8話 三つ巴!?
「オルテンシア嬢!」
焦ったように店に飛び込んできたのは、マクシミリアン様だった。
私を見て、見開かれた青い瞳。
――だが、セヴラン様に掴まれた私の手首を見て、彼の眼差しは凍り付いたように鋭くなった。
「彼女から手を離せ」
恐ろしく低い声に、ゆっくりと離される手。
「マクシミリアン様……!」
私は言い争いを止めた二人の間をすり抜けると、マクシミリアン様に駆け寄った。
「……一体、何の真似ですか」
私を庇うように前に進み出たマクシミリアン様の低い声は、少しだけ震えていた。
「あなたは、確か……王都騎士団の第二師団長殿――ですね」
「……その娘と、どういう関係だ」
二人と、マクシミリアン様が向かい合う。
張り詰めた空気に、私はマクシミリアン様の後ろで見守ることしか出来なかった。
「彼女は私の大切な婚約者です。近付かないでください」
(マクシミリアン様……)
私たちはまだ正式に婚約式を行っていない。けれど、力強く発されたその言葉がとても嬉しかった。
「婚約者……? マクシミリアン卿、あなたが婚約したというお話は耳にしていませんが」
「……すぐに婚約式の予定です」
「それでは――まだ、正式な婚約はなされていない、そういうことですね」
薄く微笑んだエゼキエル様に、マクシミリアン様は拳を強く握り締めた。
けれど、まるで気にも留めないかのように、エゼキエル様は私を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
「オルテンシア様――と仰るのですね。貴女の祝福の力は、神殿にこそ必要です」
「異能は、魔導師団の管轄だ」
「何を勝手なことを……」
険しい顔で睨み付けるマクシミリアン様に一瞬だけ視線を送ると、エゼキエル様は私を真っ直ぐに見つめた。
「貴女の不思議な力は、女神の祝福に違いありません……我が神殿にこそ、おいでになるべきです」
(祝福? いったい、どういうことなの……)
「きゃあ! エゼキエル様よ!」
「こんなところでお目にかかれるなんて……」
「マクシミリアン卿もいるわ!」
若い女性たちの声に、私は顔を向けた。
いつの間にか、店の中には令嬢たちが次々と入ってきていた。
「……あの娘は、なんなの?」
低く囁かれた声に、白いボンネットで顔を隠すと、マクシミリアン様が私を隠すように前に立ってくれた。
「お嬢様方、エゼキエル様に近付かれませんよう、お願い致します」
どうしてこんな状況になってしまったのか、このときの私はまだ何も分かっていなかった――
◇
(これは、何かの夢なのかしら……)
私たちは四人でエゼキエル様の馬車に揺られていた。細部までが美しく作り込まれた、純白の美しい馬車だ。
「アンタがこんな馬車に乗ってきたせいで、散々な目に遭った」
「そう思って、少し離れた場所に停めていたのですが……令嬢たちに罪はありませんが、災難でしたね」
淡い笑みを浮かべるエゼキエル様を、セヴラン様は睨み付けた。皺になった黒いローブに、綺麗に編まれていたはずの紫色の髪は乱れている。
(エゼキエル様のお付きの方も、大変そうだったわね……)
令嬢たちが大勢集まったことで、店内を歩くことすら困難になりかけ、私たちは安全のためにお店を出ることになったのだ。
エゼキエル様には側近の方が、私はマクシミリアン様が庇ってくださって、無事にお店から出ることが出来た。そうして、押し合いへし合いになる令嬢たちに、セヴラン様は揉みくちゃにされたのだった。エゼキエル様の側近の方も、切り揃えられた黒髪がぼさぼさになっていた。
(店主さんは、大丈夫だったかしら……)
結局魔石入れは、八つだけの納品となってしまった。残りの二つは、目の前のエゼキエル様とセヴラン様がそれぞれ購入したのだ。
あの集まった令嬢たちが、売り上げに貢献してくれていたら良いのだが――
(でも……どこを見たら良いのか、わからないわ……)
私は俯くと、心の中でため息を吐いた。
向かいの席では、エゼキエル様が穏やかな笑みを浮かべて私を見ている。その隣には、しかめっ面のセヴラン様が静かに座っている。
そして、私の隣にはマクシミリアン様が腰を下ろしていた。
彼は背が高いこともあって、マントは少し皺になっているが、髪は少しも乱れていなかった。
(何だか、とても良い香りがするわ……)
鼓動がうるさい。
彼から樹木のような深く芳しい香りがして、私は思わず呼吸を浅くした。顔が真っ赤になってしまっていたら恥ずかしい。
「オルテンシア嬢、大丈夫ですか」
「ええ……マクシミリアン様、来てくださって、本当にありがとうございました」
そう言って見上げると、マクシミリアン様は嬉しそうに目を細めた。
「魔石入れを忘れたことは幸運でした。オルテンシア嬢を救うことが出来て、本当に良かった」
「それは聞き捨てなりませんね……まるで、私たちが悪漢のようだ」
「ふふふ」と微笑んだエゼキエル様の瞳が笑っていないように見えるのは、気のせいだろうか。
セヴラン様は眉を寄せたまま、私たちの様子を眺めている。
(王城に行ったら、話し合いは終わるのかしら……)
馬車が向かっているのは王城だ。彼らの話に決着はつかず、かといって大通りで話すわけにもいかない。故に、魔導師団の本拠地がある王城に場所を移すことになったのだった。
「それにしても……マクシミリアン卿、ひどい汗ですね。体調がお悪いのでは……私が回復をおかけしましょうか?」
「結構です」
マクシミリアン様はそう低く返すと、懐からすっと白いハンカチを出し、真顔でこめかみの汗を押さえた。
「しかし、婚約者とは……ベルフォート大公家が、平民の娘を受け入れるのか?」
マクシミリアン様と私を見比べたセヴラン様は、怪訝な顔をしている。
確かに、今の私はどう見ても貴族令嬢には見えないはずだ。
「オルテンシア嬢は――」
「オルテンシア様は、平民ではありませんよ。花の名を持つ女性は、この国では王家の血筋のみ……ローディア侯爵家の、ご令嬢ですね?」
「ええ……申し遅れました。オルテンシア・ローディアと申します」
エゼキエル様の言う通り、王家の血を引く私には“花の名”が付けられている。それは、王家のしきたりで定められているのだという。
フィオレンツァ王家の姫君が我が家に輿入れされたのは、もう七代も昔だというのに――
「王家の血筋だとは――それは……失礼を言った」
「いえ……どうかお気になさらないでくださいませ」
「オルテンシア様は、まさに紫陽花のような可憐な御方ですね」
エゼキエル様に淡く微笑まれ、私は「いえ……」とだけ返して、思わず顔を伏せた。社交辞令とはいえ、この装いで褒められるのは恥ずかしかった。
(マクシミリアン様……?)
膝の上で握られた彼の手が震えているのに気が付いた。
けれど、やけに静かになってしまった馬車の中で、声を掛けることは躊躇われた。
ガタゴトと、車輪の音だけが響いている。
そうして、私たちを乗せた馬車は王城へと走った――
【あとがき裏話】
馬車の中で――
マクシミリアン(オルテンシア嬢は、どんな装いでも花のように可憐だ……だが、この場で言うのは恥ずかしいな)
エゼキエル「オルテンシア様は、可憐な御方ですね」
マクシミリアン(わ、私が言おうと思っていたのに……!!)




