2.4月16日
「ねえ、タウノシン。いつまで不貞腐れてるの?」
修理屋から離れて二時間。からっからに乾いた砂ばかりの世界は日が暮れかけていた。修理屋は近くの洞窟に泊まっていけと提案してきたけど、冗談じゃない。誰があんな腐敗臭のなかで熟睡できる? 不快な砂がまとわりつくし気温差はひどいけれど、外のほうがいくらかはましだ。そう思ったのに、護衛どもがいないせいで野営なるものができない。荷運びのためのロバたちは三頭とも言うことを聞かないし、引っ張るのに疲れて砂漠のど真ん中で立ち往生をしてしまっていた。タウノシンはいくら話しかけてもまったく答えてくれないし、温厚な僕でもいい加減にうんざりしてくるよ。
「ねえ、タウノシン。寒くなってきた。どうすればいい?」
苛立ちまぎれにふわふわの毛玉をむしり取っていたのだけど、寒さがひどくなり、胸に抱いてみた。少しは温かいけと、少しだけだ。このままじゃ寒さで死んでしまう。まさか修理屋は僕を殺すつもりだったのかな? タウノシンに相談をして可能性が六割を超えていたら査問会にかけよう。
「ねえ、タウノシン……どうしてなにも喋らないの? まさか直ってない?」
修理が完了して起動したときにタウノシンは喋っていた。久しぶりに相棒の声が聞けたと思って感動したのに、修理屋と別れたとたんにぴたりだ。
「さっき喋ったのはなんだったの? 修理屋は僕を騙したの?」
毛並みをなでながらささやいてみた。揺するより喜ぶと思ったからだけど、正解だったようでタウノシンはくすぐったそうに身をよじった。
「ねえ、タウノシン、いつまで──」
「あー、うっせえなあ! 黙れ人非人。俺は精密機械なんだ。ゆっくり再起動させてくれや」
ふわふわで丸く、つぶらな瞳をふたつぱちくりとさせたタウノシンが可愛らしい声を上げた。
「やっぱり起きてたんじゃないか」
「おまえはよ、俺を修理するつもりなら充電装置も持ってこいってんだ。クソバカめ。無能は誰だ。こんな残容量じゃ省エネモードでやるしかない。直ってもすぐぶっ倒れるっつーんだ」
「ああ、充電装置ね。あるよ、もちろん。早く言いなよ。確か三のEに……」
ひひん、と不快に啼くロバの横っ腹に垂れ下がる荷袋をがさごそとやり、僕は目当てのものを取り出した。
「……他にないのかよ」
「えっ、これじゃだめなの?」
「ソーラーパネルじゃねえか! これから日が沈むってときに使えるか?」
「まだ沈んでないよ?」
「黙れ人でなし」
「じゃあ、要らないの?」
「……よこせ、くそ。それしかないんなら使ってやるよ。仕方がない。とりあえず十五分は充電できるだろう」
「使うんならいちいち不満をぶつけないで欲しいな」
僕はソーラーパネルをタウノシンに手渡して伸びをした。タウノシンは受け取り、毒づきながらもセッティングを始めた。口からは罵詈雑言が飛び出ていても顔は愛らしい。表情に現れないのは他にできないから、という理由もあるだろうけど、なんだかんだ言いつつも僕のことが大好きだからにちがいない。壊れていた間はとっても寂しかったはずだ。感情があるのかわからないけど、たぶんそう思う。
「あー、効く」
終えたようで、タウノシンはやれやれと太陽に向かって両手を伸ばした。ミストで身体を洗い清めてやっているときより気持ちよさそうな顔をしている。手と言っても一見すると紐にしか見えない。引っ張ったら千切れてしまうと思わしき細さなんだけど、実際は頑健で、人間の手みたいに器用な動きが可能だ。見るたびに我がルーウィン機関の技術力が誇らしくなる。ふわふわな毛並みも単に温かさと癒しを与えているように思えるけれど、特殊なセンサーが搭載されている。さすがという他ない。
「ねえ、タウノシン。明るいうちに野営とやらの準備をしといたほうがいいんじゃない?」
「そうだな。俺の計算からも間違ってない。珍しく頭を使ったな、シュカ」
「うん。だから充電している暇はないと思うんだけど」
「なんだって? まさかおまえ、俺に組み立てろって宣ってんじゃねえよな?」
「え、僕にやらせる気?」
「俺の電力がなきゃ火も使えないんだぞ? 灯りもつけられないし、真っ暗な夜を過ごす羽目になる。道理としてはおまえの役割だろうが」
「ドウリ、ってなに?」
「あーもー、つべこべ言わずにやれ!」
なんて不敬な態度をとるんだろう。ロボットじゃなきゃ即教育棟行きだ。僕はかっとして懲らしめてやろうと思ったのだけど、なにも思いつかない。タウノシンに相談するわけにもいかないし、壊したらここへ来た意味がない。というより、この状況じゃ僕が困ってしまう。
「……まったく、信じられないな」
悩んだ末、仕方なしにCの一を開けた。やり方なんて知る由もないけれど、暇つぶしがてらに護衛が準備するのを見ていたせいか、なんとなくはわかる。思いもよらなかったこととはいえ、どんな状況下でも機転の利く僕はさすがだ。
「ねえ、タウノシン、外の世界の人間は惨めだね。新しいものを生み出せないし、遺物を直しながら生きていくしかないんだ」
「惨めとかおまえが言うか? 俺を修理しておいて」
「えっ? タウノシンはしないで欲しかったの?」
「俺に望みなんてものはない。だけどおまえといると疲れるんだよ。まったく話を聞いちゃくれないし、何度言っても覚えてくれない。いつもへんてこなことばかりを言って気が狂いそうだ」
「ロボットが気を狂わせるの?」
「狂いっぱなしだよ。ほらまた……右だって言ってんだろ。バカでかく書いてあるってのに」
「えっ? 右?」
「違う違う。左手に持っている部品だ。それを右側の突起に……だから違うって!」
「違わないよ。合ってるって!」
まったく忌々しい。のんびりと横たわってる愛玩ロボットから指図されるだけでも腹立たしいのに、鋭い声で怒鳴りつけられるとますます苛ついてくる。組み立てているってだけで褒めてもらいたいくらいなのに。
「……この愚図め」
結局、組み立てられなかった。こういった仕事をすべきは肉体労働に従事する者だけなのだから仕方がない。護衛たちが三秒とかけずにテントを張っていたのは、慣れていたからだ。僕ができないのは当然で、端から挑戦すること自体が間違っていた。
「文句を言うならタウノシンがやればよかっただろう」
「ああ、俺がやりゃよかった。まさかおまえが力任せに部品を折っちまうとはな。さすがの俺も予想できなかった」
「そうだよ。失態だよ」
「……のやろう。ん?」
タウノシンはひょこひょことどこぞへと向かっていく。どこへ行くっていうの? 灯りがないと片付けることができないというのに、このまま放置していいの? いいのか。面倒だし、へとへとだ。風が強くなってきたせいで、砂が目に入ってきてうっとおしい。痛いし、開けていられない。そろそろ瞼を閉じてしまったほうがいい。
「おい、シュカ!」
「なに? もう寝るよ。いや、夕食を済ませてなかったな。疲れすぎて空腹なのも忘れていた」
「こっちに来い! 俺の力じゃ無理だ」
「嫌だよ。寝るんだってば」
しかし何をしているのかが気になり目を凝らすと、タウノシンは腰の高さほどの砂山を覗き込んでいるようだった。あんなものじゃ風よけにはならないだろうに、いったいどうしたのだろう。
「まだ生きてる」
「なにが? ……わっ!」
タウノシンが灯りを照らしている先に、目があった。僕はぎょっとして尻もちをつき、慌ててタウノシンの背中にひっついた。といっても抱っこに近い格好だけど。
「……人間だ」
「えっ?」
タウノシンは何を言っているのだろう。人間がこんなところにいるわけがない。万が一奇特なバカがいたとしても、生きているはずがない。それとも外の人間の生態は、ドームの中の僕らじゃ量れない、まったく違うものなのだろうか。




