表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
To be continued  作者: 綾瀬大和
国際線編
35/50

第35話「空の罪、空の希望」

第35話「空の罪、空の希望」

―桜が咲く町にて―


事故から3日後――。


「ご自宅前でコメントを一言だけ!」


「機内ではどのような状況でしたか?パニックは?」


「パイロットとして、あの判断は正しかったと思われますか?」


玄関を開けた瞬間、シャッター音が雪のように降り注ぐ。


一瞬にして、記者、レポーター、そして見知らぬカメラが桐谷の目の前を埋め尽くした。


「……すみません、何もお話しできません」


何度そう繰り返しても、彼らは玄関前を離れなかった。


4日目、JAL本社

「桐谷くん。休養、しっかり取ってるか?」


直属の上司・奥村部長が声をかけてくる。


「……外に出られないんです。毎日、家の前に10人以上。誰かが24時間張り付いてて」


奥村は腕を組んでうなずく。


「引っ越せ。JALの安全委と広報で手配する。身バレしないように。場所は…そうだな、桜新町。駅から少し歩いたとこに物件がある」


「桜新町……」


「静かだ。著名人が多い割に、干渉されない土地だ」


桐谷は静かにうなずいた。


1週間後――桜新町

春の気配が町を包む三月の中旬。

駅から東へ歩いて15分ほど、緩やかな坂の先にそのマンションはあった。


築浅のRCマンション。4階建て。管理人の姿もなく、まるで時間が止まっているような静けさ。


「……ここか」


内覧のときに感じた印象と変わらぬ、どこか“空っぽな”部屋。

だが今の自分にはちょうどよかった。


段ボールを床に下ろし、コーヒーメーカーを出してカップを満たす。


外は曇り空。遠くで電車の音がかすかに聞こえる。


テレビをつけると、まだ自分の名前がニュースで繰り返されていた。


「JAL062便緊急事態。両エンジン停止からの生還。乗員乗客214名を守った英雄は今――」

英雄。

桐谷は苦く笑った。


「……誰かを救えば、誰かに見られる。誰かに見られれば、誰かに語られる」


窓を開ける。

乾いた春風が、カーテンを揺らした。


この町には“空気”がある。喧騒から切り離された空気だ。


彼はノートを広げ、ペンを走らせた。


《JOURNAL》 桐谷隼人 個人記録


2021年3月15日

・桜新町へ転居

・毎日が静かで、音が少ない

・事故の夢を見る夜もあるが、不思議と呼吸がしやすい


→ 次に飛ぶとき、自分は「何を恐れ、何を信じるべきか」を書いておきたい。


翌朝、玄関に届いた宅配便。差出人は、師匠の佐久間。


中には1冊の本と、短いメモ。


「“空”に戻る準備ができたら、また飛べ。俺は、信じてるぞ。

―佐久間」

その本のタイトルは、かつて佐久間が新人時代に読んでいた『空の哲学』。


桐谷は表紙を撫でたあと、深く息を吐いた。


ここからが、再起だ。 

事故から数えて13日目。

桜新町の空は、冬の寒さが残る中にも春の陽射しを含んでいた。


桐谷は、部屋の片隅に置いてある小さなデスクに腰掛け、フライトログを開いていた。


事故当日の操縦記録――

あの瞬間、何を考え、何を判断し、何を“見て”いたのか。


映像のように、記憶が蘇る。


プライベートジェットとの接触。

エンジン両方停止。

電源を落とし、グライダー状態で降下。

着陸装置を出す余裕すらなく、滑走路手前で草地にタッチダウン。

乗客は全員無事脱出。

すべて、手順どおりだった。


でも――。


「あなたの判断で、数百人の命が救われました」

「でも同時に、あのプライベート機の操縦士は…」

「……わかってる」


独り言のように、桐谷は呟いた。


操縦士として生きるということは、いつか“誰かを救い、誰かを失う”覚悟を迫られるということ。

今までも知っていたつもりだった。


けれど、実際に“命”と向き合ったとき、胸の奥に生まれた痛みは、それまでの経験とは比べものにならなかった。


その日の夕方。スマホにメッセージが届いた。


【柳瀬悠人】:おい、生きてるか。近くまで行くけど顔出していい?

桐谷は笑みを浮かべ、


「来いよ。淹れたてのコーヒー出す」

と返した。

1時間後、柳瀬がマスク姿で現れた。


「お前、まじでここ住んでんのか?修行僧みたいな部屋だな」


「……静かでいいんだよ、今の俺には」


二人は無言でコーヒーをすすり、やがて柳瀬が真剣な顔で言った。


「また飛べよ。俺は、お前が操縦する機体でなら、どこへでも飛ぶ」


「……」


「師匠の佐久間さんも言ってただろ。“飛びたくなくなったら、そんとき初めてパイロットを辞めろ”ってさ」


桐谷は、ゆっくりうなずいた。


「怖いんだよ」


「だろうな。でもな……俺はもっと怖かったぞ。足が砕けて、飛べなくなると思ったときのほうがな」


その言葉に、桐谷は初めて“共感”という痛みに触れた。


そうだ。俺だけじゃない。柳瀬も、アンナも、佐久間も、みんな“空”と闘ってる。


夜。


ベッドの中で目を閉じると、事故の残像がまだ目の裏に焼き付いていた。


でも、その中で――不思議と一筋の“光”が見えた気がした。


その光は、滑走路に差す誘導灯かもしれない。


あるいは、またどこかの雲間を貫く、太陽の道かもしれない。


「……飛ぶか」


桐谷はつぶやいた。


再び、空へ。


翌朝。JAL本社。


桐谷は、訓練担当の松田に会いに行った。


「…復帰フライトの申請を出させてください」


松田は一瞬驚いた顔をしたが、やがて笑ってうなずいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ