15.最悪の勘違い
赤い石の装飾品は、他にもあった。指輪やブレスレット、ブローチなど。
しかし、ペンダントは一つだけ。形もしずく形だったから、これに間違いない、とシェフレラは判断したのだ。
そのたった一つのペンダントに、何の力もないなんて考えたくない。
だが、リオントが言うなら、そうなのだろう。
「それじゃ、どうしてクロスカスはこれにこだわるの」
「大切な思い出が、と言うなら、使い魔に運ばせたりはしないだろうしな。何か勘違いしてる、というのが俺の推測」
「勘違いぃ?」
そんな勘違いで、ターミスは連れ去られてしまい、シェフレラは風に飛ばされてわずかながらスリ傷ができた。
ターミスの母親フィーエは今頃きっと憔悴し、この件に全く関係のないリオントはこうして巻き込まれている。
もしリオントの推測が当たっていたら、クロスカスをぶん殴ってやりたい。
「もうじきだ」
リオントの言葉に、シェフレラはどきりとする。
早く行ってターミスを助けたい反面、クロスカスと顔を合わせたくないから行きたくない、と思ってしまう。
しかも、本当にこのペンダントで合っているのか、怪しくなってきた。
でも、回れ右はできない。
「ここも魔物がいる森なのに、どうしてこんな奥深い場所にいるのかしら」
村人も、時々この森へ来る。実際、ターミスもここへ来て、帰りにペンダントを拾った。
あまり奥深くまで入らなければ魔物もいないし、多少の薬草やきのこ、木の実などが手に入るから。
だが、こうして奥へ向かえば、それだけ魔物が増えてくる。こういう環境で魔力を磨いているのだろうか。不便で危険な場所に、あえて身を置くことで修業になる、と。
では、ガルビートの村へ来たのは、ペンダントのこともあるだろうが、クロスカスにすれば珍しいことなのだろうか。
「思い出の品でもないのに、価値があるからと取り戻そうとする。隠れるようにして、人が来ない場所にいる。あまりいい結果が出るとは思えないな」
「な、何? 怖いこと言わないでよ」
ただでさえ、クロスカスに会うのが怖いシェフレラ。意味深な言われ方をしたら、さらに緊張を強いられてしまう。
「ガロップ達があの森にいたのは、どうしてだ?」
「は? えっと……」
いきなりの質問に、シェフレラは首をかしげながら答える。
「あの人達は盗賊だから、捕まらないようにするためでしょ。魔除けがあるから、魔物がいて人が近付かないような森にいても平気で……え?」
「魔法使いだからと言って、全ての奴が善良とは限らない。現に、魔法を使う男が人質を取って、物品を要求しているんだからな」
「……クロスカスが盗賊?」
ガロップやその手下達のもさもさしたヒゲや頭を思い浮かべ、それからプラチナブロンドに白いローブを着たクロスカスの姿を思い出す。
イメージのギャップに、頭が追い付かない。でも、盗賊がみんなガロップのような格好だとは、当然ながら限らないのだ。
むしろ、そんな風に見えない方が疑われずに済み、捕まりにくい、ということだって……。
「そう考えると、割りとスムーズに話がつながる。どこかでペンダントを盗んだ、もしくは盗ませた。水晶でも使えば、使い魔の様子を見ることはできるからな。それを価値あるものと考えた奴は、使い魔にそれを自分の拠点へ運ばせる。が、途中で使い魔が落としてしまった。理由はわからないが、考えるとすれば昨日も言ったが、魔物かちょっと強い獣に襲われたってところだろう。そのペンダントを追って、シェフレラの村へ行く。現物はなかったが、タイミングよく魔法使いが取り戻すと言い出したから、とりあえずそれを待つことにした。そんなところじゃないか? 本人の物なら使い魔じゃなく、自分の気配をたどればいい。所持していた時間にもよるが、使い魔より余程しっかり気配が残って捜しやすいはずだぞ」
クロスカスは確かに、使い魔の気配を追って来た、と言っていた。自分の物なら、自分の気配が付く。気配を追うことができるのなら、それをたどればいいのに。
落ち着いて考えれば当たり前のことなのに、あの男の言葉でずっと物事を考えていたような気になってきた。
「じゃあ、このペンダントは本来の持ち主に返すべきじゃない」
「確かにな。でも、俺の言ったことが事実だとして、今はぼうずを取り戻すことが先だ」
「それは……うん、そうなんだけど」
盗品を必死に取り戻し、泥棒に渡すなんてやりきれない。まるで片棒を担ぐみたいではないか。
しかし、今はターミスの命がかかっている。クロスカスは「何もしない」と言ったが、保証はない。
抵抗しにくくするために、あえて正確な居場所を教えずにこちらの体力を削ろうとする人間の言葉を、どこまで信用していいものだろう。
歩き進むにつれ、シェフレラの緊張感はますます高まっていった。
☆☆☆
「あれだな」
ターミスのことがあるとは言え、いいように利用された気がしてだんだん腹が立ってきたシェフレラ。
つまづかないように地面を見ながら歩いていたが、リオントの声で顔を上げる。
そこには、こじんまりとした山小屋のような建物があった。まるで、つい最近建てられたような新しさを感じる。
そして、その小屋を中心にして、透明なドームがあるのがわかった。リオントが言っていた、魔除けの結界だ。
普通の人には見えないが、魔法使いのシェフレラには見える。リオントにも、当然見えているはずだ。
「あんな小屋にいるの?」
「結界以外にも、色々な魔法の気配がある。あれは魔物が今みたいに多くなかった頃、木こりや森へ入る人間のために建てられた休憩所かな。朽ちていたのを、復元の魔法で戻したんだ。もし奴が盗賊か、後ろめたいことをしている人間なら、一時的なアジトにしている、といったところだろう。使い魔だけで仲間なしなら、そんなに困る狭さじゃないからな」
確かに、一人暮らしなら問題ないサイズだ。ターミスが増えたくらいなら、そう気になることもないだろう。
もっとも、間近であの魔法使いがいたら、ターミスの受ける圧迫感は相当なものだと予想される。
「リオント……あたし、どうしたらいい?」
盗品を泥棒に返すなんて、やっぱりいやだ。でも、このペンダントを返さないと、ターミスを返してもらえない。
「さっきも言ったろう。今はそのターミスってぼうずを優先しろ。ペンダントのことはひとまず後だ。それに、相手が素直に交渉に応じるかどうかも、わからないぞ」
「え? だって、ペンダントと交換のはずなのに」
「シェフレラの実力を、相手は知っているんだろ? だったら、余計な目撃者は少しでも減らしたい、と奴が考えたら……。魔法使いでもない村人が、わざわざこんな場所まで来るとは考えられないしな」
シェフレラが頭の片隅で考えていた展開。そんなことにはならないだろう、と頭から追い出そうとしていたが、リオントにあっさりと突き付けられた。
自分達は口封じのために殺され、村人はこんな危険な場所まで捜しには来てくれない。
そうなる可能性が高いのだ、と。
「だけど、今は腕のいい魔法使いが一緒にいるのよ。そう簡単にあたし達を消そうなんて、できないと思う」
「誰を連れて来ようが、自分の方が絶対的に強い、と向こうが考えていたらそれまでだ。それに、あちらには人質がいる。俺やシェフレラが何とか奴の攻撃をしのげたとしても、ターミスがやられたりしたら俺達の負けも同然だろ」
「そんな……」
リオントがいてもいなくても、こちらの弱みを握られている、という状況は変わらない。
「シェフレラは、余計なことはするな。奴が絶対に攻撃してくる、とまだ決まった訳じゃないし、おとなしくしていれば黙って帰してくれるかも知れない。何度も言うが、盗品のペンダントについては後回しだ」
悔しいが、今は人質の命が最優先。
リオントが言うように、おかしなことをしてクロスカスを怒らせたら、無事に済んだはずの命が消えてしまいかねない。
自分だけではなく、ターミスの命もシェフレラの肩にかかっているのだ。
「たぶん、俺達が来たとわかってはいるだろうが、呼んだ方がよさそうだぞ」





