽のミカズキ‐タイプ31エンジンはレスポンスに優れる。スロットル=エンジン回転数と言っていいほど。だから一気にやると危ない。
機尾が浮き上がりそうになるのをエレベーターで押さえる。右に倒れそうになるのをラダーで押さえる。
………、で。どうしてこうなったんだろう。
* * * *
早朝、基地司令に呼ばれた。
呼ばれた時、言われた時と二重に驚いた。
食事の前、キリタが呼ばれている事を伝えてくれた。
あいつが寮に居ることはないからわざわざここまで来たのだろうか。いや、此処はいつもの基地じゃない。いて当たり前か。
特に直す所はないと言っていた。そういえばラダーがそろそろ交換しないと危ないかも。普通のパイロットはラダーをあまり使わない。それこそ当て舵だけな奴もいる。
見慣れない仮設の司令室にいたのは司令代理とひとりの少女だった。見た事があるのは指令代理だけだ。
少女はパイロットだ。青灰色の飛行服だからだ。こっちの飛行服は濃い緑。何故かヘルメットを持っている。
「氷川、こ………」
「へぇ、氷川っていうの。私はシーナ・ブライン中尉よ。昨日はよくやったわね。私と勝負しなさい。」
「………」
早口だな、と頭の何処かで考える。大抵近くに一人はこういうクレイジィな奴がいる。大抵女。大体の時こういうのは厄介事しかもって来ない。疫病神みたいなもんだ。
「司令代理」
僕は説明を求めた。何故闘わなければいけないかと、この女が誰かということと、何故ミカゴタラのパイロットが此処にいるか。優先順位は勿論前から。
司令代理は黙って煙を吐き、視線をそらせた。
「………と、いうことだ」
司令代理は説明する義務を破棄した。
「………と、いうことよ。正午に滑走路。逃げないことね」
「……………」
「……………」
司令代理と僕は黙り込んだ。それを肯定と受け取ったのかシーナと名乗った中尉は出ていってしまった。
「………だ、そうだ」
さっきと意味が全く変わらない言葉を吐いて、僕に退室を促した。
賑やかな音のする扉を閉めた。
………どうしてこうなったんだろう。
* * * *
『場所は向こうの谷ね。行くわよ』
一々人の話を聞かない奴だ。こういうのは本の中で十分。近くに居ると暑苦しい。どういうふうに育ったらこうなるんだろう。僕には全く持って分からない。
少なくとも、こう生きていれば死ぬより生きる方が幸せだろう。誰の発明かは知らないがこう信じさせる本能はとても合理的と言える。
彼女は速度を上げて行ってしまった。こっちの性能の方が低い事を知らないのだろうか。
戦闘は何処になるのか?谷と言っても中で戦う必要はない。相手が低空に行ったら上で上がって来るのを待てばいい。
目的の谷が見えてきた。仕方がない、行こう。




