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6話 結ばれた縁

(まさか、マクシミリアン卿が、わたくしの魔石入れを……)


 二年前に魔石入れを贈った相手が彼だったという事実に、私はとても驚いていた。

 濃紺の生地と銀色の刺繍色を選び、一針一針心を込めて縫った日を、昨日のことのように覚えている。

 勿論、白薔薇の花束と、素敵な髪飾りを受け取った日のことも――


「オルテンシア嬢……」


「はい」


「……信じていただけないかもしれないが、私は二年前から……その……貴女を想ってきたんです」


「えっ……?」


「想いを自覚したのは、最近です……でも、ずっと貴女を想っていた」


 少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、こちらを見つめる真っ直ぐな瞳に、私も頬が熱くなった。


(想っていた――って、わたくしを、その……好きだということ?)


 まだ会ったこともなかったというのに、そんなことがあるのだろうか――でも、彼の瞳に偽りの気配は欠片もない。

 心臓が早鐘を打ち、まともに彼の顔が見られなくなった私は、少しだけ視線を逸らした。


「こんな……年上の男は、嫌でしょうか」


 僅かに視線を落としたマクシミリアン卿に、私は慌てて首を振った。


「そんなまさか――ただ、驚いてしまっただけですの……マクシミリアン卿のお気持ちは、とても嬉しいですわ」


 そう告げると、彼は頬を染めたまま、心底安堵したような柔らかな笑みを浮かべた。


「マクシミリアン卿?」


 彼の青い瞳が、私を射抜くように見つめる。


「オルテンシア嬢、私には貴女だけだ。どうか、私の花嫁になってください」


 『花嫁』――その言葉に、私の頬は再び熱くなった。


「……ですが、大公家とうちとでは、釣り合いませんわ」

「既に許しは得ています」


 湧き上がった不安を打ち消すかのように、彼は間髪入れずにそう答えてくれた。

 大公家の一族の間で、『立派な朴念仁』『万年独身』と呼ばれていたという彼の突然の申し出に、大公家は「めでたい!」と沸き立っているそうだ。


「貴女がこの手を取ってくだされば、すぐにでも婚約式を行いましょう」


「その……わたくしなんかで、本当に良いのでしょうか?」


「私には、オルテンシア嬢しかいません」


 彼の真っ直ぐな瞳と言葉に、私は心を決めた。

 きっと、この人なら信じられる――会ったばかりだというのに、何故かそう思えた。


「……マクシミリアン卿、これから、どうぞよろしくお願いいたします」


 そっと伸ばした手を、彼の大きな両手が包んだ。

 力強く、温かな手だった。

 このとき、硬い表情だった彼が見せた笑顔に、私は一瞬で虜になってしまった――


「その……オルテンシア嬢、“卿”は不要です」


「では、マクシミリアン様とお呼びしますわ」


 淡く微笑んだ彼に、私も笑い返す。


「あの……今度は、いつお会いできるのでしょうか」


「すぐに――近い内に、貴女に会いに来ます」


 そう言ってはにかんだ彼に、少し照れてしまう。

 そのとき、彼は握ったままだった私の手を離して、慌てて立ち上がった。


「お、お義母さま! これは失礼を……」


「いえ、お茶のおかわりをお持ちしましたの。どうぞゆっくりなさって」


 振り返ると、いつの間にか扉の所に立っている母。その後ろからは、父と兄が覗き込むようにこちらを見ている。

 恥ずかしくなってマクシミリアン様を見ると、彼は頬を染めていた。


「……そろそろ、御暇させていただきます」


 名残惜しく思いながらも、私は彼を送るために玄関へと向かった。


「それでは、また改めてご挨拶に伺います」


 マクシミリアン様は私たちに深々と頭を下げると、大公家の馬車で帰って行った。


「どうなることかと思っていたけれど、オルテンシアが嬉しそうで本当に良かったわ」


「まさか、大公家とのご縁をいただくことになるとは⋯⋯マクシミリアン卿ならば、安心して娘を委ねられそうだ」


 新たに結ばれたマクシミリアン様とのご縁に、両親はとても喜んでくれた。


 レナート兄様は、「仕事増えないといいけど……」とボヤきながらも祝福してくれているようだ。


(まさか、こんなことになるなんて⋯⋯)


 そう思いながらも、私の高鳴る胸は、温かな余韻に浸っていた。

 家族で午後のお茶をいただいてから、レナート兄様は第二師団の庁舎へと戻っていった。


「そう言えば……オルテンシア、魔石入れはもう納めに行ったの?」


「あっ……いけない!」


 手作りの魔石入れを納品している魔道具店から、在庫の補充依頼が来ていたのをすっかり忘れていた。


(色々あったから、すっかり忘れてしまっていたわ……)


 私はモスグリーンの質素なドレスに急いで着替えると、白いボンネットを被った。

 今から私は、平民の娘の『テニー』だ。


「今から行って来ますわ」


「気を付けるのよ」


 私は、納品用の魔石入れを箱に入れて、急いで家を出たのだった。


 丁度その頃、魔石入れを応接間に忘れたマクシミリアン様が我が家へと引き返していたことを、このときの私は知らなかった――



【あとがき裏話】


オルテンシアの母「あら、マクシミリアン卿、お忘れ物ですか?」


マクシミリアン「はい。魔石入れを忘れてしまって……オルテンシア嬢は、どちらですか? …………えっ?! 外出した?!」


御者「マクシミリアン様、すぐに馬車をお出しします! ――あれ?」


マクシミリアン(猛ダッシュ)「まさか、騎士も付けずに外出するなど……オルテンシア嬢!!」


御者(馬車ァ……)

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