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12. 暴露、脱出ゲーム

あと3話!!

ないしは2話!

 首都へと向かう車は、大雨のせいでスピードを出せないでいる。

 あるいは、運転しているペルシャ猫女が意図的にのろのろと走っているのだろうか。

 この先、検問はない。

 僕たちはこのまま独立広場を見下ろす位置に立っているホテルへ向かうことになっている。

 テキサスだったかどこかに本社のある会社の持ち物だ。

 おそらく、ホテルの中には連邦政府の役人みたいな連中がうろうろしているのだろう。

 

「この後は、独立広場で革命軍への政権移譲宣言ですか。」


 ICレコーダーを右手に持った子猫みたいな表情の男が坊ちゃんに聞く。

 わかり切ったことをあえて聞くのは、ペルシャ猫女との間であらかじめ決められていた符丁か何かなのかもしれない。


「させてもらえるならそうするんだがね。」


 坊ちゃんはうめくよう言う。

 その横顔を、僕は赤外線フラッシュのついたカメラで撮る。

 

「逃げてしまえばいいんじゃないですか?

最早、革命の帰趨は決していると言っていい。

政権移譲の宣言があってもなくても、革命軍がこの国を統治する以外に道はないのに。」

「そうすると、君が困るんじゃないのかい?

私が独立広場に現れないと、まずいのでは?」

「俺は独裁者の身内扱いのジャーナリストですよ。

俺が困っても、革命軍はまったく気にしないでしょう。」

「まあ、そうかもしれない。

でも、君の同僚はどうかな?」


 坊ちゃんの視線がこっちを向くのが、カメラのファインダー越しに見えた。

 その視線を捉えるべく、僕がデジタルカメラのシャッターを切ると、本当は存在する必要のない、嘘くさい、機械的なシャッター音が鳴った。

 何て答えたらいいのかわからないのをごまかすために、カメラのLED画面で、撮ったばかりの写真を確認するふりをしていると、カナダ人の子猫の声が言った。


「買収すればいい。

脅してもいい。

革命軍の紐付きのカメラマンなんて、どうせフォトジェニックな写真を撮れれは、後はどうなっても構わないと思っているはずです。

革命が成立する瞬間を撮影するのと、亡命した直後の午後の最後の首相のポートレートと、どっちがカメラマンとしての名声に直結するか、考えてみればいい。」


 坊ちゃんは何も言わなかった。

 子猫みたいなカナダ国籍の男も、ペルシャ猫みたいな運転席の女も。

 僕がカメラに向けていた顔を上げると、2人の男がこっちを見ていた。

 ペルシャ猫女も、バックミラー越しに僕を見ていた。

 車は減速して、路肩に止められた。

 ワイパーの音と、車体を雨が叩く音が心なしか大きくなったような気がした。

 写真の確認をするふりをして作った間は、すでにすっかり賞味期限切れになってしまっていた。

 沈黙が続けば続くほど、酷く苦くどこか嫌な、居心地の悪い思いが募ってくる。


「僕が思うに、どっちでもいいんじゃないかと。

革命軍の首領にも言われました。

連れてくることができれば上出来、できなくても大した問題ではない。

逃げようとしたと判断した段階で、追っ手をつければいい。

今のこの国に、革命軍の敵対勢力の逃げ場なんて、そういくつもないんだから、と。」

「仮に、君に裁量があったとしたら、君は私をどうしたいんだろうか?」


僕の方を坊ちゃんはじっと見つめながら、質問を口にした。


「特に、どうとも。

より良い写真が撮れるなら何でもいいです。

より扇情的な記事がかければそれでいい、お隣のジャーナリストさんと同じように、ね。」

「そんなことはない。」


 子猫みたいなカナダ人の男は眉根を歪めた。


「そんなことはない。

俺は、無駄な血が流れるのを独裁者の横で沢山見てきたから、なおさらこれ以上誰かが犠牲になるのを見たくないだけだ。」

「綺麗事は口に出すと、途端に綺麗じゃなくなる。

ジャーナリストの口からだと特にそうなるみたいですね。

対有事24首相輪番制度、誰の発案だったかここにいる全員が知らないとでも?

その制度が立ち上がってから、何人の首相候補がスキャンダルで失脚し、簡易裁判を経て処刑されましたか?

誰がそのスキャンダルの証拠を集めましたか?

あるいは、証拠をでっち上げましたか?」


 僕に集まっていた車内の視線は、いつの間にか子猫のところに集まっている。

 坊ちゃんとペルシャ猫は押し黙ったままだが、呼吸がどこか浅くて早い。


「そういうあんたは…」

「僕の話は今はいいんです。

問題は僕たち全員、心に後暗いところがあるということです。

僕も例外ではありません。

あなたは銃を持っている。

運転席の彼女も銃を持っている。

僕は銃を持っているでしょうか?

僕にはカメラがあります。

あなたはICレコーダーを持っています。

運転席の彼女はハンドルを握っていて、この車のアクセルを目一杯踏みつけて、ブレーキペダルのことを忘れることができます。

誰もが状況を変えられる力を持っています。

僕たちは今から独立広場に行きます。

そこで、革命軍によりお膳立てされた舞台で、政権移譲宣言を行います。

その後、革命軍に拘束されるかもしれません。

今ここで逃げ出すのと、独立広場で革命軍に拘束されるのと、どちらが、誰にとって、どう好ましいのでしょうか?」


 誰も何も言わない。

 僕は運転席の方を向いて、言葉を続ける。


「古今東西、首都まで攻め込まれた国の指導者は抵抗しきれずに逃亡し、逃げ切れずに捕まって殺されるか、あるいは自殺するというのがセオリーです。

無事にここから抜け出したいなら、指導者じゃなくなるか、死んだふりをするか、あるいはその両方をやるか。

3択ですね。

運転席のお嬢様にとってはどれが一番ご都合がよろしいでしょうか?

あなたが政権移譲の後に何をするつもりなのかによると僕は思っています。

知り合ってからまだ日が浅いので当然なのかもしれませんが、あなたは一度として、ご自身が何をしたいのか、本当のところは一度も言ってくれなかった。

あなたは、この革命騒ぎを通じて、何をどうしたいんですか?」


運転席からは何の返答もなかった。


「僕たち4人はお互い違うことを考えています。

中国の諺で言うところの、同床異夢ってやつですね。

ただ、一つだけ共通点があります。

それは、午後の最後の首相を生かしたままこの国から脱出させたいということです。

ええ、つまりね、脱出ゲームなんですよ。

謎を解く。

交通手段を確保する。

安全な場所まで送り届ける。

よろしいでしょうか?」


 僕を見る坊ちゃんの目には戸惑いが浮かんでいる。

 あるいは、それは恐怖なのか。


「君は一体、何なんだ?

誰のために働いている?」

「元々は、あなたの私設秘書、運転席のお嬢様のお父上の部下でした。

主に汚れ役を担当してまして、使えそうな人材のリクルートもやっていました。

あなたの隣のジャーナリストは元同僚です。

独裁政権や革命軍など、国を左右しかねない勢力に育ちつつある組織の中に食い込み、情報を得て、可能であればコントロールする。

スパイってやつですね。

一応今は、運転席のお嬢様の部下という扱いのはずです。

ただ、ジャーナリストの彼が今もそうなのかどうか、僕にはちょっと判断がつきません。

独裁者と一緒にいることで、あまりにも甘い汁を吸い過ぎて、心変わりをしてしまっているのかもしれません。

彼のことはさておき、私も最近は自分のことに、ちょっと判断がつけられなくなっています。

ここ最近、上司が代替わりしてから特に、彼女についていけないなと感じています。

彼女が何をしたいのかわからないものですから。

そろそろお暇をいただきたいなと、そう思い始めているんです。

でも、その前にどうしても手に入れたいものがある。

欲しいから下さいと言っても、素直に貰えないものが。」

「それは何なの?」


 運転席のペルシャ猫が口を開いた。

 いつのまにか体をこっちに向けていて、その手の中には小さなハンドガンが握られている。

 両手でしっかりとグリップを持っているように見えるが、その半身の姿勢で打っても、おそらくは狙ったところに弾は飛ばない。

 どうしてこんな、ものの道理のわからない女に部下として仕えることになってしまったのか、自分でもよく分からない。


「大したものじゃないんです。

あなたのお父上の日記です。」

「日記の内容で、恐喝でもしようってこと?」

「まさか。

どこかのジャーナリストでもあるまいし、そんなことはしませんよ。

その日記にね、あなたのお父上が、あの妖怪ジジイが、初めて私と会った時のことが書いてあるはずなんです。

それを見れば、私がどこから来た誰なのか、わかるかもしれないんです。

何故僕は、こんな生き方を選ばなければならなかったのか、昔から時々考えていたんです。

こんな世界はきっとおかしいのだと思いながら、ね。

こんな生き方をしたくはなかった。

なのに、何故僕はこんなことをしているのか。

そこのカナダ国籍のジャーナリストの方にとっても興味深い内容だと思いますよ。

私たちのように、来歴や背景がわからないまま、なし崩し的に汚れ役をさせられるようになった人間としては。」

「俺はあんたに騙されて、半ば嵌められて働くようになっただけだ。」

「確かにそうかもしれない。

美味しかったですねえ、あのロンドンの中華料理屋の青椒肉絲(チンジャオロース)。

でも、あなたは自分の出自が難民キャンプであることをすっかり知られてしまっていたことは気にならなかったんですか?

あなたは自分を手下にすべく動いていた胡散くさい妖怪ジジイが、自分とどういう関係のある人間なのか、調べようと思ったことはないんですか?」


 カナダ国籍の子猫は何も言い返してこなかった。

 僕は運転席に向き直り、沈黙を破った。


「そういうわけなんです、お嬢様。

クーデターや、下克上だなんて捉えないでください。

たまたま利害が一致しなかっただけなんです。

あなたが連邦政府のお役人の皆さんと何やらこそこそやっているのが好きになれないんです。

銃口を頭に押し付けられて、撃たれるのを待つしかないような気分にさせられるんですよ。

でも、それはもう別に構わないんです。

だから、あなたは午後の最後の首相とその秘書として、革命騒ぎで沈んでいく祖国を見捨て、第三国で亡命後の余命を静かに過ごしてもらえないでしょうか?

お父上の日記、ハードコピーじゃなくて、ソフトコピーでいいんです。

それをいただければ、あなたと、あなたのボスの身の安全は保証します。」


 またしても車内に沈黙が降りたが、今度のそれはそれほど居心地悪くなかった。

 あくまでも、僕にとってはだったが。


「仮にそれでいいとして、どうする?

君が言うには、この脱出ゲームを成功させるには、指導者という肩書きを放り出し、死を偽装しなければならない。

その上で、この国から脱出する移動手段を確保しなければならない。

どうすればそんなことができる?」


 首相らしさを感じさせる、覚悟と威厳を滲ませた言葉で言う坊ちゃんに僕は答えた。


「お任せ下さい、首相閣下。

手筈は整っていますから。

何も心配せず、このまま独立広場へ向かって下さい。

万事上手く行くようになっています。

ただちょっと、泣き喚いて、命乞いをして、未練たらたらに死んでいくふりをしてもらいはしますが、ね。」

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