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魔法使いとペンダント ~それは一体誰のもの?~  作者: 碧衣 奈美


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02.人質

 ターミスは、震えながら話し始めた。

「わ、悪いとは思ったけど、落とす方が不注意なんだって思って。名前も書いてないし、とにかくすぐに金が欲しかったから」

 数日前、ジラーグの森へ入ってすぐの所で見付けた。

 金のチェーンが付いた、赤い石のペンダント。箱や袋に入れられてはおらず、留め金部分はしっかりつながっていた。

 つまり、買った状態ではなく、身に着けていたのに留め金が外れて落ちてしまった、というのでもない。

 一見すれば、捨てられたかのような状態だったのだ。

 本当に捨てられたかは、ちゃんと状況を見ていないのでもちろん知らない。

 捨てたのではなく、落ちたのだとすれば。服かカバンのポケットにでも入れていて、移動中に知らず落ちた……というところか。

 どういう形であれ、落としたとすれば、そんな不注意な人間の方が悪いのだ。

 ターミスでなくても、大多数の人間はそう思うだろう。値が張るのであれば、なおさら気を付けるべき、しっかり管理するべきだ。

 田舎の村の少年に、そのペンダントの価値などわからない。だが、売ればいくらかの金になるだろう、というのは想像できた。

 だから、ターミスは次の日に急いで街へ向かい、換金したのだ。

「お前……」

 ターミスを見る男の目が、さらに冷たいものになる。

「ふざけるなっ」

 ナイフの刃のような形をした氷が、ターミスへ向かう。それを見たシェフレラは、防御の壁を出した。

 ペーペーのシェフレラとは違い、やはり男はかなりの実力者だ。シェフレラの出した壁など、簡単に射抜いてしまう。

 それでも、とっさにターミスがその場から逃げたことと、壁を貫くことで勢いが殺がれたため、かろうじて被害はなかった。

 だが、氷が地面に突き刺さっているのを見て、誰もがぞっとする。

 ターミスが逃げなければ、その氷が少年の身体のどこかを傷付けていたのだ。

「一般人への攻撃魔法は犯罪よっ」

 シェフレラが怒鳴るが、それ以上の声量で男が怒鳴り返す。

「邪魔をするな、小娘っ」

 強い風が、シェフレラの身体を浮かせた。

「きゃあっ」

 抵抗する暇もなく、シェフレラは村人達の方へ飛ばされて地面に落ちる。村人達が悲鳴を上げた。

 他の村人と一緒にその様子を見ていたシェフレラの両親が、慌てて娘のそばへ駆け寄る。

「大丈夫か、シェフレラ!」

「う、うん……何とか」

 とりあえず返事はしたものの、正直かなり痛い。お尻を打った。

「あれにどんな価値があるかも知らずに……どこだ。どこの街で売ったっ」

 シェフレラがどうにか起き上がっている間に、男は逃げようとするターミスを捕まえると、その胸ぐらを掴んだ。

「ディーシャの……」

「だったら、さっさと買い戻して来い」

「もう、金なんてないよ……」

 売ったその足で、薬屋へ向かった。それが目的だったから。

 買い戻せと言われても、薬はもうない。薬を返品して、返金されたその金でペンダントを、とはできないのだ。

「それなら……お前を殺して、私が奪い返す」

 村人が囲む中、堂々と殺害宣言され、村中がどよめいた。

「ご、ごめんなさ……」

 少年は泣いて謝るが、胸ぐらを掴む男の手がゆるむことはない。

「ち、ちょっと待ちなさいっ」

 地面に叩き付けられた痛みですぐに動けなかったシェフレラが、必死に声を張り上げた。

「そのペンダントを買い戻せばいいんでしょ。あたしが……あたしが取り戻して来るから、その子を殺さないでっ」

 力のある魔法使いなら。

 暴行だとか、殺人未遂ということで男を取り押さえるだろう。実際、そうするべきなのだ。

 しかし、ここにいるのは、ペーペーの魔法使いが一人だけ。新人だが、まだ「修行中」というかっこ書きを取るのもはばかられるレベルだ。とても相手にならない。

 それでも、今はとにかくターミスを助けなければ。実力のないシェフレラができるのは、男の言うペンダントを渡すことだ。

 その品がどんないわく付きかは知らないが、とにかくそれさえあれば。男がターミスを殺す理由はなくなる。

「ほう、お前が取り戻す、か」

 男の冷たい目が、座り込んでいるシェフレラへ向けられる。どこかバカにしたような色がにじんでいるようにも思えたが、今は気にしていられない。

「これでも街では色々活躍して、ちゃんと報酬もあるわ。ターミスがいくらで売ったにしろ、買い戻せるから。そのペンダントを返せばいいんでしょ」

「では、取り戻して来い。しずく形をした紅玉のペンダントだ。この際、チェーンはなくても構わない。石さえ無事ならな」

 どうにか、交渉には応じてもらえた。これでひとまず、ターミスの命は確保だ。

「あなた、名前は? ペンダントはどこへ持って行けばいいの?」

「私はクロスカス。今はジラーグの森にいる。そこへ来い」

 男はターミスの胸ぐらから手を離したかと思うと、今度は襟首を掴まえた。

「それまで、このガキは人質だ」

 その言葉に、シェフレラは血の気が引いた。

 相手も求める物を確実に手に入れるため、何か保証を求めるとは思ったが、よりによってターミス自身とは最悪だ。

 これでは、ターミスの安全が確保できたことにはならない。

「ちょっ……人質なんて取らなくても、あたしはちゃんと約束を守るわ」

「期限は特に設けない。だが……このガキが生きているうちに、何とかするんだな」

 シェフレラの言葉も、相手は全く聞く気がない。

「ターミスに何をするつもりなの。その子を殺したら、ペンダントは絶対渡さないわよ」

 恐怖で硬直している少年は、泣きながら震えるだけ。もう逃げようとする気力もない様子だ。

「逃げないように、閉じ込めるだけだ。そう、それだけ。一切、何もしない」

 何もしない。つまり、食事を与えるといったことさえもしない、ということだろうか。

 本当にそういう意味なら。シェフレラが時間を掛けすぎれば、ターミスは餓死することもある、という訳だ。

 だから、生きているうちに、と付け加えた。

 期限を設けない、と言ったのは、シェフレラがわざと期限を引き延ばしたりしないように。無事な状態のターミスを取り戻せなければ意味がないという、彼女側の弱みを握っているのだ。

 何よ、それ。陰険、陰湿、さいってー!

 本人に怒鳴ってやりたいが、本当に口にして相手が機嫌を損ねたら、今ここでターミスの命が危うくなってしまう。

 でも、本音では、思いっ切りののしってやりたかった。

「では、ジラーグの森で待っているぞ」

 砂嵐のような竜巻がクロスカスとターミスの周りに現れ、それが消えた後には二人の姿がなくなっている。

 シェフレラや村人達が呆然とする中、フィーエの悲鳴が村に響いた。

☆☆☆

 ターミスの母フィーエは、昔から身体があまり強くなかった。

 夫が三年前に亡くなり、母子家庭になってからは彼女なりに畑を耕してはいたものの、やはり長くは続かない。子どものターミスに無理をさせることになってしまう。

 薬があれば多少は楽になれるが、貧しい親子に薬を買うお金はない。食べるだけでぎりぎりだ。

 村人も時々助けてくれるが、彼らもそう裕福な生活をしている訳ではないので、できることは限られた。

 よくある、貧しい村人の生活環境だ。

 ターミスは「何とか自分で薬に代わるものをまかなえないか」と、時々山や森へ行くことがあった。そこで、薬草や食料となる山の幸などを探すのだ。

 クロスカスが「盗まれた」と主張するペンダントを見付けたのは、村の南西にあるジラーグの森へきのこなどを集めに行った時のこと。

 森を入ってすぐの所で光るものに気付き、そちらを見れば赤い石のペンダントがあった。周りを見ても、落とし主らしき人は誰もいない。

 包まれてもおらず、外れてしまったのでもなさそうなペンダント。しずくの形をした赤い石に、金色のチェーンがついているだけの、ごくシンプルなデザインだ。

 誰のものか、価値がどれだけあるのか知らない。あまりにあっさりしたペンダントだから、そんなに高くはないようにも思われた。

 でも、透明感のある鮮やかな赤い石は、とても美しい。こういう物を見慣れないターミスでも「きれいだな」と感じた。

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