16.予想していた展開へ
リオントに言われ、シェフレラは小屋に向かって叫ぶように呼び掛けた。
「クロスカス、いるんでしょ。ペンダントを持って来たわ。ターミスを返して」
何の反応もないように思われたが、扉の開く音がかすかに聞こえた。
どうやらシェフレラ達が見ているのとは反対側に扉があり、そこから出て来たらしいクロスカスが姿を現す。
その手には、しっかりターミスの襟首を掴んで。
「ターミス!」
「シェフレラ……」
掴まえられている恐怖が上なのか、助けに来たシェフレラを見てもターミスの顔はこわばったままだ。
「ターミス、無事? ケガしてない?」
「うん……」
声に力がないのは怖いからか。何もしない、と言っていた通り、食事もさせていないのだろうか。そのせいで、力が入らないのかも知れない。
やつれたように思えるが、少なくとも見た目はケガをしている様子がないので、その点ではほっとした。
「何もしない、と言ったはずだ。それで、ペンダントはどこにある」
「ここよ」
シェフレラは、胸の内ポケットに入れていたペンダントを取り出した。チェーンを短く持ち、石が見えるようにしてクロスカスの方へ向ける。
「ターミスが売ったっていう店に盗賊が押し入って、それを追い掛けてやっと取り戻したわ。これでいいのよね」
さりげなく、ここへ来るまでものすごく大変だった、ということを臭わせておく。どうせ、それがどうした、と思われる程度だろうが。
「ほお、余計な手間がかかったということか。こちらの知ったことではないが。確かにそのペンダントだ。返してもらおうか」
思った通り、こちらの大変さはスルーされた。
「ターミスを解放して」
「ペンダントが先だ」
シェフレラの腰辺りまでしか身長のない、人型の魔物がどこからか現れた。
ゴブリンかそれに近い種族なのか、ひょこひょこと頼りなさげな歩き方で、こちらへ来る。クロスカスの使い魔らしい。
コケのような暗い緑色の身体をした魔物は、ぎょろりとした目でシェフレラを見ると、骨張った手を差し出した。ペンダントを渡せ、ということらしい。
「シェフレラ」
ちゅうちょしていたシェフレラに、リオントが声をかける。渋々といった表情で、シェフレラはペンダントを魔物に渡した。
受け取った魔物は、急ぎ足でクロスカスの元へ戻る。無言で、主にペンダントを渡した。
「確かに。私のペンダントだ。ご苦労だったな」
「間違いなかったのなら、早くターミスを返して」
「……いいだろう」
掴んでいたターミスの襟首を離すと、支えがなくなったためかターミスはその場に崩れかける。
だが、解放された、とわかると必死に体勢を立て直し、シェフレラの方へと走り出した。走ると言うよりは、よろけている感じにしか見えないが。
「ターミス!」
その様子を見て、シェフレラもターミスの方へと走った。
「だが、私のものを盗むという根性は、許せるものではないな」
クロスカスの言葉にシェフレラは、そしてターミスもどきりとして足が止まった。
「死に値すると思わないか?」
「やめて。ターミスは盗んだんじゃなくて、拾ったんでしょ!」
たぶん、そんなことを言ってもクロスカスは聞いちゃくれないだろう、と思いつつ、シェフレラは叫んだ。
「だが、結果として売り飛ばしただろう」
シェフレラに向かって再び走り出したターミスへ、クロスカスは剣の切っ先のように尖った氷の塊を放つ。ターミスの足下に、何本もの氷が突き刺さった。
「求めてたものは、もう手元に戻ったでしょ。人を脅して、何が楽しいのよっ」
「脅している訳じゃない。これは報復だ。戻って来たとは言え、手元からなくなって味わった喪失感に対する報復。私が言っているのは、私にそんな感覚を味わわせたことに対する罰だ」
脅しより質が悪い。
勝手なことを言い続ける男に、シェフレラもいい加減むかっときた。
「何が罰よ。あんた、何様のつもりなのっ」
「お前はよく働いた。言った通り、このペンダントをちゃんと取り返して来たからな。その点はほめてやろう。お前の運さえよければ、逃がしてやってもいいぞ」
ここへ来るまでにリオントと話していたことが、本当に起きてしまった。
クロスカスが、攻撃してくる。自分達を殺そうとする。
心のどこかで「まさかそんなことが」と疑っていたのに。あってほしくない、と願っていたのに。
何なのだ、この魔法使いは。魔法を人殺しの道具に使うなんて、魔法使いの風上にも置けない。運がよければ、などと言っているが、たぶん見逃すつもりはないのだ。
ほめてやる、なんて上から目線も腹が立つ。
「いい加減にしろ」
静かな口調で言われ、クロスカスはリオントを見た。
見たことのない男が一緒に来ていたことはもちろんわかっていたが、今まで動こうともせず、何も言わなかったのでクロスカスはあえて無視していたのだ。
始末は後ですればいい、と。
「お前は、小娘が連れて来た助っ人か? かわいそうに、おかしな所まで連れて来られたな。ここへ来るまでに逃げ出していたら、死なずに済んだのに」
「いい加減にしてよっ。リオントにまで手をかけるつもりなの?」
たかがペンダント一つに、何がそんなにまずいのか。クロスカスは、関わった人を全て殺そうとしている。
関わったと言えば、クロスカスが村へ来たのは村人みんなが知っているのだ。最悪だと、ガルビートの村まで全滅させられるのでは。
どうしよう。来る時にリオントは不穏なことを言ってたけど、まさかって思ってた。思いたかった。それが本当になるなんて。どっちが強いか、なんてあたしには判断できないけど、二人とも相当の腕よね。魔法で攻撃しあったりしたら、どっちも無事じゃいられないわ。
「お前、そのペンダントの何が気に入ったんだ?」
シェフレラも知りたい。なぜクロスカスは、こうまでして取り戻したがっていたのか。
ここへ来る途中、リオントは「ペンダントに何の力もない」ということを言っていた。何か勘違いしている、とも。
何をどう、勘違いしているのだろう。そこまでは、リオントも話してくれていないし、シェフレラには想像すらできない。
「小娘が持っていて、わからなかったか? このペンダントには、何かしらの魔力が込められている。それをこれからじっくり調べるのさ」
「え、調べるって……?」
シェフレラは、思わずクロスカスの言葉を繰り返した。
「それはつまり、本来はお前の持ち物ではない、ということを認める訳だな」
「……」
クロスカスの表情は変わらなかったが、言葉に詰まっている。
「お前の物なら、どうして今まで調べなかったんだ? ずっと持っていたのに、ある日いきなり気付いたのか? 違うだろう。お前が手に入れたのは、つい最近だ」
クロスカスが、静かにリオントの方を睨んだ。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべる。シェフレラには、開き直っているように見えた。
「ああ、そうだ。ネアトーンの谷の近くから、使い魔達が持って来た。私は遠見鏡でそれを確認し、運ぶように命じたのだ」
もしペンダントの本来の持ち主が探し回っていることをシェフレラ達が知り、クロスカスが持っていたことを話したら困る。
たかが「自分のペンダントを売り払った」だけでシェフレラ達を殺そうとするのは、余計な話をされたら面倒だから目撃者をここで消そう、という魂胆だからだ。
「使い魔に盗みをさせていたのか。自分の手は汚さずに。まぁ、そういうことをさせていた時点で、すでに汚れているがな」
「どこかから勝手に持って来た、と言えば、それで済む。たまたま目について持ち出したのだろう、とでも言えば、それを否定する材料などどこにもない」
本当に泥棒だったんだ。そんな奴の言いなりにされてたなんて……。
やはり、泥棒の片棒を担がされてしまったのだ。睨んで射殺せるなら、そうしたい。
しかし、どんなに悔しく思っても、シェフレラが睨んだくらいではクロスカスに何の影響もなかった。それがまた悔しい。
意識がリオントの方に向かっている間に、ターミスがまたその場から逃げようとする。気配に気付いたクロスカスが、氷を標的の足下に放った。





