神戸デートと彼女のきらびやかな生活
サエがふとした思いつきで、神戸に来てくれることになった。
神戸デートは楽しく過ごすことができるだろうか?
◯登場人物
凰太
39歳
ゲーマー。兵庫県神戸市に住む。
さーちゃん、サエ
42歳
香川県に住む。元は神戸市に住んでいたらしい。
バツイチで、中三の娘がひとりいる。
俺は三宮のバスターミナルで、さーちゃんのバスがいつくるかとソワソワしながら待った。
バスターミナルは建物がしっかりとしていて、チケットを買う窓口の他に、飲み物の自販機や座って待てるベンチもあったり、屋内で雨風もしのげるのでとても良い。電光掲示板にバスの発着もリアルタイムで表示される。
彼女から聞いていた便のバスの種類も調べ、その付近でウロウロする。
『今、信号待ちだよー』
もう少しで会える。
「バス停まるとこで待っとるよー」
『今動いたよー』
前に会った時から一ヶ月くらい経っていた。たった一ヶ月かもしれないが、なんか俺にとっては一年くらいの気持ちだった。バスが停まって、さーちゃんが降りてきた。
「きたよー」
「さーちゃん、おつかれさま。大変やったやろ」
さーちゃんは何も言わずに俺に抱きついてきた。そして、少ししてから口を開く。
「この前はごめんね。会いたかったし、寂しかった」
あかん……可愛すぎてあかん。でも、周りの乗客がジロジロ見ているのも少し気になる。
「うん、俺もごめんな。あ、モーニングどこかに食べにいく?」
「先にくっつきたい」
ちょっとそれは反則だろ……さーちゃんのこういう素直に伝えてくれるところは好きなんだけど、俺の我慢が……
◇ ◇ ◇
我慢はもちろんできなかった。というか、やはり直接顔を見て話したり、触れることができたり、愛しあうことができるって、幸せだ。
メールではなかなか感情が伝わりにくかったり、言葉が上手く伝わらない時もあるし、電話ではまだメールよりはマシだとしても、それでも相手の表情とか、状況がわからなくて、すれ違ってしまうこともある。
「おーくん、大好き。めちゃくちゃ好き」
「俺も、好きやで」
色々なわだかまりがある時でも、抱きしめ合うことで、距離を近づけることで、物理的に心が近くなると。それに伴って気持ちや感情も近くなる気がする。離れていたらダメなのかっていうと、もちろんそんなことはないんだろうけど、やはり距離が離れていると、相手の状況がわかっていなかったり、想像しにくかったりはするのだ。
「あ、さーちゃん。渡すものがあるねん。これ……」
俺は持ってきていた、小さな紙袋をさーちゃんに渡す。
「えっ! 何これ? 開けていい?」
俺は無言でうなずいた。紙袋を開けて、中の小さな箱を見て、彼女は驚く。
「えっ! これって……」
「あ……ほんまに大したもんじゃないんやけどね。気に入るかわからんのやけど、見てみて」
四角い立方体の小さな箱を、ゆっくりと開けるさーちゃん。
「おーくん……めちゃくちゃ嬉しい」
何日か前に、さーちゃんのために指輪を買っておいたのだ。例の指輪事件のせいではないんだけども、俺の勝手な自己満足なんだけど、指輪を付けたい気持ちがあるならと思って。
「あ、指のサイズがわからなくて、たぶん大丈夫やと思うんやけど……」
「うんうん……あ、ちょっぴりだけ大きいかもやけど、ほぼちょうどやで。ありがと、おーくん」
さーちゃんは俺の前で左手の薬指にリングをはめて見せてくれた。シンプルなシルバーのリングで、表面にキラキラと輝く装飾が施してある。三宮のセンター街に小さなアクセサリー屋さんがあって、そこで見つけた。
「うん、ごめんな。ブランドとかじゃなくて、ホントにシンプルなやつなんやけど」
「ううん、ううん。大事にするね」
お昼過ぎくらいまで、途中軽食をいただいたりしながらそのホテルで過ごしていた。
◇ ◇ ◇
「あ、おーくん。あとで駅の北側らへんも少しぶらぶらしてもいい?」
「うんうん、ええよ。久しぶりに来た神戸やし、見たいもんもあるやろ」
ホテルを出て、駅周辺を歩いたりした。
「私が住んでた時から、お店も変わってるところもあるんやけど、あの頃から変わってない店もあるわ〜」
「その時のこと、思い出したりするん?」
「う〜ん……そんなめちゃくちゃ鮮明に覚えてるわけじゃないんやけど、あの時は仕事のあとも夜の街で遊びに行ったり、飲みに行ったり、凄かったなぁ……」
思っていた通りではあったが、彼女は昔のことを懐かしんでいるようだった。でも、人間みんなそういう時ってあるよな。
俺の場合……んー、就職して初めて付き合った大学生の女の子が、同じ大学に男が出来てフラれたり? エステティシャンの彼女ができたと喜んでいたら、ゲーム大嫌いの女の子で、全然合わなかったり?
あれ、なんか苦い思い出しかないのか、俺。まぁそんなことはどうでもいい。
「私、浜崎あゆみが好きやって、エクステ付けたりとか、ショートパンツ履いたり、凄く意識してたかも」
今でも充分可愛らしいと思うのだが、全盛期……というと言い方がなんか嫌だけど、その頃は更に可愛かったんだろうなと思う。
「凄いやんか。俺なんてホントにオタクやから、もしかしたら三宮ですれ違ってるかもやけど、もし出会ってたとしても完全無視されてそうやな」
「ちょっとそれはわかんないけど……あ、喫茶店でお茶しよ?」
二人は三宮駅の高架下にある、純喫茶に入った。俺はあまりガヤガヤしているカフェよりも、こういう静かな喫茶店のほうが好きだ。雰囲気が落ち着いているからかな。
そこでホットコーヒーと、プリンと、ティラミスを頼んだ。
「んっ! ティラミス美味しい! なんか久しぶりに食べた気がする」
「ティラミスって一時流行ってたけど、最近はそんなに聞かないもんね。プリンも昔ながらの感じで美味しいで。よかったら食べな」
二人で半分ずつデザートを分けた。コーヒーを飲みながら、俺は彼女の神戸で暮らしていた時の話を聞いていた。
「十年以上も香川に住んでたら、なんか神戸に帰ってきても地元ってイメージじゃなくなってしまう気がするわ」
「あ、それはあるかもやんね。でも、さっき言ってたみたいに、昔から変わらないお店とか見つけたら嬉しいやんね。俺も小さい頃に住んでたところにたまに散歩に行くんやけど、変わらない景色があったら、懐かしいなぁ〜、てなるもん」
楽しそうにしてるさーちゃんを見ていると、俺も楽しくなる。ただ、楽しい時間はやはりあっという間に過ぎていく。
喫茶店を出て、バスターミナルの方へ一緒に向かう。帰りのバスまであと三十分くらいの時間だった。
「ごめんね、バタバタしちゃって。ホントはゆっくり一緒にいたいんやけど……」
「ううん、さーちゃん、わざわざ来てくれてありがとう。ホントに嬉しかったで」
バスが来るまでの時間、他愛もない会話をしながら、そしてたまにキスをした。
「あ、バスきた。おーくん、指輪ありがとうね。めちゃくちゃ嬉しい。また連絡するね」
さーちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。
「うん、喜んでくれてよかった。今度は俺がそっちに行くわな。また連絡する」
高速バスの窓際の席に彼女は座り、窓に手を触れる。俺もその窓に同じように手を触れた。
窓越しだから何を言ってるかわからなかったけど、さーちゃんの口は「ありがとう」と言ってるように見えた。
彼女は香川に帰っていった。
楽しいひと時はあっという間に過ぎ、
お別れの時間がやってくる。
今度は自分がまた香川に行こうと、
凰太は思った。




