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ユートピアの支配者となる予定の僕が、なぜ荒廃した外の世界を旅しなきゃならないの?  作者: 七天八響


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8/10

8.4月19日

「ねえ、タウノシン。どこにいるの?」


 どれだけ呼びかけても一向に返事がない。視界にはなんにも映らないし、狭いのか広いのかもわからない。かろうじて声が反響することから、開けた空間であることが推測できるくらいだ。こんな暗闇は一度として経験したことがなかった。ドームの中は必ず照明がついている。常夜灯はそこかしこにあり、家を出ても歩くのに困った試しはない。

 なんて不便で不潔で不快な世界なのだろう。


「ねえ、タウノシン。どうしてこんな世界で暮らそうという気になるの?」


 外へ出てからというもの、幾度となく浮かんできたこの疑問は解決の糸口さえ見えない。特に知りたいわけでもないけれど、疑問に思う場面が多くもやもやとしてしまう。だからと頭を捻ってもヒントすら得られないのはどういうことだろう。彼らには学がないからかなのか。頭が悪いせいで何も考えられないからなのかな?

 だから、薬を譲ってくれたのだろうか。

 たぶんだけど、彼らの会話から察するにメハズクは僕に薬を使わせてくれたのだと思う。血だらけだったのは僕を庇ってくれたからだ。


「庇うんなら、もっとちゃんと庇ってくれたらよかったのに。そしたら薬はひとつで済んだんじゃないの?」


 体たらくなせいで苦しんでいる。だから自業自得にちがいない。バカなやつ。


「ちょっとそれ、取ってもらえる?」


 どこにいたのか、突然メハズクの声がして驚いた。


「メハズク?」

「そう」

「ここにいるの? 見えないんだけど」

「中の人は夜目が利かないんだね」


 甘い声が聞こえたあとぱっと灯りがついた。手の届く距離に妖精みたいな愛らしい顔が浮かび上がって、ちょっとどきっとしてしまった。メハズクの美しさは独特だ。なんとも言えぬ神聖な空気が感じられて戸惑う。


「僕になにか用?」

「のどが渇いた。ボトルを取って欲しい」

「なんだって? これは僕のだよ?」

「違う。僕のだ。一度奪ったものは僕らのもの」

「じゃあ、いま僕が奪い返したってことで、僕のになった」


 鼻で笑ってやると、ミハズクは悲しげに目を伏せた。うーん。腹が立つほど綺麗だ。ドームの中の市民にも相手の思うとおりに動いてやろうなんて思ったことないのに、ぐらりと心が揺れてしまいそう。


「死に行く人に対する情けはない?」

「誰が死ぬの?」

「僕」

「いつ?」

「わからない。けど、そう遠くない。数日以内には死ぬ」

「へえ。それはよかったね」


 外でしか生きられないってのなら、死は解放に違いない。だからと微笑んでやると、ミハズクは鼻頭を殴られたような顔をした。


「よくない」

「えっ? なんで?」

「死にたくない」

「じゃあ、生きたらいい」

「可能ならしわくちゃになるまで生きたい。けどできない」

「なんで? 簡単だよ。薬があれば治るんでしょ? 必要ならドームの中へ来ればいい」

「そう。生き延びられるのなら中へ行ってもいいって思った。けど、契約と戒律があって間に合わないらしい」

「ああ、そうか。保障を受けるためには労働しなきゃならないし、怪我人はそもそも入れない。というよりここからドームへ行くには三日はかかるし、数日以内に死ぬのなら、どのみち間に合わないんじゃない?」

「……かもしれない。ただ、可能性に懸けてみたかった」

「可能性……」


 嫌な言葉だ。安心安全かつ清潔な世界に必要なのは秩序と反復。昨日を繰り返し、明日もまた変化なく過ごせるよう整える。太陽が回り星が巡るのと同じように決められた日々を倣うことが幸福に繋がるのだから。


「なんだ、そっちはそっちでよろしくやってたか?」


 ようやくタウノシンが戻ってきてくれた。メハズクとふたりきりは反応に困るから落ち着かない。

 

「よろしくなんてしてないよ。僕のものを盗もうとしてさ」

「おまえのもの?」

「ドリンクだよ。不衛生なところに押し込めて、なにもかも盗ろうだなんて図々しいよね」

「……それくらいやれよ。メハズクは猛毒に侵されてるんだぞ。しかもおまえのせいで」


 タウノシンは非難するような口調で言いながらメハズクに近づき、腕に寄り添った。なにをしている? タウノシンは僕の相棒だろう?


「ヤールカンか……」

 

 ラケルも後から続いてきた。ぶつぶつと言いながら荷袋へ近づき、がそごそと漁りだしている。


「そんな草の名前は聞いたことないけど、見つけられるかな?」

 

 ラケルは携帯食を取り出して食べ始めた。まったくこいつらの倫理観はどうなってる?


「ちょっと、勝手に盗らないでよ」

「それくらい許せよ、シュカ。おまえが元気に文句を垂れていられるのはメハズクたちのお陰なんだぞ?」

「またその話? 僕は管理官になる身なんだから平民が守るのは当たり前だよ」

「そりゃ中に限る話だ。……とにかくラケル、もしヤールカンに似た草を見つけてきたら俺に見せてくれ。センサーで識別できるから」

「なんの話?」

「そいつは便利だな。てことは、スイーターを取り逃がした現状じゃ他に手立てはなさそうだし、探すのが手っ取り早いかもな」

「しかし、この砂ばかりの世界で見つけ出すことはできるのか?」

「なにを見つけ出すの?」


 タウノシンは僕と目を合わせようとしてくれず、ラケルのほうばかりを見ている。

 

「できる。ついでだから一緒に来て欲しい」

「どこへ?」

「ハウェじいさんのところ。この砂漠でオアシスをつくろうとしている奇特な一族の末裔なんだ。薬自体が残っている可能性もあるけど、とにかくここにいるよりあそこに行ったほうがいい」

「わかった。シュカ、立てそうか?」


 タウノシンはようやく僕のほうを見て、ぴょこぴょこと近づいてきた。ようやく彼らと離れる気になってくれたらしい。遅いくらいだ。力を入れるまでもなくすんなり立ち上がれて、さっきまでのふらつきはほとんど残っていないことがわかった。


「元気だよ。いっぱい寝たからかな?」

「……メハズクとラケルのお陰だ。てことで、恩返しのためにもメハズクが治るまで手助けするからな」

「えっ? 恩返し……ってなに? いつ帰るの?」

「メハズクが治ったらだ……ラケル、メハズクをロバに乗せられるか?」

「やってみる」


 ラケルがメハズクを抱き上げてロバに乗せようとしている。それは僕の乗っていたロバだ。他のは荷物を持っているのだし、他人を運んだら僕はどうすればいい?

 

「なにしてるの? 帰ろうよ。元気だから今すぐ帰れるし、僕を助けてくれたんならそれで幸福だろう? そのまま死ねるなんてこれ以上ない栄誉じゃないか」

「黙れシュカ。もう手伝わなくていいから、煩わせないでくれ」


 ラケルとタウノシンは着々と作業をし、メハズクはロバのうえに収まった。なにやら話し合いもしだして苛々と見ていたら、僕になにも言わないままふたりはどこぞへと進みだした。

 

「待ってよ。どこに行くの?」

「そう遠くない。夜が明ける前には着く」

「僕はどうすればいいの?」

「歩いて来なって。元気なんだろう?」


 冗談だと思ったけれど本気みたいで、僕は笑えないままに暗闇のなかを歩くはめになってしまった。なんたる仕打ちだろう。ドームの中へ帰ったら陳情しなきゃいけないな。軍隊を引き連れて戻ってきて、彼らを断罪すべきレベルだ。


「待ってってば」


 にしても足の早い彼らは、息を切らせて追いかけないとどんどん離れていってしまう。僕は砂に足をとられ、もつれさせながらもなんとか追いかけた。

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