18.本当のリオント
「あれこれ言って、結局はこのペンダントを横取りしようという魂胆だな。ふん、そうはさせるか」
クロスカスは、リオントの言葉を一切信用していないようだ。
「それがなくなってから、おふくろが気落ちしている。放っておくと、本当に憔悴しきってしまうからな。お前には用のないものだ。返してもらうぞ」
「返すだと? これがお前のものだと言う証拠が、どこにある。お前のものだと言うなら、このペンダントに秘められた力が何か、説明してみろ」
クロスカスに言われ、リオントは面倒そうな表情を浮かべた。
「だから、それに魔力なんてものはない。それはおふくろの気配が移っているだけだ」
「たかが女一人の気配が、こんな強い魔力のように感じ取れるはずがないだろう。この私を、経験の浅いそこの小娘と同じように思うなよ」
「はぁっ?」
思わぬところで急に引き合いに出され、シェフレラは驚くと同時にその言われ様にむかっとする。
「経験は浅いけど、あたしは後ろめたいことなんて一つとしてやってないわ。そっちこそ、一緒にしないでよっ」
腹が立って口を挟むシェフレラだが、クロスカスは全く聞いてない。
「まともな説明ができないから、母親の気配などというつまらん言い訳しか出ないんだろう」
「言い訳するなら、俺だってもう少しそれっぽいのを考える。むしろ、何もわからない方が、気にせずに済んでよかったかもな。お前のように中途半端な魔力の奴だと、こういう時に読み間違うんだよ。元からそこに宿っている魔力なのか、染み付いた気配なのかをな」
「私を愚弄する気かっ」
リオントと会話しているうちに、クロスカスはシェフレラが最初に見た頃の「クールを通り越して冷淡な顔」がどんどん消えていた。
プラチナブロンドの髪色に似合った色白の肌をしていた男だが、今は頬が怒りですっかり紅潮している。
「これは私のものだ。誰にも渡さんっ」
今までにない程の数の氷が、宙に現れる。鋭い切っ先を光らせ、一斉にリオントの方へと飛んだ。
シェフレラは何もできず、できたとしても彼女の力では防ぐこともできず、ただリオントの名前を叫ぶだけだった。そばにいるターミスは、声すらも出ない。
いくつものグラスが、一度に割れたような音が響く。直後に男の悲鳴。
シェフレラは思わず目をつぶり、肩をすくめる。恐る恐る目を開いたが、リオントは何でもない顔でその場に立っていた。
「え? えっと……」
彼の実力を下に見ていたつもりはないが、それでも自分の目が信じられず、幻でも見ているのかと思ってしまう。
クロスカスが放った氷の槍は、今までの比ではない数だったから、さすがにリオントも全てを防ぎ切れないのでは、と思った。
しかし、まるで何事もなかったかのように、彼は無傷で立っているのだ。
一方でクロスカスは、顔や腕など、露出している所に無数の傷が出来ていた。男の悲鳴は、彼のものだったのだ。
ショックか傷の痛みか、自分の身体を抱えながらその場に座り込んでいる。着ている白のローブも、ずたずたになって。
そんな彼の周囲には、細かく砕かれた氷のかけらがたくさん散らばっていた。
「な、何……どうなったの?」
氷が砕けた音がした後、目を開けると湯気のようなものが出ていたように思えた。しかし、それは一瞬で消え、今の状況になっていたのだ。
聞かれたリオントは、軽く肩をすくめた。
「俺は防御しただけ。その防御の壁に、あいつの氷が当たって砕けた。それらが跳ね返り、あいつはまさか俺にこんな反撃をされるとは予想しなかったから、防御が遅れてこうなったんだ」
「跳ね返っただけで、あんな……?」
大きな氷の塊。それらが、切っ先鋭い槍になっていた。
それがリオントの出した盾に当たると細かな氷のつぶてとなり、今度はクロスカスを襲ったのだ。
湯気と思ったのは、氷がリオントの壁に当たって砕けたもの。氷が大量だったため、一瞬だが細かいそのかけらが広がり、湯気のように見えたのだ。
リオントは何もしていない。壁を出しただけ。それで、決着がついてしまった。
力の差、と言ってしまえばそれまでだが、まさかリオントがここまで強いとは思わなかった。クロスカスだって、弱くはないはずなのに。
クロスカスの近くに黒い焦げ跡があるのは、さっきまでそばにいた彼の使い魔が氷で消されてできたのだろうか。
恐らく、強制的に使役されていただけの魔物だろうが、完全にとばっちりだ。
リオントがクロスカスに向けて指を差し、その指をくいっと曲げる。すると、クロスカスのそばに落ちていたペンダントがふわりと宙に浮かび、リオントのそばへと飛んで行った。
それを止める余裕は、今のクロスカスにはなさそうだ。
「リオント……あの、そのペンダント、本当にあなたのお母さんのもの?」
「ああ。この紅玉のペンダントは、間違いなく俺のおふくろのものだ。おふくろの気配も、はっきりと感じ取れるし」
「そう。無事に見付かってよかったわ。で、その……」
「何?」
シェフレラは言いよどんだが、聞かなかったことにはできない。
思い切って尋ねた。
「リオントは、人間じゃない……の?」
クロスカスとの会話で、自分のことを「魔物に近い」と言った。
それを聞いて、シェフレラとの会話で「魔法ができるのは特殊な事情」と話していたことを思い出す。
聞いた時は意味がわからなかったし、くわしく聞いている余裕もなかった。
人間ではなく、本当に魔物などであれば。生まれた時から魔法が使えても、当たり前の「事情」だ。
「ああ。今は行動しやすいように、人間の姿を取っているんだ」
言い渋るかと思ったのに、何でもないように肯定された。少し拍子抜けする。
しかし、今まで一緒にいて、彼は人間ではない、なんて思えたことは一度もなかったのに。
「じゃあ、リオントの本当の姿って……」
聞かない方がいいだろうか。聞いた途端に、頭から喰われたりしたら。
今まで行動を共にしたから、彼の魔力の高さはいやという程にわかっている。と言うより、見ていたのはきっと「彼の力のほんの一部」だ。
怖いと感じていたクロスカスでさえ、リオントの前ではあっけない程簡単にやられてしまった。シェフレラなんて、本当に足下にも及ばないのだ。
シェフレラの、そして一緒にいるターミスの命は、リオントの気持ち一つで簡単に消されてしまう。
そうは思ったものの、人間じゃないのなら何? という疑問が頭に浮かんで離れない。
「本当の俺? 竜」
リオントは、色んなものがあっさりしている。本当に、あっさりしすぎている。
あまりにさらっと言われ、シェフレラはちゃんと頭に入って来なかった……ような気がする。
たとえば、出身地を聞かれ「俺? ネアトーン」と答えるのと同じレベルの言い方だ。
「……竜?」
「そう。魔法使いでなくても、人間はだいたい竜のことって知ってるよな?」
「知ってるけど……え?」
怒り。悲しみ。恐怖。困惑。そういった感情で言葉が詰まってしまうことは、これまでにあった。
だが、それのどれでもない状態で、こんなに言葉が詰まった覚えはない。強いて言うなら、驚愕、だろうか。
「話しても信じないだろうっていうのもあったけど、黙ってて悪かったな。変に意識されると、何かにつけて面倒が起きかねないから。普段は言わないんだ」
まぁ、そうだろうな、とリオントの言葉を聞いていて思う。
竜なんてそうそう現れるものではない……と一般的には思われているのだ。それがすぐ近くにいたら、大騒ぎだ。
しかし……何だろう。リオントが言うと、ものすごい秘密を聞いたはずなのに、そんな感じが一切しない。
「嘘だっ。竜のはずがない。ふざけたことを言うなっ」
話を聞いていたクロスカスが怒鳴った。
立ち上がったり魔法を使うことはできなくても、多少大きな声を出す元気はまだあるらしい。
「ほら、こういう手合いがいるから、余計なことは言わない方がいいんだ」
リオントは、わざとらしくため息をつく。
シェフレラは、リオントの気持ちが少しだけわかる気がした。





