3.砂に埋もれていた夫婦
「おい、シュカ。引っ張ってやれ」
「なんだって?」
「砂嵐で埋まっちまったんだ。可哀想に。かろうじて顔は埋まりきっていないようだから、今まで生きていられたんだろう」
「自分で埋まったんじゃないの?」
「自分で埋まるバカがどこにいるって?」
「ここに……」
「クズのうえにバカなやつだな、おまえはよ。とにかく砂をかきわけやがれ」
タウノシンは紐のような手で一生懸命砂をかいている。なんの意味もないくらい些細な砂しか退かせていない。あれじゃあ朝になっても無理だろう。
「おい! 手伝えって!」
「嫌だよ。埋まってしまったんだとしても、自業自得だろう? 僕らが通りかからなかったら死んでいたんだろうし、助ける義理もないしさ。そもそも僕はそんな労働をすべき立場じゃないんだから」
「……本物のろくでなしだな」
タウノシンは精いっぱい凄んだように言い、またも無駄な作業を再開した。電力がどうのと言っていたわりには残っているみたいだ。けれど無駄にはちがいない。いつ飽きるんだろう。もったいないなあ。それよりお腹が空いたな。ロバはどこかな?
僕は横になるのをやめて立ち上がり、ロバのところへ向かうことにした。すると遠くから人の声のようなものがして驚き、慌ててもう一度タウノシンの元へ戻った。
「タウノシン、なにか言った?」
「……言ってねえ」
「あれ? 声がかすれてるね」
「ロボットでも疲れるんだよ。残量が少なくなってきたんだ」
「えっ? 僕が凍え死んじゃうよ?」
「だったら手伝え。身体を動かせば暖まるだろうが……なんだ?」
タウノシンも気がついたようだ。砂をかきわける手を止め、きょろきょろとし始めた。
「タウノシンにも聞こえた? 僕もなんだ。なんだと思う? 幽霊かな?」
「かもしれねえな。殺された者たちの怨念がおまえを苦しめるためにやってきたのかも」
「オンネン……ってなに? なんで僕を苦しめるの?」
「怨念ってのは、おまえによって殺されたり、苦しめられた者たちが……近づいてくる」
「怨念が?」
「声が……」
タウノシンはどこか一点を見つめて停止した。するとさっきより近くに声が聞こえて、僕は震え上がった。甲高く耳障りだ。風の音のように聞こえるけれど、はっきり言葉として認識できる。
「お父さん、お母さん……ってのは、もしかしてこの埋まってる人のことか?」
タウノシンははっと振り返り、砂にうもれている人間に近寄った。
「やめなよ、タウノシン。気味が悪いよ。どこか遠くへ逃げようよ」
「黙れシュカ。……はい。はい。なんとかまだ起きていてください。おそらく娘さんでしょう。今こちらへ連れてきますから」
「なんの話?」
「この人はお母さんらしい。ってことで、迎えに行ってくる。おまえはこの人が意識を保っていられるように話しかけてやってくれ」
「なんで僕が……嫌だよ、タウノシン! どこに行くの? 僕も連れて行って」
ぴょこぴょこと愛らしく走るタウノシンを、僕は追いかけた。すると真っ暗な砂世界のなかに、薄ぼんやりと白いものが浮かび上がってきた。
「お父さん、お母さん!」
若い女のようだった。僕らを見て驚愕に顔を歪め、息を喘がせながら恐る恐る近づいてくる。
「ひぃっ!」
「エナさんですか?」
「……はい。あなたは?」
「お母さんに言伝を頼まれて……お父さんとお母さんをお探しなんですよね?」
「えっ? あなたが喋っていたの?」
エナという名であるらしき女はずっと僕を見ていたのだけど、タウノシンに気づいて飛び上がったようだった。そしてタウノシンに連れられて砂山へ行き、埋もれた人を見て地面に顔を突っ伏した。何をしているのだろう。よくわからないけれど、少しして起き上がり、熱心に訴えかける素振りをしだした。ひとしきり話しかけ、今度は物凄い勢いで砂をかき分けだした。凄まじい形相で、大変そうだ。見ているだけで疲れてくる。
僕はそういえばと空腹を思い出し、ロバのもとへ行き、携帯食を頬張りながら彼女の作業を眺めた。しかし、風がますます強くなってきて、目を開けていられない。お腹も膨れたし、眠くなってきた。
「起きろ、シュカ!」
「んあ?」
タウノシンの声が聞こえてくると同時に、身体が揺さぶられていることにも気がついた。
「起きろって! 死ぬぞ」
そういえばひどく寒い。凍えそうだ。まだ夜らしく、目を開けてもタウノシンの近くがほんのり光っているのが見えるだけで、あたりは真っ暗闇だ。
「エナさんが家へお邪魔させてくれるっていうんだ。すぐそこだったらしい」
寝ぼけ眼ながらに身体を起こすと、タウノシンに引っ張られて立ち上がる羽目になった。ロバはすでに連れて行ったそうで、後は僕だけだと言って急かしてくる。僕だって急ぎたいけれど、寒くて身体がかじかんでいるんだ。それでも、風を避けられるのならと無理やり動かし、タウノシンを追った。
「あんなところで朝まで寝てたら、たぶんおまえ死んでたぞ」
「嫌だなタウノシン。脅かさないでよ」
「事実を言ったまでだ。俺としてはおまえが死のうとどうでもいいがな、民衆のことを考えると、おまえは死なないほうがいいんだ」
物凄い風と寒さに眠気はばっちり覚めた。数十歩ほど進むと、小屋らしきものが見えてきた。
タウノシンがノックをしてすぐにドアらしきものが開き、若い娘が顔を出した。
「どうぞ。お茶を沸かしましたので」
中はミスト室ほどの広さしかない。しかし暖かく、外にいるよりはましのようだ。薄暗いながらに照明が天井から吊り下がっていて、室内にはほとんどなにもないことがぼんやりとわかる。部屋の隅に老婆が横たわっており、どうやら草を積み上げたものに寝かせられているらしい。反対側には石の塊があって、上に湯気のたったカップが三つ並んでいた。
「不衛生極まりないね」
「文句言うな。それに、修理屋んところよりは綺麗じゃないか」
「そりゃあ、タウノシンは人工物だから気にならないんだろうけどさ」
「おまえだって人工物じゃねえか。自然発生したわけじゃないんだし」
「そうなの? 僕はロボットなの?」
「あー、うっせ。とにかくお茶をいただけ。せっかくなのに冷めるぞ」
カップといっても持ち手がない。ただの筒だ。しかも薄汚れている。けれど香りはよく、色に濁りもない。胃腸を壊しかねないと躊躇いつつも、芯から冷えた身体はお茶を欲していた。
「うーん。まあ、悪くはないね。なにより温かいのがいい」
「おめえはよ、素直に礼を言えねえのか?」
「なんで言う必要があるの? 僕は次期管理官だよ?」
「外の世界じゃ関係ねえだろ。エナさん、ありがとうございます」
タウノシンはエナに向かって身体をぴょこんと丸めた。球形をした毛玉のような見た目のタウノシンが頭を下げても、ひっくり返っただけにしか見えない。
「とんでもない。こちらこそ大変助かりました」
「ですが、お父様は……」
「ええ。父は残念でしたが、母は助かりました。集落の者たちは、おそらくどこかでやり過ごしているだろうから朝になれば帰って来るさなんて言っておりましたが、可能性はゼロじゃないわけですし、不安でいっぱいでした。すべてお二方のお陰です。本当にありがとうございました。改めてお礼を申し上げます」
エナは神妙な顔で言い、深々と頭を下げた。素直な民は嫌いじゃない。
「礼をするならさ、ついでにもう一杯もらえるかな?」
「もちろんです。では、カップをいただきます」
エナは僕のカップを持って部屋の隅へと向かっていった。どこにヒーターがあるのかと思いきや、火のついたクラシカルな暖炉がある。ポットを直接火にかけているらしい。資料で見たことがあったけれど、本物を見るのは初めてだ。
「エナさんは結婚することが決まっていたそうで、お父さんとお母さんが娘の結婚祝いのために薬草を摘みに出て、砂嵐に巻き込まれちまったらしい」
「ケッコンって、なに?」
「……結婚ってのは、ひとりの男に対してひとりの女しか生涯相手にしない約束を交わすことをいう。ふたりきりで過ごす者もいれば、ともに子を産み育てる者もいる」
「つまり彼女は母胎なの?」
「今はまだ違うだろうが、いずれ母胎となる可能性はあるな」
「へえ。スリリングだね」
「なにがスリリングなんだ?」
「だって内臓の一部で人間を育てて穴を広げて生むんだろう? グロテスク極まりない」
「人間だけじゃない。他の生物もだいたいそうだ」
「そうなの?」
生物とは不気味なものらしい。生物学なんてなんの面白みもないものに興味がなかったせいでなにも知らなかった。
「ふふ。シュカさんは面白い方ですね」
エナがカップを手に微笑みながら戻ってきた。どうぞ、と渡されたので受け取り、熱いまま口にして火傷しそうになった。
「熱いじゃないか!」
「あっ、ごめんなさい」
「いいんです。黙れ、シュカ。いただいておいて文句を言うな。エナさん、申し訳ありません。代わってお詫びとお礼を申し上げます」
「いえいえ。お客様にお出しするものですのに配慮が行き届かず、大変申し訳ありません。こちらこそお詫び申し上げます」
「とんでもない。お母様のために湯は沸かしておいたほうがいいのですから。それと、お父さんのことですが……ご遺体はいかがされるのですか?」
「……はい。日が登って熱くなる前にはここへ運びたいと考えているのですが……」
「おひとりじゃ難しいですよね? 大変申し訳ないのですが、こいつは戦力になりません。わたしもお手伝いしたい気持ちは山々なのですが……」
「お気遣い痛み入ります。少し歩いた先に若手のいる集落がありますので、そこはなんとか」
「そうですか……」
なんの話だろう。まったく興味はないけれど、舌が痛くて腹立たしい。あんな謝罪じゃ許容できない。懲らしめてやらないといけないな。
「あのさ、次期管理官の僕を傷つけたんだから、正式な謝罪が必要だと思うんだよね」
「えっ? は、はい。大変申し訳ありません」
「それでさ、今度兵隊を連れてくるから、そのときに──」
「まだ言うか。黙ってろおまえは」
タウノシンは愛らしい瞳を細めて僕を睨みつけてきた。ちっとも怖くないけど、タウノシンは脅しているつもりらしい。電源をオフにすれば物言わず固まるというのに憐れな奴だ。
「あの、次期管理官さま、とは……」
「いいんです。お気になさらず。それでエナさん、ご遺体の処置のほうは……」
まったく、痛いだけでなく、目が覚めてしまって退屈だというのに、妙な会話を始めないで欲しいな。父だとか母だとかグロテスクなことばかりでなにが楽しいのか。
僕はポケットを探り、携帯食料を見つけて口に放り込んだ。
「エナ?」
「お母さん!」
どうやら老婆が目覚めたらしい。エナとタウノシンははっとして駆け寄り、なにごとかを話しかけ、ばたばたと慌てだした。タウノシンは僕の話し相手をしてくれるつもりはないようだ。実に退屈だなあ。眠くはないけどやることもないし、寝てしまったほうがいいかな。でもいったいどこに?
「ねえ、タウノシン。僕はどこで寝たらいいの?」
「黙ってろ人非人。つーか寝る気か? この状況で?」
どんな状況なのだろう。エナはお湯を運んだりタオルを絞ったりと忙しなくしているけれど、僕らにはなんの関係もないじゃないか。
「とっても疲れたんだ。たくさん歩いたし」
「は! 俺の観測した限りじゃ二ブロック分も進んでないぞ」
「タウノシンが知らないだけだよ。壊れている間にたっぷり歩いてきたんだ」
「ロバに乗っていただけだろ? まあ、いい。うるさいし、起きていられるほうが面倒だ。寝袋があっただろう? 勝手に出してそこいらで寝てろ」
「ネブクロ?」
「テントのなかでくるまっていたものだ」
それなら、と僕は荷袋から引っ張り出して、湿っぽい地面に敷いた。不衛生で不快なこんなところ、一刻も早く抜け出したい。日が上ったらすぐ起きて帰ろう。僕は明日を楽しみに瞼を閉じた。
「……えっくしょん!」
くしゃみで目が覚めた。口を塞がなかった。どうしよう。なんてことをしてしまったのか。僕は青ざめながら飛び起き、空気の悪さに目まいを起こしそうになった。
「ようやくお目覚めか」
声の元を探すと、タウノシンが石机のうえでかがみ込んでいた。日が登ったようで、部屋のなかは燦々として明るい。そして夜とはうってかわって気温が高くなっている。まったく、こんな気温差では体調を悪くしてしまう。寝起きにくしゃみなんて生まれて初めてのことをしたのもそのせいだ。
「なにしてるの?」
タウノシンは充電装置を抱えているようだけど、あんなところじゃたいして意味がないんじゃないかな?
「別に。おまえにゃ関係ない」
「僕に関係ないことなんてないよ」
「この世の支配者だからって? 寝言を言うってことはまだ寝てんのか?」
「起きてるよ……なにそれ?」
タウノシンに近寄ると、なにやら紙の束のようなものをがさごそとやっていた。
「紙きれだ」
「見ればわかるよ。なんのためのもの?」
「ほお、無能のシュカ様でも紙の存在は知っていたか」
「知ってるよ。遺物だけど、まだ使われているじゃないか」
「……これは手紙らしい。エナさんがあちこちで集めたものを見せてくれたんだ。ちなみに彼女はお父さんの遺体を運ぶため外に出ている」
「へえ。お父さんは死んだんだ? てがみってなに?」
「お母さんは生きていらしたけどな。……手紙ってのは、字を書いて他者に情報や感情を伝える文書のことだ」
タウノシンはうんざりした口調で答えた。呼吸なんてしていないのにため息混じりなのはどういうことなのだろう。
「わざわざ遺物を使って情報を伝達するの?」
「ここにはネットワークがないだろ」
「ないけど、大勢住んでいるわけじゃないんだし、喋ればいいじゃん。渡すときに面を合わせる必要があるだろう?」
「そうせざるを得ない場合はごまんとあるんだよ」
「想像つかないな。ねえ、タウノシン。なにが書いてあるの?」




