9.造園ランド
なぜ僕が歩かなきゃならないのか。真っ暗ななか、風は強いし寒くて凍えそうだ。あいつらと行動をともにするつもりはないけれど、タウノシンを人質にされたら追わないわけにはいかない。無視しようにも僕ひとりじゃ道がわからないし、外へ来た意味がなくなってしまう。
「ひょろひょろしてるくせに、なかなかやるじゃん」
何度転んだことだろう。ようやく灯りの近くにまでたどり着くと、ラケルはタウノシンを腕に抱き、メハズクの乗るロバの横でなにかにもたれかかっていた。
「すっごく疲れたよ……えっ?」
ラケルが背を預けていたのは木だった。しかも足元は草地だ。
「どういうこと? ここはなに?」
砂ばかりの世界にここだけは緑が溢れている。真っ暗だったからか、必死に追いかけてきたせいか、近づくまでこの異様さに気づいていなかった。
「ここは造園ランド。って、知らなかった? あんた、思ったより重要な地位にいないみたいだな」
見上げるほどの木が何十、いや何百と群生している。何ブロック分あるのか、一見したところでは把握できないほど生い茂っていて圧巻だ。
「失礼な。僕は筆頭候補第一位だよ?」
「本当? だってオアシスだぞ? 知らないなんてことがある?」
「……僕が知らないことはタウノシンが知ってるから」
「ああ、そういうこと。じゃあ毛玉くんに聞こう。そもそも管理官は何人いるんだ?」
タウノシンは僕がやってきてもいまだにラケルの腕に収まっている。なんで僕のほうへ来てくれないんだろう。
「管理官は五名で編成されている」
「へえ。で、候補者は?」
「二十名ほどだ」
「ふうん。じゃあ四分の一程度の重要性か」
「現状はな。ただ、民衆の人気は一番だ。メハズクにも言ったが、シュカはちゃんと帰したほうがいい。あいつが消えたらドームの中は本物の地獄になるからな」
さすがはタウノシンだ。僕の威光をちゃんと説明してくれている。なのにラケルは「へえ」とまた気のない返事をしてかがみこみ、なにやら妙な動きを見せた。タウノシンは地面に下りてラケルの行動を見守っている。何をしているんだろう。大事な話の途中なのに、と不満に思っていたらチャプンと水の音がして、僕は不審に眉根をひそめながら近づいた。
「なにして……これはなに?」
「湖。ここはオアシスなんだ」
「みずうみ? って、なに? タウノシン」
「池よりでかい水たまりだ。キューポールにある水源よりここのはもっと広いように思う」
「えっ? どういうこと?」
「ドームでは地中にパイプを埋めてあちこちの水源から水を引っ張ってきているだろ? 本来は自然にあるこういった湖や川を水源にするものなんだ」
「それは違うよ毛玉くん」
どうやらラケルは水を汲んでいたようだ。湖面からボトルを引き上げ、メハズクのほうへ向かっていく。
「俺の説明のどこに不備が?」
「不備っていうか、思い違いをしている。ここは自然にできたものじゃない。数百年かかってつくった人工の湖なんだ」
「なんだって?」
「いまだに維持もすべて人力なんだよ……少しでいいから飲め。そろそろ行くから一旦地面に下ろすぞ?」
ラケルはメハズクに水を飲ませてロバから下ろし、地面のうえへ横たわらせた。
「こんなもの、どうやって人力で維持しているんだ?」
「そっちでいうパイブを人の手で運んでいるってわけ。こんな場所だけど雨は降るから、あちこちで水を溜めてここへ持ってくるんだ」
「信じられない……事実だったらとんでもないな」
「本当だって。生涯その仕事をしている人が大勢いるんだ。ハウェじいさんのじいさんのじいさん……もっとじいさんが始めたんだって。もともとあったオアシスのなかでここが一番大きいからって、一箇所に集めて草木を増やそうって」
「しかし、外の世界は広大だろう? 他にも同じような場所はあるのか?」
「俺はよく知らないけど、あると思う。ハウェじいさんの一族があちこちに広めているって聞いたことがある。よその地域は遠すぎて実際に見てきた人と会ったことはないけど。ってことで、外の世界の草花はここにすべて揃っているから、なかったら諦めるしかない」
「……なるほどな」
タウノシンは納得したように頷き、またもラケルのほうへと戻ってしまった。
「待ってタウノシン。どこに行くの?」
「薬の元となるヤールカンって草を探しに行く」
「どういうこと? 帰るんじゃないの?」
タウノシンはラケルの肩に乗り、僕に手を振った。
「まだメハズクが治っていないんだ。おまえはここでおとなしくしてろ」
「えっ? なんで?」
「そうそう。夜目は危ないから動かないほうがいい。じゃ、朝になるころには戻ってくるから」
ラケルは軽快にロバのうえへまたがって、タウノシンを肩に乗せたままあっという間に走り去っていった。
「待ってよ。置いていかないで」
ひとりにされたら帰れない。寒くて怖いし不安でたまらない。ひとりきりでいて何かあったらどうすればいいの? メハズクがいるといっても、ぐったり倒れ込んでいて頼りにならない。というよりもう死んでいるんじゃないかな?。
「兄さん、綺麗な服だね。すごく丈夫そう。レタスと交換しない?」
「誰? メハズク?」
いきなり甲高い声がして、僕はあたりを見渡した。メハズクは十歩ほどの距離を置いたところにいる。さっきと寸分変わらず、姿勢も動いていない。
「メハズクはどうしたの? お兄さん知ってる?」
いきなり僕の目の前に顔が現れた。
「たすけて、タウノシン! 子どもだ! 子どもかいる!」
信じられない。子どもだ。放し飼いになっている。僕は恐ろしさのあまりパニックになり、膝を両手で抱えて縮こまった。
「綺麗な髪。さらさらだね」
「お兄さん、なにか食べるもの持ってない?」
「どこから来たの? ここに住むの?」
わらわらと集まってくる。ひとりふたりなんて数じゃない。何十と数えられないくらいの声がする。
「あっちへ行け。施設に戻れ! 大人の前に現れるな!」
子どもは倫理が育っていない。施設に閉じ込めておかなきゃならない悪魔だ。まともな思考ができるよう教育しなきゃ、規則を守れるようにならない。基本的には成人年齢に達するまで徹底した教育をして、ようやくドームのなかを好きに出歩けるようになる。じゃないと端から逮捕する羽目になり、混乱を招いて大惨事を引き起こす。ユートピアにあるまじき恐ろしい存在なのだ。
「シュカ、落ち着いて」
メハズクの声がした。死んでいなかったようだ。天の救いのように聞こえて僕は立ち上がった。
「たすけて、メハズク! 子どもがいるんだ」
「そうだよ。ここは人が住むのに最も適した場所だから、大人になるまでみんなここで育つ」
「子どもの育つ場所……」
そうか。生育施設のない外では自然繁殖している。わかっていたのに実際目にするとこうも恐ろしいものなのか。僕は目まいがするとともに、吐き気がこみ上げてきた。
「うわ、吐いた」
「ゲロだ」
「服が汚れちゃう」
甲高い声が増えてきた。なんてことだ。何十人いるんだろう。何百人かもしれない。
「わ、あぶない!」
僕は意識を保っていられなくなり、これは悪夢だと思い込もうとして草のうえへダイブした。




