表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
To be continued  作者: 綾瀬大和
国際線編
40/50

第40話進むべき空の先に

第40話「進むべき空の先に」


【シンガポール・早朝】


ホテルのロビー。出発の準備を終えた桐谷隼人は、コーヒー片手にソファに腰掛けていた。昨夜届いたメールが、頭から離れない。


「次の任務について」

差出人:JAL代表取締役社長・三谷剛志


「国際線機長としての君の判断力と冷静な操縦に深く敬意を表します。夏以降のヨーロッパ線再開に伴い、君を次期“訓練教官候補”として検討したい。帰国後、本社で面談の機会を設けたいと考えています」

「教官か……」


呟いたその声に、背後から聞き慣れた声がかぶさった。


「ねえ、それって本気で考えてるの?」


振り返ると、そこにはスーツケースを引いた小机アンナの姿があった。彼女の表情には、いつもの柔らかさがなかった。


「……ああ。でも、まだ返事はしてない」


「そりゃそうでしょ、だってあなた、まだ戻ってきたばかりでしょ?この前の成田だって、身体にも心にも負担だったはずよ」


「でも、それを乗り越えて、教官として若いパイロットを育てるのも大事な仕事だろ」


「育てるって……それって、今のあなたが望んでることなの? 私は、違うと思う」


彼女の声は強くなった。周囲の目もある中で、桐谷は少し眉をひそめた。


「アンナ、そんな言い方……」


「だって、あなたは“空を飛ぶ人”でしょ? 教えるために戻ってきたんじゃない。あなたは今、自分のために空を選んだんじゃないの?」


「……」


「教官になることで、あなたはまた、自分を“あの事故”の責任から逃がそうとしてるんじゃないの?」


その言葉が、鋭く胸を突いた。


「――違う」


桐谷は立ち上がった。


「俺は逃げてなんかいない。教官として、若いパイロットを守れるなら、それが俺にできる責任の取り方だって思ってる」


「だったら、私はあなたとは付き合えない」


沈黙が落ちた。周囲の空気が凍るような静寂の中、二人はただ見つめ合った。


その空気を破ったのは、柳瀬悠人だった。


【同日・成田空港、JALクルールーム】


「……落ち着けよ、二人とも」


柳瀬は、険悪なまま沈黙する二人の間に入り、椅子を引いて座った。


「教官になるかどうかなんて、今ここで喧嘩して決めることじゃないだろ。桐谷、アンナ、お前らお互いを思ってるからぶつかってるんだろうけど……言葉が足りなすぎる」


「柳瀬……」


「お前がなりたいのは“空の先生”なのか? それとも、まだパイロットとして空を飛びたいのか?」


その問いに、桐谷はすぐには答えなかった。


「俺たち、空のことを教えたい偉さになってしまったかもしれない。でも、それが“今”じゃなきゃいけない理由があるか? 俺はまだ、隼人と一緒に飛びたいと思ってるよ。副操縦士としてな」


柳瀬のその言葉が、桐谷の心に静かに染みていった。


【夜・自宅】


桐谷の東京の自宅。リビングで一人、アンナはソファに座っていた。そこに、桐谷が帰ってくる。


「……ただいま」


「おかえり」


重たい沈黙のあと、桐谷が小さく切り出す。


「今日、三谷社長にメールを返した。“今回は辞退させてください”って」


アンナは驚いたように顔を上げた。


「本当に、いいの……?」


「うん。教官になるのは、いつかでいい。今は、もう少し空を飛びたい。……お前と一緒に」


アンナは、ふっと笑って、桐谷に寄りかかった。


「私も、それが一番うれしい」


桐谷は彼女の肩をそっと抱き寄せた。


「教官になる日が来たら……その時は、背中を押してくれ」


「その時は、ちゃんと“先生”って呼んであげる」


二人は微笑み合った。その窓の外には、羽田の夜空に飛行機の灯が一つ、ゆっくりと旋回していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ