10. 汚れ役の履歴書
・続きも思いつかないし終わらないしで、大変難儀しております。
・前回の「政治家はジャーナリストより少し歳が上」と記述を「少し歳が下」に修正しました。
ロンドンでは、棺のような箱を使って設けられた狭くて浅い就寝スペースを互い違いに重ね合わせることで2段ベッドならぬ5段ベッドを実現したセント・ポール大聖堂近くの安宿に泊まった。
どうやら以前は宗教関係者のみを対象とした宿泊施設だったようで、とにかく味も素っ気もない宿だった。
そんなところでもWi-Fiが繋がっているのが少し奇妙に感じたくらい、ありとあらゆる無駄な要素をそぎ落としたストイックな宿を拠点に、特に当てもなくロンドンを歩いて回った。
トラファルガー・スクエア、ナショナル・ポートレート・ギャラリー、ブリティッシュ・ミュージアム、ソーホー、ピカデリー・サーカス。
ミレニアム・ブリッジを通ってテムズ川を跨いでテート・モダンへ。
どこで何をするのかも特に決めず、1週間ほどただ闇雲に歩き、建物や通りや川、美術品、そして人込みで溢れる狭い通りを見て回った。
そうして何となくロンドンの地理が頭に入った頃、チャイナタウンで安くてカロリー過多の昼食兼夕食を腹に詰め込んでいた夕方の早い時間に、少し込み合い始めた店内でカナダ人だと言う男と相席になった。
その男は 上海炒麺を青島ビールで飲み下してとりあえず腹を満たそうとしていた俺を心配するような目で見た後、明らかなカナダ訛りの英語で、「そんな食べ方で腹は膨れても、力はつかないんじゃないのかい、ええ?」と唐突に言った。
奇妙な顔立ちをしていて、今から思えばおそらくは中華系とヨーロッパ系の血を受け継いだ土生葡人のような由来の人間だったと思うのだが、ただ相席になっただけの相手が突然そんなことを言うので、俺は驚いて何も言い返せなかった。
俺が黙っているのをどう理解したのかはわからないが、その男は中国語でやる気のなさそうだった店員を呼びつけ、中国語で楽しそうに話し、数往復の言葉のやりとりの後には店員からやけにフレンドリーに肩を叩かれて笑った。
一体何が始まったのかと黙って俺が見ていると、ほどなくして湯気の立った青菜の炒め物が運ばれてきて、その後に青椒肉絲が続いた。
俺の頼んだ青島ビールの瓶から勝手に自分のグラスに注いで飲みながら、その男はテーブルに運ばれてきた料理を俺に食べるように勧めた。
金がないので食べられないと俺が伝えると、その男はどことなく中国の長い歴史に裏打ちされたスケール感を感じさせる鷹揚なジェスチャーを交えて、金のことはいいから遠慮なく食べろと言った。
それを聞いて、俺は考えることをやめてしまった。
大してビールも飲んでいなかったので、その時の思考を放棄したのはアルコールのせいではなかったはずだ。
2時間後、すっかり空になった大皿と、何本も空いたビール瓶をテーブルの上に残して、俺はそのカナダ人の男と連れ立って通りに出た。
今度はしっかりアルコールのせいで怪しくなっていた足取りでシャフツベリー・アベニューを渡って、ソーホーの路面に吐いて捨てるほどある、値段の高いパブへと向かう。
ついさっき、中華料理店の店員がしていたように、俺は親しげにその名前も知らない男の肩を叩き、実は自分もカナダの出身なのだと告げた。
記憶が定かだったのはそこまでだ。
その後はきっと、どこかのパブかワインバーで、大音量で流れる流行のダンスナンバーを聞き流しながら、アルコールをさらに胃の中に流し込んでいたのだろう。
次に気がついた時、俺はピカデリー・サーカスの路上に座り込んでいて、「エロス」とも呼ばれるアルミニウム製の「キリスト教的慈愛を表す天使」の像を見上げていた。
俺の横には、同じように酔いつぶれた誰かが座り込んでいて、その傍らをミニスカートと厚手のジャケットというちぐはぐな印象の服装の女たちが通り過ぎていく。
彼女たちは若いのか、若くないのを化粧でごまかしているのか、それとも若くて厚化粧なのか。
俺はそんなことを考えながら体を起こした。
携帯電話と財布をなくしたんじゃないかと不安だったが、幸いなことにまだそこにあった。
時刻は午前1時で、バスターミナルと地下鉄の駅と繁華街が揃っている場所柄か、人通りは全く途切れない。
前後不覚になって路上で寝ていてもひどい目に遭わずに済んだのは不幸中の幸いだと思いながら、立ち上がり、身体の調子を確認した。
胃腸があまり調子が良くないことと、飲みすぎて頭痛がすること以外は大したことがなさそうだったのと、夜だというのにロンドンらしくない暖かな夏の気候のせいで、セントポール大聖堂近くの宿まで歩いてみる気になった。
宿までの道も何となく検討がついて、自分もロンドンに慣れてきたのが何だか嬉しかった。
途切れない人通り、連なって信号を待つ車の列、背の低い建物に申し訳程度に設けられた控え目な光のネオン。
白い世界の果ての炭鉱街には見つからないものばかりに囲まれて、俺はようやく自分がいてもいい場所に来れたように感じていた。
そんなふわふわした気分は、宿にたどり着いた後、自分の部屋の鍵が見つからなかった所までしか続かなかった。
ディスクシリンダー式の鍵は確かに財布の中に入れておいたはずなのに見つからず、途方に暮れていると、宿のスタッフらしき大柄な毛深い黒髪の男が俺のところまでやってきて、何をしているのかと聞いてきた。
「部屋の鍵をなくしてしまったみたいで。」
「なるほど。
その部屋、今は誰も泊まっていないはずなんだがね。」
「いや、そんなはずは。
確かに先週からこの部屋に泊まっていた。
チェックアウトもした覚えがない。」
大男は首を傾げて、俺をレセプションホールまで誘導した。
チェックイン当日に通されたレセプションホールのローテーブルに肘をついて頭を抱えながら、自分の名前と宿泊日程について説明をすると、男はタブレットを操作し、唸った。
「あんた、今日の午後にチェックアウトしてるよ。」
「え?
でも、今日の午後はここに戻ってきて居ないんですが。」
「そう言われてもね。
さっき確認したら、鍵も5セットしっかりレセプションにあった。
ドミトリーは完全に空いてる。
あんたが返したんじゃなきゃ超常現象だ。」
俺は大男に頼み込んで、棺のようなベッドが5段積み上げられているドミトリーを見せてもらった。
そこには棺桶が積み上げられただけの誰もいない部屋があるだけだった。
今朝まで確かにそこにあった、石鹸などの消耗品を入れた自分のポーチがなくなっていた。
貴重品入れのロッカーも無理を言って開けてもらったが、そこにあるはずのバックパックも跡形もなく消えていた。
言葉を失ったまま大男に再度誘導されてレセプションホールに移動し、ローテーブルの横のソファに座り込んだ。
両手で顔を覆って、回らない頭でどうすべきか考えたが、何も思いつかなかった。
しばらくそうしていた俺に大男は同情したのか、クリームと砂糖をたっぷり入れたインスタントコーヒーを出してくれた。
お世辞にも美味いとは思えなかったが、糖分とカフェインが染みた。
「そういえば、清掃係のスタッフが、あの部屋でこれを見つけたって言ってたよ。
棚の上に向きをそろえて置いてあったから、忘れ物なのかゴミなのか判断がつかなかったって。」
マグカップの中身を半分程空けたところで、大男は俺に名刺を差し出してきた。
飛行機の中で出会った、胡散臭い同郷の男の名刺だった。
俺はその名刺を受け取り、一瞬逡巡し、でも結局携帯を取り出して、名刺に書いてあった+44で始まる電話番号に電話をかけた。
藁にもすがる思いだったから、深夜3時前だということに気が回らなかったのだが、数回の無機質なコール音の後に電話が繋がり、その数分後にはロンドンへの道すがら、ちょっとばかり長い話をしただけの胡散臭い男に、「何もかも所持品をなくしてしまった。助けて欲しい」と泣きついていた。
土生葡人のカナダ国籍の男とは、そのすぐ後に仕事の関係者として再会した。
それは依頼主の家で、まだ当時は5歳だったシボレー・エクスプレスの運転手の女に初めて会った時のことだった。
依頼主の娘が孫にしか見えない年齢であることにも驚いたが、それ以上に、ソーホーで一緒に飲んだくれたはずの男が、娘の横で当たり前のような顔をして立っていたのには度肝を抜かれた。
その時を皮切りに、奴とは事ある毎に顔を合わせた。
不動産管理の名目で、依頼主が嫁と娘をアメリカへ送り出す時、マイアミまで飛行機で同行したのは俺だが、飛行場でピックアップのために高級SUVの運転手として現れたのは奴だった。
依頼主のボスの息子、シボレー・エクスプレスの後部座席ですっかり老け込んだ顔で座っている政治家が大学に進学した時、お目付け役兼セキュリティ要員として学生街に常駐していたのは俺だったが、依頼主やそのボスのメッセンジャーとして現れるのは決まって奴だった。
今を時めく革命軍のスポースクスパーソンを将来の手駒として抱え込むために、依頼主のボスの屋敷で働くメイドに誘惑させた時、文句を言いたげだったメイドの親に金を掴ませて黙らすのは俺の役目だったが、金では大人しくならなかったメイドの兄貴を殴って黙らせたのは奴だった。
依頼主の同僚みたいな立場だった若い頃の政治家を、資源メジャーの子会社の社外取締役にねじ込む計画の時、後ろ暗いところのある資源メジャーの役員のプライベートを暴き立てて脅しをかけるのは俺の役目だったが、後ろ暗いところのない株主たちを嵌めてスキャンダルをでっちあげて言うことを聞かせるのは奴の役目だった。
政治家が父親の後を継ぐまでに社外取締役としてしでかした様々なトラブルの後始末の役割分担もそんな感じだった。
その後、奴は顔を整形して、名前と国籍を変え、革命軍首領をマークする役割についた。
今の革命軍首領がリゾート地のチンピラとしてのしてき始めた頃、東欧だか北欧だかの出身のカメラマンとして偶然を装って知り合いになり、それからはつかず離れずの距離感を保った。
一方、俺は独裁者がクーデターを起こした際にルポを書いて、それからは独裁者のお抱えのジャーナリストみたいな扱いになった。
その時から俺は独裁者の気の置けない外国籍の友人ポジションで美味しい思いをし続けた。
アルゼンチン産の牛肉のステーキを一緒になってたらふく食べ、ベネズエラ産のラムをしこたま飲み、ぶくぶくと太った。
独裁者の喜ぶような記事を書き、依頼主の伝手で欧米の二流のメディアに掲載してもらった。
独裁者と酒を飲んだ時には、口から出まかせに等しい質のアイデアを冗談として言いあった。
対有事24首相輪番制度も、そんな飲みの席で出てきた与太話だったのだが、何故か独裁者の肝入りの政策として実現してしまった。
その上、どういう訳か俺は24人の臨時国家主席兼内閣総理大臣候補を監視する役目を割り当てられてしまった。
今から思えば、その頃の俺は独裁者に忠誠心を試されていたのだろう。
いつでも始末できる調子のいい外国人ジャーナリストを自分の側に引き込んで、信用ならない同国人の取り巻き連中を牽制しようとしたのかもしれない。
その辺りのことは俺もなんとなく推察できたから、与えられた役目はきっちりこなした。
死んだ父親の後を継いで、今や依頼主のボスになっていた少し年下の政治家についても、監視対象として好きなウイスキーの銘柄から好みの女のタイプまで調べ尽くした。
と言っても、やはり依頼主のボスということもあり、独裁者への報告はかなり手心が加わったものになった。
そんなところを見透かされていたのか、独裁者は俺と一緒に酒を飲む度に、年下の政治家の醜聞はないか聞き出そうとした。
あまりのしつこさに、俺はある日、「そんなに気に入らないなら、さっさと消してしまったらどうですか?」、と言ってしまった。
独裁者は笑って、「じゃあおまえがやっておいてくれよ」、と軽く言い返して、その場でのこの話は終わりになった。
実際には、そこでその話は終わっておらず、独裁者は俺に政治家を消すように執拗に要求してきた。
俺はそれを依頼主に相談した。
依頼主の返事は思ってもみないものだった。
「私を殺した方が坊ちゃんが何もできなくなって狼狽える様子を見れて面白いはずだと提案しろ。
そうすれば私が死ぬだけで済む。」
そんな経緯で、政治家の代わりに元々の依頼主を殺す案は俺の提案として独裁者に伝えられ、実行に移された。
依頼主を変死体に変えたのは、元・土生葡人のカナダ国籍、現・正体不明の欧州系カメラマンなのだそうだ。
ついさっき、バス停で車を待っている間、手にかけた本人から直接聞いた。
「ちょっと押したら、あっさり壊れたよ。
無茶な指示の多い奴だったから、心の葛藤なんかも特になく、むしろやってすっきりした。
あんたも長年随分苦労させられてきたんだから、憂さ晴らしに自分でやりたかったんじゃないのかい、ええ?」
ロンドンのソーホーで話した時のカナダ風のアクセントで奴はそう言っていた。
シボレー・エクスプレスに乗り込んだらそんな話し方をしなくなったので、きっとあれはわざとだったのだろう。




