表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
To be continued  作者: 綾瀬大和
国際線編
34/50

第34話空白の10秒間

第34話「空白の十秒間」


2021年7月。成田発ロサンゼルス行き JAL062便。

機材は最新鋭のエアバスA350-1000型。桐谷隼人、32歳。機長として国際線の第一線を飛ぶようになっていた。


今日の空は快晴。

桐谷は副操縦士・片桐とともに、離陸から順調に上昇中だった。


「FL350到達、巡航モードへ。オートスロットル安定」

「交信切り替え完了、センターとの接続良好」


淡々としたやりとりが続く中、桐谷の目が不意にコクピット窓の右斜め前を捉えた。


――白い閃光。


(Rise Rise! Rise now)



桐谷の叫びとともにA350は急上昇を試みた。

だが、それはほんの0.3秒早かっただけだった。


右エンジンに白い小型ジェットの右翼が突っ込むように衝突した。


振動。衝撃。轟音。

そして――右エンジン停止。


だがそれだけでは終わらなかった。

左エンジンにも飛散した破片が入り込み、左エンジンも数秒後に火を噴き停止。


完全なダブル・エンジン・アウト(両発停止)


「両エンジン停止、推力ゼロ……グライド降下に入る!」


桐谷は冷静にグライド角度を保ちつつ、最寄りの空港を探す。


「…燃料漏れ、火災の兆候は?」


「ない!でも制限時間は10分以下…」


「羽田へは届かない…下だ!」


桐谷は地図を指差した。


「…静岡県・御前崎沖の離れた埋立地。非常用滑走には足りる」


機内ではアナウンスが響いた。


「お客様にご案内いたします。現在、機体の安全上の理由により、非常着陸を行います。…乗務員の指示にご協力をお願いいたします」

コクピットに沈黙が落ちた。


――速度が、落ちる。

副操縦士がつぶやく。「あと100ノットでストール域……」


その時、片桐の声が震えながら響いた。


「…キャプテン、家に……帰れるんですよね?」


桐谷は言った。


「帰す。誰一人、失わない。絶対にだ」


**


そして8分後。

コンクリートがむき出しの埋立地に胴体着陸が決行された。


衝撃が走る。煙が舞う。

だが――


「Evacuate! Evacuate! 脱出用スライド展開!!」

機体からは全員が90秒以内に緊急脱出成功。

火災も起きず、乗員乗客326名全員が生還した。


**


翌日――JAL本社前。

記者の波が押し寄せる中、桐谷は静かに応えた。


「空は美しい。でも、一瞬で牙をむく。

それでも、僕たちは信じて、そこを飛ぶ。――命を預かるために」


**


病院の廊下。

小机アンナが駆け寄ってきた。


「無事で……よかった……!!」

「ごめん、心配かけて。……でも、みんな帰ってこられた。それが一番」


**


機長室。

師匠・佐久間がぽつりと呟いた。


「……桐谷。もうお前は、完全に俺たちの“背中”になったな」


桐谷は少しだけ照れくさそうに、しかし力強く笑った。


「でも、まだまだ空に教えてもらうことは多いです」


その言葉の先に、再び空の旅が待っていた。事故から3日後――。


都内のJAL安全対策センター。

桐谷隼人は、内部ヒアリングに応じていた。


「両エンジン停止後、即座にグライドモードへ。最寄りの代替着陸地点として御前崎沖を選択。理由は?」


「海抜ゼロメートルで障害物がなく、風向きも安定していたためです。加えて、日中で視界が確保されていた」


「乗客の動揺は?」


「アナウンスをCAと連携して落ち着いた声で続け、パニックを防ぎました。CAのリードが完璧でした」


桐谷の口調に迷いはなかった。だがその目は、どこか遠くを見つめていた。


翌日、社内メール。


件名:【感謝と報告】JAL062便、全員無事に生還

桐谷隼人 機長と片桐副操縦士、CAチームの迅速かつ冷静な判断と行動により、重大事故から全員が救われました。

皆様のプロ意識に深く敬意を表します。

数時間後、電話が鳴る。師匠・佐久間からだった。


「お前、本当にやりやがったな。心配したぞ」


「……すみません。でも、生きて帰りました」


「当たり前だ。あの日お前がコクピットで泣きながら言ってたこと、覚えてるか?“一人も失わせたくない”って。あれ、本当にやったな」


「はい。でも、心のどこかで、まだ震えてます」


「それでいい。その震えが消えたら、飛ぶ資格はない」


電話を切ると、小机アンナからメッセージが届いていた。


「帰ってきてくれてありがとう。怖かったけど、信じてた」

そして、柳瀬からも。


「お前、また伝説作ったな。俺も、早く完全復帰しなきゃな。負けてられない」

桐谷は笑った。そして、空を見た。

事故の影に、再び飛ぶ理由があった。


数日後、国土交通省・航空安全委員会 聴聞会

桐谷は証言台に立っていた。


「今回の事故において、最も改善すべきは?」


「管制の空域調整です。あの高度、あの地点で民間プライベート機の飛行が許可されていたこと、それがすべての発端でした。今後は、民間・国際問わず、情報の即時共有とフライトプランの厳格化が必要だと思います」


「恐怖はありましたか?」


「……ありました。でも、それよりも『責任』のほうが勝ちました。あの座席に座っている以上、“怖い”は言い訳にはできない」


質疑応答が終わると、静かな拍手が起こった。


夜・二子玉川のマンションにて

テレビでは事故の再現アニメーションと、称賛の声が流れている。


「JAL機長・桐谷隼人氏、全エンジン停止から全員生還へ。あの“空白の十秒間”で何があったのか?」


小机アンナが桐谷の隣で微笑んでいた。


「……あなた、本当にすごいね」


「違うよ。全員で助かっただけだ。俺は“空”に試されただけだった」


「じゃあ、空は、なんて言ってた?」


「――『お前には、まだ託したい命がある』って」


その言葉に、小机は涙を浮かべながら静かにうなずいた。


窓の外、夜空は静かだった。


だが桐谷にははっきりと聞こえていた。


また、空が呼んでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ