過去の指輪と絶望
夜の高松デートの後、
帰りたくないというサエの誘いのままに、
二人でホテルに行く。
◯登場人物
凰太
39歳
ゲーマー。兵庫県神戸市に住む。
さーちゃん、サエ
42歳 バツイチ、中三の娘がいる。
香川県に住む。元は神戸市に住んでいたらしい。
「少しだけ顔あげてもらっていい?」
俺は、うつむいているさーちゃんの顔の方に自分の顔を持っていき、優しくさーちゃんにキスをした。
「ん……」
キッカケはスマホのソシャゲであったとしても。ゲームの世界でのやり取りから、現実の世界での恋愛につながることもあるんだ。
もしかしたら、現実の世界はゲームの世界よりも残酷かもしれない。優しくないかもしれない。ゲームの世界のように思い通りにいかないこともあるかもしれない。
ゲームの世界では受けたダメージは治るし、実際に身体に痛みはないが、現実の世界では痛むこともあるし、治らない痛みもあるかもしれない。
それに起きてしまったことをやり直しはできないし、リセットもできない。リセットをするとしたら、それは死ぬ時だからだ。
それでも、俺は自分の考えで自分が選んだ道をこれからも生きていこうと思う。
それがたとえどんな決断だったとしても。それを選んだことで大変な目にあったとしても。
◇ ◇ ◇
「おーくん、私ね。おーくんの声が好きだよ」
「え。それ、俺も言おうと思ってたやつ……」
さーちゃんは、俺の腕枕で寝ていた。彼女の肌は透き通るように白くて、俺の日焼けをした肌とは比べものにならないくらい綺麗だった。
それに、間近で見る彼女の瞳は、ずっとではないんだけども、キョロキョロと俺のほうを見ていて、その仕草がまた、とてつもなく愛しかった。
「そういえばゲーム全然開いてないやんね、おーくん、する?」
「んー、俺は元々ゲームはもういいんやけど。だってさーちゃんと一緒に居たり、電話したり、メールしてるほうが幸せやから」
「ほんとぉ〜? まぁでも、私もそんなゲームはもう、しなくてもいいかも。ねぇねぇおーくん」
さーちゃんが俺の方を見て言う。
「ん? なに、さーちゃん」
「愛しとう、って言って」
え、これって神戸の方言みたいなやつなんだよな…俺は、元々そういう言葉を使わないのもあるし、出身は大阪だから、尚更この「〜しとう」という喋り方に馴染みがない。
あと、これは考え過ぎなんだが、さーちゃんは神戸に住んでた時に、色んな男に「愛しとう」と言われて「愛しとう」と言ってきたのかな、と思ってしまう。少し、胸がちくりとした。
「愛してるで」
そんな思いは胸にしまう。なぜなら言っても仕方ないからだ。それにそんなことがあったとしても、それは過去のことだから。今は俺だけだと思うから。
「あ、おーくん何時くらいに神戸に帰る?」
「んー、まだわからんけども、高速バスの予約見て、帰る時間決めるで。少し寝てからゆっくりしてから帰ろ」
「うん、わかったよ」
二人とも夜遊びの疲れと、心地よい疲れもあって、そのまま寝てしまった。
◇ ◇ ◇
ふと目覚めると、さーちゃんは横を向いてすやすやとまだ寝ていた。朝の八時過ぎだった。
俺はトイレに行こうと起き上がって、ふとソファの前のテーブルの彼女の持ってきた小さなカバンを見た。子供に連絡をしようと携帯を出そうとしてなのか、カバンが横に倒れていて。
俺は、そこに転がっていて、キラリと光るものを見つけた。
綺麗な金色の指輪だった。なんとなくだが、俺は嫌な予感がした。
トイレに行って戻って来たら、さーちゃんが起きていた。
「おはよ〜、めちゃくちゃ寝てたわ。おーくん起きてたん?」
「うん……さーちゃん、そこに指輪が転がってるで」
さーちゃんの顔色がさっと変わった。すごくわかりやすい。
「あっ、ごめんね。携帯出そうとして、転がってたみたいやわ」
「答えにくかったら言わなくてもいいんやけど……それって誰かに貰った指輪?」
俺はすでに、答えは予想していたが、聞かずにはいられなかった。
「うん。貰ったやつ……」
「それは男からなんかな?」
彼女は黙った。
もう答えを聞くことはなかった。俺はすぐに服を着替えて、ホテルを出る準備をした。
「待って、おーくん! 話をちゃんとしたいんやけど」
「そんだけずっと持ってる指輪なんて、大事な指輪なんやろうね。そんな指輪を貰った男がおるのに、俺と遊んでてもいいん?」
「最近は会ってないよ……」
最近は……その言い方は、少し前は会っていたということに聞こえる。それに、その関係はまだ終わってないようにも。
「ちょっと。見損なったわ……じゃあ」
「おーくん!!」
俺はホテル代をテーブルの上に置いて、さーちゃんの方を見ずに部屋を出ていった。
いつか現実に受けるかもしれない心の痛みが、こんなにも早く訪れるなんて、俺は思ってもみなかった。
それでも、もしかしたら。このくらい早くにわかっていて良かったのかもしれない。時間が経って、日にちが経ってわかったことなら、もっと傷ついていたと思うからだ。
まぁ……俺を苦しめるにはこのくらいの痛みでも充分だったんだけど。
俺は、JRの讃岐牟礼駅から、高速バスが停まる志度駅まで列車に乗り、そこから高速バスのバス停まで歩いた。
そして、歩きながらバスの予約をした。
彼女からはその間、何度も着信があったが、俺は取らなかった。
サエのことを大好きな気持ちと、
それを裏切られたことへの怒りで、
どうしていいかわからない凰太。
今は何も考えることもできず、ただ帰路に着く。




