7話 テニーの魔石入れ
「こんにちは。納品が遅くなって、すみません」
「待ってたよ! テニーちゃんの魔石入れがすごく人気で、入荷の問い合わせが増えているんだよ」
店の奥で迎えてくれたのは、丸眼鏡をかけた年配の男性店主だ。
大通りの外れにあるこの魔道具店『妖精の巣箱』は、様々な魔石や魔道具が豊富に揃っている小さな店だ。
私は平民の娘を装い、『テニー』と名乗って、一年ほど前からこの店に魔石入れの納品をさせてもらっていた。
「はい、前回納品分の売り上げだよ」
「ありがとうございます!」
私は、店主さんから銀貨八枚を受け取った。これで、小さなパンなら八十個も買える。
「予約も入っていて、またすぐ売れてしまうと思うんだ。売値を上げるから、次はもう少し納品数を増やせないかな?」
「……頑張ってみますけど、少し難しいかもしれません」
私は月に三度、刺繍なしのシンプルな魔石入れを十個ずつ納品していた。一つあたり銀貨一枚で販売され、いつも銀貨八枚を受け取っている。
売値が上がるのは嬉しいが、急いで作って作りが粗くなるのは嫌だった。
「エゼキエル様、こちらの店になります」
そのとき、どこか懐かしいベルの音と共に、薄灰色のローブを纏った男性二人組が入ってきた。目深に被られたフードで、顔は見えない。
「いらっしゃいませ! 何をお求めでしょうか」
「この魔石入れが入荷すると聞いて、やって参りました。お聞きしたいこともありまして」
白い手に握られている魔石入れは、私が納品しているものだった。茶色の無地で、刺繍も飾り気もないシンプルなものだ。
(それって、わたくしの魔石入れよね? 何か、おかしいところがあったのかしら……)
納品する魔石入れは、丁寧に作り、よく確認してから納めている。けれど、見落としがあったのかもしれない。――そう思っていたときだった。
再び、扉が開いたのだ。
「この魔石入れはいくらだ? 作った者を教えてくれ」
黒いローブを揺らして入ってきたのは、険しい顔をした男性だった。黒みがかった紫色の髪を編んで、左肩から垂らしている。
彼が握っているのも、私の作った魔石入れだった。
「いらっしゃいませ。その魔石入れでしたら、ひとつで銀貨一枚になりますが――」
「何だと?! これが銀貨一枚?! ふざけているのか!」
すごい剣幕で店主さんに詰め寄る男性に、私は名乗り出ることを躊躇ってしまった。
(どうしましょう……)
きっと、魔石入れに何か不備があったに違いない。――ショックのあまり手が震え、私は持っていた箱を落としてしまった。
バサリと音を立て、開いた蓋。床に散らばった魔石入れを、私は慌てて拾う。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
穏やかな、優しい声が響いた。
跪いて声をかけてきたのは、薄灰色のフードを被った美しい男性だった。
フードから覗く瞳は淡く澄んだ薄紫色で、少しふわりとした髪は銀糸のようだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
彼から、魔石入れを受け取ろうとした時だった。
「これを作ったのは君だな? これが銀貨一枚だなんて、君は慈善事業でもしているのか?」
黒いローブの男性が魔石入れを一つ拾うと、割り込むように私に手を差し出した。
「俺はセヴラン・モンフォール。報酬はいくらでも払う。我が魔導師団に入って欲しい」
「えっ?」
何と言われたのか一瞬理解できず、私は彼を見上げることしか出来なかった。
「先に声を掛けたのは私ですよ。私はエゼキエル・ベネデッティと申します。是非、神殿へおいでください。魔導師団よりも好待遇でお迎え致します」
「気付いたのは、俺が先だ」
「いえ、私です。お嬢さんから手を離してください」
「それは出来ない。彼女には、魔導師団に入ってもらう」
気が付けば、セヴランと名乗った黒いローブの男性に手首を掴まれていた。
「女性に触れるなど、感心しませんね」
「彼女には不思議な力がある。この王国のためにも、絶対に魔導師団に入ってもらう」
「テニーちゃん、大丈夫かい!? お客さんたち、困りますよ!」
店主さんがカウンターから出てきてくれたが、二人とも引く様子はない。
(何が、どうなっているの……!?)
「まだ解析出来ていないが、この魔石入れには、計り知れないほどの価値がある。――君は、自分の価値をもっと知るべきだ」
(わたくしの、価値……?)
「あなたのような乱暴な方に、このお嬢さんを託すわけにはいきません」
「アンタの方こそ、聖者のような顔をして腹の中はどうなんだか」
「エゼキエル様になんと無礼な……!」
「テニーちゃん、大変なことになってしまったね……お家の人を呼ぼうか」
「それは……」
(どうすれば良いのかしら……)
どうやら、魔石入れに不備があったわけではなさそうだが――
私は声も出せないまま、目の前で言い争う二人を見ていることしか出来なかった。
【あとがき裏話】
大通りにて――
マクシミリアン「はぁ、はぁ……失礼! 『妖精の巣箱』は、どこにありますか? …………向こうですね! ありがとうございます!」(再び猛ダッシュ)
騎士A「今、全速力で走っていったの、師団長じゃないか? なんでこんな所を走ってるんだ……?」
騎士B「さぁ、鍛錬じゃないのか」
騎士A「こんな大通りで? 正装着てたぞ」
騎士たち(……よくわからないけど、見なかったことにしよう)




