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33話




 剣術の授業から数日。


 あの日の模擬戦の話は、思っていた以上に広がっていた。


「なあ、あの一年の子だろ?」

「めちゃくちゃ強いって子?」


 教室を出ればこれだ。


 ──……本当に面倒。せめて聞こえないように言ってほしいね。


 できるだけ目立たない予定だったのに、これは完全に逆方向へ進んでいる気がする。


「おい」


 声を掛けられ、振り返ると見覚えのある少年が居た。


 ──この人は確か……。


「……ガイさん、でしたよね?」


「ああ」


 あの日、模擬戦をした相手だった。


 ──前より少しだけ雰囲気が違うかな? 迷いがなくなったような、そんな感じがする。


「少し話、いいか」


「もちろん」


 廊下の端へ移動し、周囲に聞かれない距離まで来る。

 ガイは真っ直ぐこちらを見て口を開いた。


「……もう一回、やってくれ」


「……」


「勝てないのはわかってる」


 ──あれ、先に言われた。


「それでもやりたい」


 真剣な目だった。


 ──ふーん。勝てないのがわかってて再戦か……面白いじゃん。


「放課後ですか?」


「ああ」


「いいですよ」


 即答すると、ガイが驚いた顔をする。


「……いいのか?」


「ええ。どうせなら、ちゃんとやりましょう」


「助かる」


 それだけ言うと、背を向けて歩いていく。


 ──少し丸くなったかな?


 変化を感じながら私は歩き出した。



◇◇◇



 放課後。


 約束通り訓練場に行くと、すでにガイが待っていた。数人の観客と共に。


 どうやら噂を聞きつけて、わざわざ見に来たらしい。


 ──みんな、暇なんだね。


「悪い。勝手に集まっちまって」


「大丈夫ですよ」


 この世界に来てから、人に見られることには慣れてしまった。


 訓練用の木剣を手に取り、握りを確かめる。


「準備はいいか」


「ええ」


 向かい合うと、ガイの構えが、前より明らかに良くなっているのがわかった。


「始め!」


 誰かの声を合図に、ガイが踏み込む。


 速い──。前回より確実に速い。


 だが──


 ──まだ、遅い。


 振り下ろされる木剣を横へ流し、そのまま間合いを詰める。


 ガイはすぐに後退し、体勢を立て直す。


 次は低い軌道で横薙ぎ。


 ──足を狙ってる。いいね。


 軽く跳んで避け、着地と同時に踏み込む。


 打ち込もうとした瞬間、ガイの短剣が下から伸びてきた。


「へぇ」


 身体を捻って回避し、ガイの木剣が空を切る。


 そのまま距離を取ると周囲がざわついた。


「今の見たか?」「てか、二刀?」


 ガイが息を吐く。


「……やっぱり、簡単にはいかねぇか」


「ふふ。でも、先日よりずっと良くなってますよ」


 その言葉に彼の目が少しだけ揺れる。


「……まだ余裕あるだろ」


「もちろん」


 沈黙。そして──ガイが笑った。


「……だよな」


 次の瞬間、さっきより速く踏み込んでくる。


 迷いなく剣と短剣を同時に振る。


 ──軌道が読みにくい……けど


 考えるより先に身体が動き、木剣を弾く。


 ガイが手首を押さえてる隙に、半歩踏み込む。


トン──。


 気づけば、木剣の先がガイの胸元で止まっていた。


 静寂。


 ガイが目を見開き、ぽつりと呟いた。


「……はえーな」


 一瞬遅れて周囲がざわめいた。


「また一瞬……」「何が起きたんだ?」


 ガイは数秒黙って、やがて息を吐いた。


「……参った」


 木剣を下ろす。


「やっぱり強ぇな」


「ありがとうございます。ガイさんも学生にしては十分強いですよ」


「慰めはいらねぇ」


「慰めじゃないですよ」


 そう言うと、彼は少しだけ笑って言った。


「……追いつける気はしねぇけど、またやってくれ」


「私でよければ」


 即答した瞬間、周囲の空気が少し変わった。


 敵意ではない、純粋な高揚。


 誰かの呟きが訓練場に響く。


「すげぇな……」


 ──隠すのは無理か~。


 不思議と嫌な気分ではなかった。


 悔しそうに歯を食いしばる者。

 目を輝かせている者。


 色々な視線が向けられる。


 ──まぁ、もういいけど。


 木剣を戻しながら、私は小さく息を吐いた。



◇◇◇



 周囲のざわめきが少しずつ落ち着いて、観客たちが散り始めた頃、ガイがぽつりと口を開いた。


「……なあ」


「はい?」


「お前の戦い方……騎士の剣じゃねぇよな」


 ──それはそう。


 確かに違う。騎士の剣でも軍の剣でもない。


 ただ、生き残るための剣。


「そうですね。まあ、私は騎士になるつもりはないですし、こだわりはないですから。師匠に教わった通りにやってるだけです」


 少しの沈黙。


「俺はさ、騎士になりてぇんだ」


 そうだろうと思っていた。


「ずっと騎士の戦い方を真似してきた。でも……さっき思った」


 ゆっくり顔を上げる。


「強くなる方法って、それだけじゃねぇのかもな」


 少しだけ驚いた。


 負けた悔しさでも、言い訳でもない。


 ちゃんと前を見ている目だった。


「……ガイさんは、もっと強くなりますよ」


「は?」


「努力できる人は、強くなります」


 それは事実。師匠たちを見てきたから、よくわかる。


 ガイは一瞬呆けた顔をしてから、小さく笑った。


「……お前、変わってんな」


「よく言われます」


「はっ、そうかよ」


 ガイは吹っ切れたような顔をして言った。


「また頼む」


「はい」


 ──騎士になることだけが強さじゃない。強い人が騎士になるんじゃない。本物の騎士が、強いんだ。


 その日から、また少しだけ周囲の視線が変わった気がした。




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