7.毒蛇の攻撃
「シュカ、逃げろ!」
タウノシンの愛くるしい顔が、恐ろしげな形相に変わった。まさかメハズクに痛い思いをさせられたのでは、と恐ろしくなったのもつかの間、突然わけのわからぬ衝撃に襲われ、僕はなにかに弾き飛ばされた。
「痛ったあっ!」
いったいなにが起きたんだ? ひどくおしりを打ち付けたうえに、支えた腕もじんじん痛む。
「大丈夫か?」
タウノシンだ。どうにか戻ってきてくれたらしい。
「いったいなに?」
「見たこともない生物がおまえに襲いかかっていたんだ」
「えっ?」
驚いてあたりを見渡すと、真横にメハズクが倒れていた。
「メハズク! おい、しっかりしろ!」
彼の横にはラケルまでいる。メハズクの横腹が赤く染まっているのは、いったいどうしたのだろう。もしかして血じゃないよな? いや、血っぽい。突然なぜ?
「……大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ?」
「たいしたことないよ。襲ってきたのはなんだった?」
「スイーターだ。猛毒を持ってるやつに咬まれやがって。解毒薬を取ってくるから、それまでここを押さえていろ」
ラケルは言い、どこぞへと駆け出していった。タウノシンはきょろきょろと不安そうにしたのち、荷袋を開け中身を取り出して、メハズクのほうへ向かっていく。
「ねえ、タウシノン。中身は全部僕のものだよ?」
「黙れシュカ。おまえを助けてくれたんだぞ?」
「助けたって、どういうこと?」
むしろ突き飛ばされて痛い思いをしたのだけど。考えている間にもタウシノンは救急セットを広げてメハズクに手当を始めた。
「そこに転がってる生物がおまえに襲いかかっていたんだ」
耳を疑いつつタウシノンの示した先を見て僕は目を見開いた。どす黒い液体を飛び散らせ、ぐしゃぐしゃにつぶれた胴体の長い生き物がいる。手足がないようだけれど千切れたのだろうか。
「気味が悪い……死んでるの?」
「ラケルが殺してくれたようだ。大丈夫か?」
タウシノンはメハズクの血を拭き取り、薬を塗ってやっている。ああ、もったいない。僕が怪我をしたらどうするつもりなのだろう。
「ありがとう。きみは知能が高いだけでなく手当までできるんだね。とっても高性能」
「逆にあいつはなんもできないけどな……染みるか?」
「大丈夫……ふたりを引き離してごめんね?」
「えっ……いや……なんで俺を連れ去ったんだよ」
「とっても素敵だったから。僕らは欲しいものがあったら奪うか交換して生きているから。ドームの偉い人のものなら盗んでいいと思ったんだ」
「わからないでもないがな……あいつは俺なしじゃ死んじまうんだよ。死んだところでどうでもいいと思うだろうが、管理官のなかじゃましなほうなんだ。あいつが一応は唯一の希望になってる。中の民衆たちの」
「希望? 彼が?」
「シュカだけが俺を受け入れているってのはかなりのことでな。俺は民衆の代弁装置を兼ねてるんだ。俺の言葉を聞き、頷いてくれるのはシュカだけで、あいつが長になることで世界はもう少しましになるかもしれない」
「……そうなんだ」
タウシノンはメハズクと真剣に話し込んでいる。僕はふらふらとして頭が動かなくなってきた。眠くて仕方がない。どうしよう。タウシノンもいることだし、眠っちゃってもいいよね?
「……ひとつしかないんだろ?」
「ここにはな。連日使ってしまって、補充できていないんだ。取りに行くにもここからじゃ遠すぎる。……おそらく間に合わない」
「うん。だから彼に使って」
どうやらラケルが戻ってきたらしい。いつの間にやらだけど、タウシノンとメハズクと三人で揉めているようだ。なんの話をしているのか。聞こうとして僕は起き上がろうとした。けれど息が苦しく目はかすみ、腕が痛んでできそうにない。
「だから、なんでだよ? 俺らのものなんだからおまえに使うのが道理だろ?」
「ラケル、聞いて。彼はドームの中で重要な地位にいるらしんだ」
「知ってるよ。そんなの。でも他に何人かいるんだろう? こいつしかいないなら出て来られるはずないし」
「違う。彼には可能性がある」
「……可能性」
「そう。僕らにとって最も大切なことは、可能性を潰さないこと」
いったいなんの話をしているんだ? ごちゃごちゃとうるさい。頭が押しつぶされそうに痛いっていうのに、声が耳障りだ。息を吸うのも大変。ねえ、タウノシン。苦しいよ。助けて。そこにいるんだろう?
「タウノシンって言ったよな? これ、そいつに飲ませてやれ」
「本当にいいのか? でもメハズクはどうする?」
「なんとかする。スイーターは群れで行動するんだ。一匹見たら二桁は覚悟しろって言われてる。つまり、薬は近くにうようよしてるってこと」
「捕まえるつもりか? ひとりで?」
「……仲間を呼んでくる暇はないからな。可能性は高いほどいい……じゃあ、頼んだぞ」
「本気で……あっ、おい!」
「タウノシン、ラケルは大丈夫だから早く彼に飲ませてやって」
メハズクの甘い声がして、口元に物凄く苦いものが注がれてきた。
「おえっ!」
「出すな。全部飲め」
毒を盛られている。なのに飲めなんて正気じゃない。僕は吐き出したかったけど、無理に口を広げられ上向きに注がれては飲むしかなかった。苦味が喉から奥へ続いていく。不快感は尋常じゃない。ひどく気持ちが悪く、僕はおそらく気を失った。
目が覚めたとき、あたりは真っ暗闇だった。
「タウノシン?」
さっきまでは薄暗くとも灯りなしで少しは見えていた。ということは夜になったのだろうか?
「ねえ、タウノシン。どこにいるの?」
僕の声があたりに反響した。タウノシンの反応は、声どころか稼働音も聞こえない。スリープモードになっている可能性はある。けれどメハズクもいたはずが、なんの息遣いもしないのが恐ろしくなった。ふたりに置いていかれたのだろうか。
「……こんな仕打ちひどいよ。謝ってもらっても絶対に許さないから」
またも僕の声だけが静かに響き渡り、本当にひとりきりであることを実感して泣きたくなった。




