11. アリバイ作り、アリバイ壊し
終われ…ッッ!!!
あと4話で…ッッ!!!
カメラのシャッターを切る時いつも思うのは銃の引き金を引く瞬間のことだ。
といっても、結構長いことお偉いさんの尻拭いをやってきた中で、銃を撃ったのは一度だけだった。
それも誰かを手にかけるっていうんじゃない。
アリバイ作りのために死体に鉛玉を打ち込むという、何とも気分の悪いシチュエーションだった。
今、赤外線のフラッシュで撮影できるカメラを坊ちゃんに向けて撮影している。
僕がこの距離で銃を撃ったら、坊ちゃんはどんな顔をするだろうと考えている。
あるいは、カメラバッグの底に仕込んであるスミス&ウェッソンのリボルバーの銃口を、弾をこめないまま耳元に突き付けてやるだけでもいい。
命乞いをするのか、泣き叫んで許しを乞うのか。
シャッターを切る時考えるのはいつもそんなことだ。
僕はきっとおかしいのだと、自分でもよく思う。
逆のシチュエーションなら経験済みで、その時耳元に当てられたのはベレッタの銃口だった。
銃は後の革命軍首領の手の中にあったが、その時の彼はまだ町のチンピラにすぎなかった。
「選べ。」
未来の革命軍首領は僕のことを見下ろしていて、短く、はっきりと喋る。
「命乞いをするのか、泣き叫んで許しを乞うのか。
それとも、潔く死ぬのか。」
それは意図して起こされたシチュエーションで、僕が生き残っても死んでも大丈夫なようになっていた。
僕が死んだら、それを理由に妖怪ジジイが将来有望な町のチンピラのリーダー格を脅して言うことを聞かせる。
もし生き延びたとしたら、僕ないしは他の誰かが上手く取り入って、町のチンピラをコントロールする。
賭け金は僕の命で、どちらにしろ得られる成果は同じ。
クーデターで権力を奪った独裁者への抵抗勢力を育てられれば、裏仕事に手を汚す手駒の1人や2人、生きようが死のうが構わない。
妖怪ジジイの頭はおかしい。
もちろん、そうじゃなきゃ、手駒の顔と国籍を、手術と賄賂で無理やり変えるようなことは思いつかないだろう。
そして、そんな奴に育てられた僕もまたおかしいのだと、自分でもよく思う。
「選べだなんて、随分だな?
ただちょっと、支払いが遅れてるだけなのに。」
僕は、顔を変えた後に苦労して身に着けた北欧系のアクセントで答えた。
YとJの発音も、今では無意識に混同するようになっていたが、この時はまだ意識しないと間違えられなかった。
多くの国では合法化されているマリファナの、不可解なまでに高額な支払いを渋ったのはもちろんわざとだった。
当時、後の革命軍首領はクルーズ船の船員を丸め込んで、別の寄港地では合法だったり価格が安かったりする嗜好品を大量に密輸し、そこに利ザヤを乗せてリゾート地にいる外国人に販売するというビジネスを展開していた。
ツケで大量に取引をして、結構な金額になった段階で払えないと言えばおそらくはリーダー格が出てくるだろうと踏んでしかけたずさんな賭けだったが、思った以上に上手くいった。
「撃つか撃たないか、あんたが選びなよ。
撃てば死体が一つ増える。
その処理はどうする?
死体の処理をスムーズにやってくれる連中とは知り合いなのか?
撃たなきゃ連中に高い金を払わなくて良くなる。
今揉めてる金額が小銭だと思えるくらいの金も、一緒に稼げる。
そこまでわかった上で、選べ。
撃つか、撃たないか。」
下手くそな口上の交渉の結果、僕の命は手元に残った。
ツケの未払い分は武器の密輸で出た利益で精算することになった。
その武器はもちろん妖怪ジジイのコーディネートで大量に準備された。
きっちり利益が出て、僕は無罪放免になり、チンピラのビジネスパートナーに収まった。
僕と革命軍首領の馴れ初めはそんなものだった。
それから5年が経ち、僕は今じゃほとんど革命軍の身内扱いだ。
妖怪ジジイのかき集めてくる武器は最初ハンドガンばかりで、チンピラ同士のネットワークを通じて悪ぶりたい連中に個別に捌かれていた。
それが時間を経て徐々にサブマシンガンのような火力の強いものになっていって、取引相手もまたクーデター騒ぎとその後の独裁で身の危険を感じた地方の有力者に取って代わった。
僕はリゾート地に沈没したカメラ好きのダメ外国人のふりをしながら、独裁者に対する反乱を物資の面で準備していたことになる。
世襲政治家の私設秘書として政治と国を操ることに長けた妖怪ジジイの意向だった。
独裁者ご自慢の秘密警察に捕まらなかったのは、ジジイとチンピラの両方の庇護のおかげだったんだろう。
数年の間、革命が起きるまでは、平和そのものだった。
マリファナとアルコールでチルしてハイになってまたチルして、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回しながら、通りでひっかけた女に米ドルを掴ませて、服を脱がせてカメラを向ける。
カメラのシャッターを切る時、女の顔がわずかに反応を見せる。
興奮と、羞恥心と、諦め。
写真を撮る行為そのものよりも、女の顔を見ている方がずっと楽しかった。
僕みたいな使い走りの捨て駒を妖怪ジジイはいくつも抱えていた。
今隣にいる、捨てられた子猫みたいな顔のカナダ国籍の男もそうだ。
昔から妖怪ジジイが目をつけていた元難民の孤児で、おあつらえ向きに児童虐待の被害にあって、まともな人間らしいつながりを誰とも持っていなかったせいか、ちょっと揺さぶってやったらあっさり落ちた。
妖怪ジジイが死んで、胸のでっかいペルシャ猫みたいな女に代替わりした後、躾けなおす必要もなくペルシャ猫に忠誠を誓った珍しい手駒だ。
大体の奴は言うことを聞かなかったから、結構きつめの再教育が必要だった。
中には躾けなおせない奴もいた。
妖怪とペルシャ猫の代替わりの前のことだが、海軍の高級将校候補だった革命軍首領の実弟の嫁を丸め込んで、まだちょっと羽振りのいいチンピラにすぎなかった兄貴の事業を手伝うよう説得させようとしていたことがあった。
甘ったるい笑顔が胡散臭い、垂れ目でいい身体の男を手駒として使っていたのだが、そいつは何をとち狂ったのか、ある日突然嫁と駆け落ちしようとした。
指示を仰いでいる時間がなかったので、やむなく妖怪ジジイには事後報告することで対応したのだが、垂れ目の色男を処分するところを嫁にたまたま見られてしまった。
ショックで発狂した彼女は、世襲政治家の家で元々メイドをやっていた女だったと聞いたが、今じゃ世襲政治家が所有するマイアミの豪邸の一室で軟禁されながらメイドに世話をされる身分だ。
同じ豪邸で3人の子供が育てられているが、ぺルシャ猫女にそうするだけの胆力があれば、その子たちもまた時期を待って手駒にされるのだろう。
こんな世界はきっとおかしいのだとよく思う。
こんな風に生まれなければ、こんな生き方はしなかったのか。
こんな生き方を選ばなくていい世界に生まれたかったと、昔は時々考えた。
1年前、妖怪ジジイは裏で進めていた計画を成就させるには、坊ちゃんを庇って自分が死んだことにして、表舞台から姿を消した方が都合がいいと思ったらしく、自分の死を偽装しようとした。
それを利用して実際に殺してしまったのは、娘であるペルシャ猫女の裏にいる連中だ。
実行犯は僕ということになっている。
使われたのはスミス&ウェッソンのリボルバー。
革命軍首領の弟の持ち物だったはずのものが、何故か発狂する前のメイドの手元にあった。
メイドの所有物のうち、マイアミに送らなかったものは全て妖怪ジジイの言いつけで僕が管理を任されていた。
アリバイ作りっていうのは普通、犯罪行為をしていない証明をでっちあげることのはずだ。
僕がその時、死んだ妖怪ジジイの遺言みたいな指示にしたがってやったのは、さながら逆アリバイ作りだ。
それとも、アリバイ壊し、とでも呼んだ方がいいのか。
指定された時間に、郊外の閑静な住宅地に立っていた妖怪ジジイの家に行くと、ケチャップとアフターシェーブの匂いが漂ってきそうな、いかにも連邦政府の役人ですって雰囲気のスーツの男たちが 家の中から出てきてリビングに通された。
妖怪ジジイやそのボスの世襲政治家のメッセンジャー役をやっていた手前、僕の顔は手駒の間では広い方だったのに、そいつらのことは見たことがなかった。
リビングの中にはジャケットとネクタイを身に着けていない連中がいて、所在なさげにうろうろしながら、紙巻煙草を忙しなく吸っていた。
灰皿を使わないと、妖怪ジジイが嫌な顔をするだろうと考え、落ちているはずの灰を探そうと床に視線を向けると、妖怪ジジイがそこに寝ていた。
煙草を吸っている連中の一人が咳払いをした。
あるいは、むせただけだったのか。
僕が視線を上げてその男を見ると、彫りの深い顔に張り付いた二筋の太い眉毛を八の字に曲げた。
「急性アルコール中毒だ。
加湿器にエタノールを入れて蒸気にした。
ビニール袋を被せて、蒸気を直接吸わせた。
意識がなくなるまであっという間だった。
すぐに脈もなくなった。」
八の字眉毛の顔の男の横で、また別の喫煙者が僕の方に向き直る。
やはり同様に彫りが深い。
この土地出身の特徴そのものの容貌だった。
「おまえがやったことになる。
しっかりと証拠を残せ。
もともとおまえがこの男に引導を渡す役だったというのは、すでに聞き及んでいる。」
「実際に死ぬことになったなんて聞いていないんだけど。
こちらの要望はちゃんと伝わっているのかな?
そこで寝ている当の本人にも、報酬については何度も確認をしたんだけれど。」
僕の言葉に、喫煙者たちは目配せをし合う。
証拠を残せと要求してきた男が僕に言う。
「我々はそこまでは知らん。
こいつが用意した報酬までは関知していない。
ひょっとしたら、家の中のどこかに用意してあるのかもしれん。
すべきことをしたら、好きなだけここに残って探すがいい。」
リボルバーにはサイレンサーが付けられない。
銃声がすれば、すぐに誰かが来てもおかしくない。
そんなことできるわけがなかった。
「もう一つ、質問。
僕たちは今後、誰の指示に従って動けばいいのか。
故人は何か言い残していなかったか?」
喫煙者たちはもう一度目配せを交わし合ったが、口は開かなかった。
誰も何も言わないでいる数秒間が過ぎた後、後ろから答えが飛んできた。
「遺言は特にない。
だが、後任は決まっている。」
その声は、玄関にいたスーツの男たちのうちの一人から発せられたものだった。
夜中だというのにかけているサングラスの脇には目じりの皺が見える。
鼻と口の横にも皺があり、他のスーツの連中よりも、歳が上のようだった。
おそらく、役職もそうなのだろう。
「この男の仕えている男が世襲の政治家であるように、この男の職もまた、先祖代々受け継がれてきたものだ。
だから後任者は、この男の血縁の者になる。
既に本人の合意は得ている。
明日にでもこっちに来るだろう。
だから君は、何も心配せず、鉛玉を死体に遠慮なく撃ち込むといい。
死出の旅路の餞別だと思えば、故人も喜ぶんじゃないか。」
リボルバーの照準を合わせて引き金を引くのは、カメラのシャッターを切るのと同じような要領だったから難しくはなかった。
問題は難易度よりもメンタルの方で、生きた的じゃないだけマシだったのかもしれないが、それでも酷く嫌な気分になった。
銃の引き金を引く時、妖怪ジジイの顔がわずかに動いたような気がした。
呪われたゾンビでも、吸血鬼でもないのに。
引き金を何度も引くにつれて、銃弾を死体に打ち込む行為そのものによる嫌な気分は薄れていった。
妖怪ジジイが起き上がって襲い掛かってこないように、信じてもいない神に祈るのに忙しくて、それどころじゃなくなったから。




