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魔法使いとペンダント ~それは一体誰のもの?~  作者: 碧衣 奈美


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01.怒る魔法使い

「な、何? どうなってるの?」

 久々に休暇を取り、ガルビートの村へ帰ってきたシェフレラ。村で起きていることを目にした途端、その場に立ち尽くした。

 自分の家へ向かうまでの、とある家の前だ。荷車が楽にすれ違える幅の道に、村人が大勢集まっている。

 村へ入って人の姿がないような気はしたが、みんなここへ来ていたのだ。

 一体何があるのかと、シェフレラも人の輪に加わった。

 彼らが遠巻きにして見ている中心にいるのは、長身の男。そして、その彼の前で、尻もちをついたように座り込んだ少年だ。

 周囲には、かなり険悪な空気が流れている。この村で、こんな不穏なまでの空気を感じたことはない。肌が痛みを感じる程に、場が張り詰めている。

 それを見て、シェフレラは思わず疑問を口にしたのだ。

 どう見ても、ぶつかった勢いで少年が尻もちをついてしまった、なんて軽いものではない。

 シェフレラの声に気付いた村人が、彼女の袖を掴んだ。

「あ、シェフレラ。ターミスが大変なんだ。助けてやっておくれよ」

 現れた魔法使いを見て、他の村人も口々に頼む。その声で、シェフレラは身体の機能を取り戻した。

「え……あの……」

 助けてやれ、と言われるばかりで事情がわからないまま、それでも放っておけないシェフレラはそらちへ動く。

「さっさと返せ。本当に死にたいのか」

 静かな口調で、だが間違いなく怒りに満ちた低い声。一切オブラートにくるまない言葉でこの村の少年を威圧しているのは、身体も目も細い男だ。

 この村の人間ではない。見たところ三十代後半、といったところか。

 胸まである真っ直ぐなプラチナブロンドを一つに束ね、薄い青の瞳で少年に向ける視線は氷のように冷たい。

 尻もちをついている少年の足下には、氷の粒がいくつも落ちていた。冬にはまだ早いこの季節に、氷はできない。だとしたら、魔法で出たものだろう。

 白いローブをはおったこの男は、どうやら魔法使いのようだ。

「だ、だから、返すものなんてないよ」

 くせの強い赤髪の少年ターミスは、震えながら男を見上げた。

 並んで立っていても、男の肩に頭の先が届くか、という小柄な少年。今は座り込んだまま後ずさっているので、さらに首を上げることになる。

 まだ十三歳の少年には、男が実際よりも大きく見えているだろう。

「お前は、私のペンダントを盗んだ。隠しても無駄だ。私にはわかる。今返せば、命までは取らないでやる。すぐに出せ」

「ペ、ペンダントって……」

 青ざめながら、ターミスは男の言葉を繰り返した。

「やめて。その子に乱暴しないでっ」

 ターミスの母フィーエが、息子の前に飛び出そうとする。

 だが、危険を感じた村人達に止められた。そのまま行かせたら、二人一緒に傷付けられてしまうから、と。

 この男はきっと、人を傷付けることにためらいを感じないだろう。母親がかばおうとしても、その行動に心を動かされることはなく、制裁をやめる気はない。

 誰もがそう思ったのだ。

 いつもならうまく交渉して穏便に決着させてくれる村長も、こんな時に限って不在。他に仲介ができる者は、村にはいなかった。

 村人達が遠巻きに二人を囲みつつ「子どもにひどいことをするな」と怒鳴るが、男にすればどこ吹く風だ。

「こらー、やめなさいっ」

 事情は知らないまま。だが、頼まれるまでもない。

 魔法使いが何の力も持たない村人を、しかも自分の知り合いである少年を襲っているのを見れば、黙ってはいられるはずもなかった。

 シェフレラはまだペーペーだが、それでも一応魔法使いだ。村人に手が出せなくても、彼女なら止める(すべ)がある。

「何だ、小娘」

 じろりと睨まれ、その視線の冷たさにシェフレラの動きが止まる。男を止めるつもりで、逆に自分が止められてしまった。

 十七歳の少女が一回り以上は年の差がありそうな年上の男と対峙するのは、かなりの勇気が必要だ。

 ターミス程ではなくても身長差のある人間、しかもこの状況では間違いなく敵対する、とわかっている相手だから、なおさらだ。

 ポニーテイルにしているダークブラウンの髪先まで、緊張で固まったような気がした。自分の顔が青ざめたのが、鏡を見なくても何となくわかる。

 それでも、シェフレラは座り込むターミスの前に立った。

「シェフレラ……」

 泣きそうな顔で、ターミスは男と自分の間に立つ魔法使いを見た。

「あなた、どういうつもり? ここの村人は、誰も魔法を使えないわ。そんな人達に向かって魔法を向けるなんて、犯罪と言われても仕方ないわよ」

「それがどうした」

 あっさり言われ、シェフレラは次の言葉に詰まる。それの何が悪い、とでも言いそうな態度だ。

 残念ながら、たまに見掛けるタイプの人間だった。

 犯罪行為など、全く気にしない性格で、自分のやりたいようにやる。周囲にいたら、ひたすら迷惑でしかない人間だ。

 しかし、シェフレラはすぐに気を取り直した。ここで黙ったら、それだけで負けになってしまう。

「あたしは、ディーシャの街の魔法使いよ。魔物退治の他に、あんたみたいな魔法使いの風上にも置けないような奴を捕まえる仕事をしているの。どんな事情があったとしても、こんな行為をしてただで済むと思わないでよ」

 ここには自分一人しかいないが「役所に準ずる仕事をしているとわかれば、少しは動きがにぶるだろう」という読みだ。

 逆に、そういう仕事をしている魔法使いだとわかれば、口封じされる恐れもあったが……引いてばかりではいられない。

「盗みをした奴に罰をくれてやって、何が悪い」

「盗み? ターミスが何を盗んだって言うの。この子は、どこの村にもいるような子よ。普通の子どもが、魔法使いから盗みを働けるはずがないでしょ。そうよね、ターミス」

 首だけ少し後ろへ向ける。少年が何度もうなずき、シェフレラはもう一度男に向き直った。

「ほら、盗んでないって。言い掛かりか、人違いじゃないの?」

 男にも言ったように、普通の子どもが魔法使いの物を盗むなんて、よほどうまく隙を見て動かなければならない。

 留守宅から盗むというなら可能だろうが、村の周辺に魔法使いは住んでいないはずだ。

 修行の旅などをしている魔法使いなら、通りかかることはあるだろう。だが、そんな相手から盗みをするのは、かなり難しいはず。

 ターミスの手先は人並みだし、逃げ足が特別速いということもない。そんな子どもが魔法使いから何かを盗むなんて、ハイリスクすぎる。

 こんな子どもに盗まれたとしたら、そっちの方が間抜けじゃないの、とでも言ってやりたい。だが、それで相手が逆上しては困る。

 かろうじてシェフレラは、そういった言葉を飲み込んだ。

「いいや。私はペンダントを持っていた使い魔の気配を追って、ここへ来た」

「使い魔?」

 男が言うには、そのペンダントを使い魔に運ばせていたらしい。それが、どこかでなくなってしまった。ペンダントに付いたその使い魔の気配を辿って来ると、ターミスにつながった、という。

 そういう追跡系の魔法があるのは知ってるけど。人間や魔物の気配を追うならともかく、物品をその術で追うのって、かなり難しいはずよね。それができるってことは……こいつ、かなり強い力があるってこと?

 シェフレラの背中を、冷たい汗がいく筋か流れた。どういう展開になるにしろ、自分一人でこのまま対処できるだろうか。

 この男が、どうしてもターミスの言葉を信じてくれなかったら。どんな仕打ちをするつもりなのか。

「あ、あの……」

 ターミスが震える声を出した。

「おれ、赤い石のペンダントを拾って……」

「え?」

 ターミスの思わぬ告白に、シェフレラの動きがまた止まった。

 絶対にありえない、と思っていたのに。まさか、全くの無関係ではなかったとは。

 一方、男は一歩こちらへ踏み出した。

「やはり、お前だったかっ。私が言っているのは、そのペンダントだ。どこへやったっ。さっさと出せ」

「も、もうないっ」

 頭を抱えるようにして、ターミスは叫んだ。

「売ったんだ。薬を買いたかったから」

「何だと……」

 少し離れた所で聞いていたフィーエが倒れかけ、村人達が慌てて支えた。

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