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ユートピアの支配者となる予定の僕が、なぜ荒廃した外の世界を旅しなきゃならないの?  作者: 七天八響


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5.ピカロたち

 外は焼け焦げそうなほどに暑い。


「どこまで行くの?」


 太陽の熱と砂の熱さに挟まれ、僕はローストされている気分だった。

 

「まだ数分と歩いてないぞ? さすが中の人間は体力がないな」


 赤茶の男が蔑むような笑みで言った。かちんとくるも、言い返す気力もない。ロバに乗っていたくとも、青年たちは手綱を引いてくれないというのだ。歩くしかなく、僕は限界を迎えその場にうずくまった。


「……ねえ、タウノシン。ドリンクちょうだい」

「わかった、ちょっと待て」


 タウノシンがロバの荷袋からボトルを取り出してくれた。


「飲み物? 俺らにもくれよ」


 手を伸ばしたところ、目の前で赤茶の男がひったくりやがった。


「あっ……なんてことをするんだ」

「俺らだって喉がからからなんだ」

「だったら先に聞いてくれよ。きみらに渡してもいいものは別にある。それは僕のだ」

「へえ。飲み物で差別するつもり?」


 差別じゃない。区別だ。外の世界のやつらは頑健で、不衛生にも慣れている。腐りかけたものでも平気で口にできるんだから、繊細な僕らとは身体のつくりが違う。

 言い返したかったけど、無理だ。ひとくちでいいからドリンクを飲ませて欲しい。


「ほら」


 赤茶の男はメハズクにも手渡した。もう中身が半分ほどに減っている。あんな飲みっぷりじゃなくなってしまうじゃないか。


「……甘くて塩辛い」

「苦手だった?」

「ラケルは好きそう」

「確かに、俺は好きな味だ」


 赤茶の男はラケルというらしい。メハズクと目を合わせたあとなぜかにやりとした笑みを浮かべ、ふたりはロバに向かって歩き出した。


「そういや次期管理官様は、手紙に興味がある様子だったな」


 ラケルはロバをなで、荷物の結び目が緩んでいないかを確かめるような動きをした。タウノシンがエナから借りた手紙は家に置いてきたはずだ。そんなところには仕舞っていないから、べたべた触らないで欲しいな。


「興味があるってわけじゃないけど」

「さっき毛玉に読んでもらっていたじゃん」


 ラケルは軽妙に笑いながらロバの手綱を引いて歩き出した。


「ちょっと待ってよ。引いてくれるんなら、僕を乗せていって」

「大丈夫。遅れても迷うことはないって。ほら、あそこに見えるのが目的地だ」


 ラケルがおもむろに前方を指さした。いつの間にやら大きな岩山が見えている。砂の勾配のせいで見えていなかったようだ。


「あ、毛玉くんは乗りな」

「は? ……なんで俺が?」

「管理官さまは暑さに参っているようだし、毛の塊が乗っかっていたらさらに体力を奪っちゃうじゃん」

 

 ラケルの三日月みたいな目が僕の肩あたりに向いて、タウノシンがびくっと震えた。まるで怯えているかのような反応だ。僕は少し嫌な気分になった。タウノシンの滅多にない反応を感じると落ち着かなくなる。


「タウノシンが乗るなら僕も乗るよ」

「いやいや重さが変わってくる。これくらいの距離、歩きなって」

「だったらタウノシンは僕が運ぶ。暑くないから」


 嫌な予感がして、僕は力強くタウノシンを抱きしめた。ラケルは近づいてきていた足を止め、ふたたびメハズクとロバのほうへと戻っていった。

 暑くないなんて嘘だった。タウノシンを抱いているとますます暑さを感じて離れたくなる。けれど万が一奪われたらと思うと、暑さのほうがましだ。だって、わざわざこんな不快な世界へ来た意味がなくなるじゃないか。


「大丈夫か?」

「……もうだめ。休ませて」


 暑さに耐え、へとへとになりながらもどうにか岩山にまでたどり着いた。近づくと洞窟の入り口があり、なかへ入ったらとても涼しくて気持ちがいくぶん落ち着いた。


「ここはさ、一見洞窟に見えると思うんだけど、違うんだなあ。大昔は何十という店の入っていた大規模な施設だったんだ。鉄骨だけが残って土が覆いかぶさったってわけ。ひどい見た目だけど、中はかなりの広さがあるし、電気や水道も使えるんだぞ」


 僕は耳を疑いつつ目を瞠り、あたりを見渡してみた。岩肌だと思いこんでいた天井には、確かにコンクリートと思わしき形状の凹みや亀裂が見える。錆びた鉄の棒もあちこちから伸び出ている。


「宴会場はもう少し奥なんだ。火葬するのは夜でね。今は準備をしているところだと思う」


 ラケルはロバの手綱を引いて歩き出し、ぽっかりと開いた空間へ向かっていく。


「どこに行くの?」

「近くに休めるところがある。あ、毛玉くん。灯りつけられる?」

「できるけど、電力を無駄にしたくない」

「奥まで行けば充電装置があるからさ。そこに行くまででいいから、灯りをつけて欲しいな」


 俺のじゃ狭い範囲しか照らせないから、とラケルは手元の照明器具を揺らして空間のほうへ向けた。薄ぼんやりとしているけれど、確かに人工物にしか出せないフォルムのものが見える。


「本当に遺跡みたいだね。ねえ、タウノシン。灯りをつけてよ」

「はあ? 信じるのかよ、こいつらのこと。充電装置がなかったらどうするんだよ」

「でもへとへとで。少し休みたいし」


 休めるところというからには腰の下ろせるものくらいあるだろう。そんな期待から、僕はなかへと進むラケルたちを追った。そこらへんに座ればいいのかもしれないけど、なるべくなら不衛生なところに接したくない。疲れ切ってはいたけど、身体が冷えてきたからか、どうにか歩くことができた。


「ったく。後悔しても知らねえぞ」

 

 タウノシンはぶつくさ言いつつも灯りをつけてくれた。お陰で光量が増して、部屋と言ってもいい全容が見えてきた。椅子やデスクのような残骸がある。エナの家にもあったけれどそれらは木製だった。ここにあるのはスチール製のようだし、引き出しのついたチェストめいたものまであるのは驚かざるを得ない。


「凄いね。どれくらい前のものなんだろう?」

「そうだな。ドームができたのは千三百年前くらいだから……いや、しばらくは外の世界も機能していたとの記録は残っている。数百年っていったところだろう。おそらくは土のなかにあって空気のとおりもあるから形状を保ってられたんだろうな」


 感心した声で言ったタウノシンに、メハズクがまんまるくした目を向けた。


「洞察力がある」


 ああ、と隣にいたラケルが顎でタウノシンをしゃくった。

 

「口の利けるロボットは人間より知能の高い場合が多い」

「……へえ、素敵」


 メハズクの目がタウノシンに据えられて動かない。タウノシンはかすかに震えだし、僕もなんだか薄ら寒くなってきた。


「俺から離れんなよな」

「タウノシンを失ったら来た意味がないよ」

「だよな。ったく、怖えやつらだぜ。得体は知れないし、絶対おまえより強いし、なんで護衛を置いてくるんだよ」


 内緒の話なんてできるはずもなく、タウノシンの言葉はラケルたちに届いていたようだ。いきなりせせら笑う声がして、背筋がぞっとなった。ラケルたちは壁際にいて、天井へと続くパイプの先にある設備を操作している。直後に上からほんのり光が差し、電気が通っているとの話が事実だとわかった。


「わりに電力はあるみたいだね。充電装置も本当にありそうだよ?」

「そうだけどさ。おまえまでびびってると、ますます怖くなるんだよ。管理官になるんだからびびった姿なんて見せてんじゃねえよ」

「びびってなんかいないよ。僕を誰だと思ってるの? 次期管理官なんだよ?」

「でも震えてるじゃねえか。やめろよな。傲慢不遜のおまえらしくもない」

「……これは寒いからだよ」


 ちらっとラケルの様子を窺うと、愉快でたまらないといった様子で、にやにやしながら僕らのほうへ近づいてきていた。


「ここには手紙が山とある。奥には充電装置や用便設備や水道もあるからさ。人道的配慮ってやつに間違いないよな?」


 タウノシンはますます怯えを見せ、腕のなかから背中へと回り込んだ。


「トイレがあるの?」

「当然。食料も十日程度は置いておくよ」

「十日ってなに? 僕が修理屋に渡した食料で宴会をするんだろう? それに、ここからなら三日もすれば帰れるんだし……」

「へえ。頼りなげに見えて意外にしっかりしてるんだな」

「タウノシンは一度通過した道ならすべてマップにしてくれるから」

「そいつじゃなくって、あんたのことだって。安心したよ。てことで、よい冥途を」

「えっ?」


 ラケルが眼前にまで近づいてきていたため、僕は身構えていた。ラケルは僕の肩へと手を伸ばし、僕は身を捩ったが、服が引っ張られる感覚を覚えた。くぐもった声と布の破けるような音がして、直後に茶と白の髪色が遠ざかっていくのが見えた。おそらく。たぶん。薄暗くてよく見えない。


「今のはなに? ねえ、タウノシン……」


 肩に手をやったらほつれた糸に指が触れた。タウノシンの重さを感じない。横を見てもふわふわの毛が鼻頭をくすぐらなかった。


「どこ行ったの?」


 僕の声が妙に大きく響いて、次にしんっと静まり返った。まさか連れ攫われたのだろうか。どうしよう。なんてことだ。僕はひどく恐ろしい気分になり、どうにかしなければとあたりを見渡した。


「……あれ?」


 ラケルたちの他にもロバが三頭いたはずだった。静かな仔たちだったけれど、息遣いや足と地面のこすれる音は聞こえていた。なにも聞こえないばかりか、独特の悪臭も感じない。というよりロバらしき姿が見当たらない。


「あ。ねえ、タウノシン。これは僕の荷袋だよね?」


 入口にほど近い台のうえに荷袋がふたつあった。なかを確認するとドリンクのボトルや味気ない携帯食料が入っている。とりあえずドリンクを飲み、椅子らしき物体に腰をかけた。


「ねえ、タウノシン……」


 僕は言いかけてはっとし、両手で口元を覆った。タウノシンがいなくなってしまっても、そばにいるものと思い込んでしまう。生まれたときから当たり前のようにいて、離れたことなんて一度もなかった。故障してもそばに置いていた。新しいタウノシンを用意してもらっても、処分したりはしなかった。だから修理することができたのだけど、見た目は同じなのになぜあのタウノシンじゃなきゃだめなのだろう。


「ねえ、タウノシン。どこに行っちゃったの?」


 どうしたらいいのかタウノシンに聞きたい。けれどいない。僕ひとりきりだ。


「ねえ、タウノシン」

 

 僕はタウノシンがいないとなにもできないみたいだ。照明はついていても薄暗く心もとない。不安に押しつぶされそうで、僕は自分の身体をかき抱き、椅子のうえで縮こまった。

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