03.立替
母にこのペンダントを渡せば、喜ぶだろうか。
そんなことをふと思ったが、こんな物があっても親子の空腹は満たされない。
でもこれを売れば、薬を買うだけのお金は手に入るはず。
捨てたのではなく、単なる不注意で落としてしまったのなら申し訳ないが、事情はどうあれ、落とす方が悪いのだ。
こんなペンダントを買えるだけのお金を持っているなら、一つくらいなくなっても大した損害にはならないだろう。
ターミスはあれこれと自分に言い訳をしながら、次の日にはペンダントを持ってディーシャの街へ走る。
買い取り専門の店へ行くと、すぐにペンダントは売れた。
ターミスはペンダントの価値がわからないので、もしかしたら買い叩かれているかも知れない。それでもよかった。
元々自分のものではないのだし、とにかく少しでも薬が買えればいい。
薬を持って帰った息子に、当然フィーエは「これはどうしたのか」と尋ねた。収入もないのに、薬を買えるはずがない。
口ごもる息子を見て「盗みを働いたのか」と聞くが、それは大きく否定するターミス。
隠していては母を心配させると思い、ペンダントを拾ったことを話した。
今頃、ペンダントを捜している人がいるかも知れない。森の周辺にいるのでは。
ターミスもフィーエもそのことは考えたが、自分達の苦しい生活には変えられない。
もう薬は目の前にあるし、こうまでして薬を手に入れた息子に「これを返して来い」とは言えなかった。
「やっぱりあの時……ターミスに返して来るように言っていれば……」
目の前で息子が連れ去られ、フィーエはうずくまって泣いていた。
ペンダントを買い戻し、持ち主が現れた時のために手元で保管していれば。ああして持ち主が来てもすぐに返せたし、ターミスは連れ去られずに済んだのに。
自分が少しでも楽になりたいと思ったばかりに、息子が恐ろしい目に遭わされてしまった。
自分の物ではないのに勝手に処分したから、こんな結末を迎えてしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
「おばさん、泣かないで。ターミスはあたしが連れ戻すから」
クロスカスに飛ばされ、手のひらをすりむいてしまった。打ったお尻もまだ痛むが、それらの痛みを無視し、シェフレラはフィーエのそばへ行く。
「大丈夫よ。ペンダントと交換だもの、ターミスがひどい目に遭うことはないわ。ほら、閉じ込めるだけだって、あの男も言ってたでしょ」
子どもにあんな魔法を向けるような男が、ちゃんと約束を守るかはわからない。
それはきっと、あの場を見ていた村人みんなが思っているだろう。シェフレラも正直に言えば、半分以上疑っている。
閉じ込めるだけなら、ケガをさせられることはない……はず。
こんなことを言ってもあまり慰めになっていないような気もするが、今はその点を頼りに、心配で心が張り裂けそうな母親を安心させるしかない。
「あたしがペンダントを見付けて来るから、心配しないで」
「シェフレラ……」
こけた頬を涙で濡らしながら、フィーエがシェフレラを見る。
おばさん、またやせたな。ターミスが薬をほしがるはずだわ。
狭い村の中だし、シェフレラはターミスの家庭の事情を知っている。それに、三年前にディーシャの街へ出て魔法使いの修業をするようになるまでは、ターミスを含めた子ども達の世話をよくしていたのだ。
村を出てから少しして、ターミスの父親が亡くなったと知った。元々細かったが、その頃から一年に一、二度村へ帰省するたびに、どんどんフィーエがやせていったように思う。
働き手を失ったショックや悲しみと、自分と子どもの生活が全て自分にかかる重圧感が相当堪えていたのだろう。
「シェフレラ、お前の方こそ大丈夫なのか」
「手当した方がいいわ」
フィーエや連れて行かれたターミスのことも心配だが、両親としては自分の娘が一番心配だ。目の前で吹っ飛ばされたのだから、当然だろう。
何でもない、とばかりに、シェフレラはわざと大きな動作で手や服のほこりを払った。
「平気よ、これくらい。日常だもん。帰ったばっかりだけど、すぐに街へ戻るわ。急いでペンダントを買い戻さないと」
「でも……ペンダントのお金は」
それを聞いたフィーエが、かぼそい声でつぶやいた。
クロスカスが言ったペンダントを見付け出したとして、それが現在どんな人間に渡っているのか。
返してくれと言ったとして、店であれ客であれ、新たな持ち主は金を出して買ったのだから、拒否するだろう。ほしければ買った分の金額、もしくはそれ以上出せ、と言われても仕方がない。
見知らぬ他人のために、損する義理はないのだから。
渡すことを拒否された時、こんな事情を話して信じてもらえるかどうか。
手に入れたいために嘘を言っているのだろう、と思われれば、こちらはこの話が真実であるという証拠を持たない。
持ち主だと主張する男も、売った少年もここにはいないのだ。
強欲な人間なら、それを聞いてこちらの足下を見てさらに吹っ掛けることもあるだろう。
そんなことを言われたら、お金のないフィーエにはどうしようもない。
ターミスがいくらで売ったのかまでは聞いていないし、聞いていたところでそのお金は全て薬に代わっている。
そして、その薬はすでにフィーエの身体の中だ。飲んだのがたとえついさっきだとしても、身体から取り出せない。
全てではないが、物が物だけに、残った薬を返品しようとしても断られるはず。
家にあるもので、何が売れるだろう。穴があいていたり、傷だらけだったりで、とても売れそうにないものばかりだ。
あとは、小さな畑。だが、それを売ってしまったら。
ターミスが戻って来ても、今度はその先の生活ができなくなってしまう。
何をどう考えても、フィーエは血の気が引くばかりだ。
「ほら、さっきも言ってたでしょ。あたし、魔法使いになって、少しは報酬がもらえるようになったのよ。それで何とかなるわ。だから大丈夫だって」
「だけど、あなたにそんなことをさせられないわ」
フィーエにとって、シェフレラの申し出はもちろんありがたい。
だが、同じ村の人間とは言っても、他人だ。そこまで甘えられないし、そもそもどれだけの金額になるのかもわからない。
厚かましい人間なら、そこで「ありがとう」とだけ言って、もうけたと思うだろうが、真面目なフィーエはシェフレラに肩代わりさせるのは気がとがめた。
シェフレラも「もらえる」と言ったが、実際のところは薄給だ。
活躍して、などと言ってしまったが、ほとんどはったり。仕事は確かにしているが、活躍という言葉からは遠い。
ペンダントの現物を見ていないシェフレラには、それがどれだけの価値があるのか想像もできないが、とにかく値切るしかないだろう。
もしくは、可能なら分割払いにしてもらうか。やりたくはないが、最終的には借金。
それを両親が聞けば「お前がそこまですることはない」と言うかも知れない。だが、最悪だとターミスの命が奪われかねないから、そんなことは言っていられなかった。
それに、あの男と約束したのはシェフレラだ。これは責任であり、けじめだと思う。
「もちろん、今は立て替えるだけよ。返済はターミスが大人になってから、少しずつでいいわ。あたし、気は長いのよ」
本音を言えば、シェフレラとしても急な出費は痛い。本当に借金となったら、とんでもない。
実家は他の村人と同様に裕福ではないし、その家計を助けるため、という目的もあって街へ出たのだ。
しかし、シェフレラが「出す」と言ってしまえば、それはそれでフィーエが恐縮してしまうとわかっている。なので、立て替えということにしておいた。
もちろん、全額返済してもらえればありがたいが、早く返せと取り立てるつもりなんてない。
フィーエにしろターミスにしろ、きっと返してくれると思っているから。
「それじゃ、行くわね。ペンダントはないんだから、あの男がまたここへ来ることはないわ。父さん達、おばさんのこと頼むね」
「あ、ああ……。気を付けてな」
「無理しないでね」
両親の言葉に、シェフレラは「うん」とうなずく。
「まかせたぞ、シェフレラ」
村人達の声に軽く手を振りながら、シェフレラは帰って来たばかりの村を後にした。





