17.最低ランクのコソ泥
「やめてっ」
シェフレラが防御の壁を出すが、氷の攻撃は全て突き抜ける。クロスカスが泥棒だろうと何だろうと、実力の差が大きいのはどうしようもないのだ。
しかし、勢いが殺されたことで、悲鳴をあげながらもターミスはかろうじてケガせずに逃げられた。
「シェフレラ……」
ターミスは何とかシェフレラのそばまで走り、大した盾にならないとわかりつつも、シェフレラは少年を自分の後ろへ隠した。
「そうやって一緒にいた方が、一気に貫けて楽かもな」
にたりといやな嗤いを浮かべるクロスカス。
最初に会った時のやり方から「陰険で陰湿」という印象はあったが、やはり第一印象は間違いなかった。
その表情を変えてやりたくても、シェフレラには力も切り札もない。ただ相手を睨むだけだ。
「俺は、ネアトーンの谷から来た」
二人をさっさと始末してやろう、と構えかけたクロスカスに、リオントが静かに告げた。
「……何だと?」
クロスカスはシェフレラ達に向けていた顔を、ゆっくりとリオントに向ける。
ネアトーンって、クロスカスもさっき言ったわよね。……って、どこだっけ。ちょっと怖い所、と聞いたような気がするけど。
落ち着いて考えればきっと思い出すのだろうが、こんな殺されそうな時に行ったこともない場所の名前なんか聞いても、どこかわからない。
「使い魔が勝手に持って来た? 使い魔の意思で? 違うだろ。持って来るように命令した、というのが真実だ。あの辺りには、宝石をため込んだ魔性がいるって噂がある。まぁ、本当に噂なんだが。それを知って、使い魔にそれらしいものを手当たり次第に盗んで来い、と言った……という辺りだろ」
何よ、それ。こいつって態度はすんごく大きいけど、泥棒って言うより魔物を使ったコソ泥じゃないの。
正体がわかると、バカバカしくなる。
どんな事情があれ、泥棒することはよくない。だが、同じ泥棒でも、ガロップ達は自分で行動していた。
クロスカスは、それさえもしていないのだ。
使い魔に面倒なことをさせ、自分は安全な場所で待つ。最低な人間の中でも、さらに最低ランクだ。
「想像するのは勝手だ」
「ここにこもってるのは、元々ここを拠点にしているのか? それとも、今まではネアトーンの谷近くにある森か山辺りにいたのが、移動して来たのか? 俺としては、後者だと推測しているんだがな。ネアトーンの近くにある街を襲った盗賊が森へ逃げ込んだとかで、役人や魔法使いが追っていたんだ。後ろめたいことをしているお前なら、そんな近くでのんびりと居座ってはいられないよな? あの周辺から北へ向かうと、隠れるのに適した場所があまりない。結果的に、この森まで来ることになってしまったってところか。大方、今まで同じようなことをしてきて、各地を転々としてたんだろう」
「お前……さっきからやかましいっ」
ターミスに攻撃する時は余裕の表情だったが、本気で怒った顔でクロスカスはリオントの方へ氷の槍を向けた。なぶって遊ぶ、ということもなく、完全に殺すモードだ。
しかし、リオントは手を軽く振るだけ。それだけで、何本も向けられた氷の槍はあっさりと地面に叩き落とされた。
それを見たクロスカスが、舌打ちする。
魔物や盗賊に向けた力と同じだわ。あれって、攻撃だけじゃなくて防御みたいにもできるんだ。どうしてあんな簡単に弾けるんだろう。あれって確実に相手の攻撃を見切らないと、防御できないよね。外したら、自分が負傷するんだし。
昨日今日とリオントの力は見て来ているが、見るたびにすごいと思わされてしまう。そう年齢が離れている訳でもないだろうに、シェフレラは彼の足下にも及ばない。
「ぼうずは魔法使いの元にいるから、もう言ってもいいな。それは俺が捜していたものだ。返してもらおう」
「え?」
「は? お前、何を言っている」
リオントの言葉に、シェフレラも首をかしげて彼の方を見る。
捜し物って、お母さんの思い出の品って話してたわよね。あ、でも……それがどんなものなのかは一言も聞いてない。
母親の持ち物だから、勝手に「装飾品だろう」と思っていた。ガロップのテントであれこれと宝石を見ていたから、その中にあるような品なのだろう、と。
まさか同じものを捜しているなんて、考えもしなかった。
「リオント……あのペンダントが、お母さんのものだったの?」
「ああ」
あっさり言うが、大変なことではないのか。何度も盗まれるわ、身代金代わりにされるわ。ろくな目に遭ってない。
しかも、今はコソ泥の手にある。もちろん、相手に返す気はさらさらない。
「どうして言ってくれなかったのよ」
「シェフレラもペンダントってだけで、どんな物かは言わなかっただろ?」
「え……そうだっけ?」
自分の頭の中では「赤い石のペンダント」が浮かんでいたが、話をする時はいちいち赤い石の、なんて言ってなかった……気がする。
「ラメルボの店で、シェフレラと店主の話を聞いたって言っただろう。あの時に赤い石のペンダントだとわかって、もしかしたらって思ってたんだ。盗賊の盗品からあのペンダントを取り出すシェフレラを見て、やっぱりかってな」
「だから、どうしてその時に言ってくれなかったのよ」
確かに、盗品の中からあのペンダントを見付けた時、リオントは難しい表情をしていた。ややこしいことになっているようだ、とも。
シェフレラには、その意味がわからなかった。まさかそれが、こういうことにつながるとは。
だが、考えれば予測はできるはずだった。
盗賊を追えていたのは、彼の母親の気配をたどっていたから。なのに、いざ盗賊達の元へ来て、その捜し物がないのはおかしい……と考えるべきだったのだ。
遠くから気配をたどって来たリオントが、その元となる物のそばへ来て、気配の根源を見付けられない訳がない。
「ぼうず奪還にいっぱいいっぱいのシェフレラに話したら、ますます混乱するだろうと思ったからな」
「そりゃ……」
リオントの母のものなのに、ターミスを助けるためにはクロスカスに渡さなければならない。
今より前の時点で話されたら、シェフレラはどう行動していいのかわからなくなっていた。
そうでなくても、盗品を渡すなんて、と道中ずっと悩んでいたのだ。
クロスカスに一旦渡してターミスを取り戻し、改めて奪い返す……なんてことは考えても、実行に移すことは実力の差からして絶対に無理だし、じゃあどうしたら、となっていた。
「ふ、ふざけるな。ネアトーンの谷から来ただと? あそこは人間が住めるような場所じゃない」
「確かに地形も空気も、あまり人間向きではないな」
「ネアトーンの谷がある方面から来た、ということを言ってるのだろう」
「いや、あの谷で暮らしてる」
「人間でなければ、お前は魔物だとでも言うのか」
「まぁ、近いかな」
リオントの言葉に、シェフレラの方が目を丸くする。
リオントが人間ではない、なんてことがあるのだろうか。それとも、単にクロスカスを混乱させるために言っているのか。
いや、もうシェフレラの方が完全に混乱している。何が何だか、判断できない。
だが、クロスカスが言ってくれたおかげで、少し思い出したことがある。
ネアトーンの谷は魔の空気が濃く漂う地で、人間が住むことはもちろん、魔の空気に耐えられなければ入るのも無理な所だ。
下手すれば人間が魔物に変貌してしまう、などと言われ、魔法を習いたてだったシェフレラはぞっとしていた。
怖い所、という記憶は、その時の背筋の寒さによるものだ。
「では、お前が噂の魔性か」
「だから、魔性の話は噂だって、さっき言っただろう。話はちゃんと聞けよ」
「言い切れるのか。人間には簡単に見付からない場所に姿を隠すなど、魔力の高い奴らならいくらでもできるぞ」
「自分の縄張のことくらい、ちゃんと把握してるさ。いないものはいない。想像力豊かな人間が何を思ったのか、そういうことを吹聴した。それに尾ヒレがついていったんだ」
リオントが何を言っても疑いの表情を浮かべていたクロスカスだが、また不敵な笑みを浮かべた。





