4話 ふたりの接点 〈二年前〉
二年前。オルテンシアが十六歳になったばかりの頃――
オルテンシアの二番目の兄のレナートは、新人の騎士として第二師団に配属されたばかりだった。
そして、当時第二師団の副師団長だったマクシミリアンは、新人騎士の入団後に行われる実技試験の担当官を担っていた。その成績によって、第二師団での配置が決まる大切な試験だ。
「レナート、お前は踏み込みが甘いようだ。遠慮せず打ち込め」
「はい! ありがとうございます!」
素直で真面目なレナートをマクシミリアンは好ましく思い、目をかけるようになっていった。
「レナート、その魔石入れはどこで買ったんだ?」
「ああ……これは、妹が作ってくれたんです」
汗を拭うレナートの胸元から覗く、ネックレスのように紐に繋がれた魔石入れ。妹の手製だというその品に、マクシミリアンの視線は釘付けだった。
(刺繍か……見事なものだな)
ローディア侯爵家の家紋の刺繍が施された翡翠色の魔石入れが、マクシミリアンには何故かひどく眩しく見えた。
大公家で育った彼には、赤子の頃から王家御用達の職人が作った最高級のものが与えられた。故に、家族が作ったという手作りの品の温かみに、無性に惹かれたのかもしれない。
「良いな……その魔石入れ」
「ありがとうございます」
レナートは社交辞令だと思って、笑って受け流した。誰にも羨ましがられたことなどなかったからだ。
けれど、その日から、彼は毎日のように上官から声を掛けられるようになった――
「レナート、おはよう。やはり、いつ見ても良い魔石入れだな……」
「レナート、今日も励んでいるか? ……実は、似たような魔石入れを探してみたが、見つけられなくてな……」
「なぁ、レナート。刺繍入りの魔石入れは、何処に行けば手に入るのだろうか?」
(その辺にうじゃうじゃいるご令嬢に頼んでくださいよ……!!)
第二師団の庁舎の近くには、容姿端麗で将来を嘱望された大公家の次男目当てに令嬢たちがよくうろついていた。
「何? またご令嬢方が集まっていると? ……わかった、私が行こう」
爵位もわからぬ貴族令嬢相手に何かあってはいけないため、彼女たちに声をかけるのは、いつもマクシミリアンの役目だった。
「きゃあっ!! マクシミリアン卿よ!」
「こちらへいらっしゃるわ!」
黄色い声を上げ、色めき立つ令嬢たちに目を留めると、マクシミリアンは表情も変えずに真っ直ぐに向かう。
「ここは、ご令嬢方が来られるような場所ではありません。何かあってはいけませんから、どうかお帰りください」
「マクシミリアン卿……あの、お帰りのお時間は……」
「私は宿舎で寝泊まりしております。お気になさらず、どうぞお帰りください」
以前、彼がうっかり帰る時間を告げた日、令嬢たちに待ち伏せをされたことがあった。彼は馬車を手配して令嬢たちを送り届け――それから彼は、宿舎で寝泊まりするようになった。
「よくもまぁ、次々集まるもんだよなぁ」
「モテる男も大変だよな」
団員たちは、庁舎の外をうろつく令嬢たちを、まるで檻の中の動物を眺めるように見ていた。
そして、中々話すことのできないマクシミリアン相手に、恋文を渡そうとする令嬢が現れ始めた。
「マクシミリアン卿、お手紙を書いてきましたの。どうか、お仕事の合間に読んでくださいませ」
「返事を書くことが出来ないので、受け取れません」
一度断ってからは、『今後も平等に接するべきだ』――と、彼は同じ文句でひたすら断り続けた。
それは、実際に仕事が忙しいことが理由だったが、令嬢たちは皆「相手にもされなかった」と落胆し涙に濡れた。
そして、マクシミリアンは、まさか彼女たちが渡そうとしていたのが『恋文』だなどとは露ほども思っていなかった。
「おい、聞いたか? 副師団長、今日で百人斬りしたらしいぜ」
「いったい、どんなご令嬢の恋文なら受け取るんだろうな」
そうして、団員たちに付けられた二つ名は『鉄壁のマクシミリアン』だった。
「レナート、ご苦労さま。魔石入れは――」
「わかりましたよ! わかりましたから! 妹に頼んでみますから」
「本当か!? 恩に着る!」
その週末、レナートは実家へと帰った。
「オルテンシア、頼みがあるんだけど……」
「レナートお兄様、改まってどうしたの?」
「……上官が、お前が作ってくれた魔石入れを気に入ったみたいでさ……贈り物にしたいんだ」
「まあ! 本当に? 刺繍は何が良い? 生地は、落ち着いた色が良いかしら……」
「まだ若い人なんだよ。刺繍や好きな色は今度聞いてくるから、頼むよ」
(とっても嬉しいわ! でも、丁寧に作らないと……)
オルテンシアは、自分の縫った魔石入れを求められたことが、純粋に嬉しかった。
「オルテンシア、聞いてきたよ。剣と盾の刺繍で、紺色が好きだって」
「わかったわ。張り切って作るわね」
オルテンシアは、兄と兄の上官のために丈夫な紺色の生地と銀色の刺繍糸を買いに行き、一針一針丹精込めて魔石入れを縫った。
(騎士様だから、きっと危険なこともたくさんあるわよね……どうか、この魔石入れが持ち主の方を守り、力になりますように――)
そうして、出来上がった魔石入れとオルテンシアから託されたメッセージカードを、レナートはマクシミリアンに渡した。
「……ありがとう。ずっと大切にするよ」
マクシミリアンは魔石入れを手にし、それは嬉しそうに笑った。
滅多に見ることのない彼の笑顔に、レナートや団員たちは見惚れた。
「レナート、妹さんにお礼がしたいんだが、何が好きだろうか? 年齢も教えて欲しい」
「妹は十六歳ですよ。……確か――小さい頃から薔薇が好きだって言ってましたね」
「成る程。教えてくれて感謝する」
その日、マクシミリアンはいつも以上に仕事に打ち込んだ。
「皆お疲れ様。私は少し出てくる」
昼食を抜いて出て行った彼に、団員たちは首を傾げた。
(薔薇――花束が良いだろうか……令嬢が、何を好むのか全くわからないな……)
街へ向かおうとした彼の瞳に、一人の令嬢の姿が映った。
「失礼、そこのご令嬢! 少し聞きたいことがあって――」
それから、街へ急いだマクシミリアンは、リボンが結ばれた白薔薇の花束と、可愛らしい包装の小箱を手に庁舎へと戻ってきた。
『ついに、鉄壁のマクシミリアンを射止めた乙女が現れた!』という噂が、第二師団を駆け巡った。
「レナート! これを妹さんに渡してほしい。これは、お礼の手紙だ」
「手紙まで……恐縮です」
「丁度、庁舎の近くにいたご令嬢に聞いて選んだんだ。妹さんに喜んでもらえると良いのだが……」
少し恥ずかしそうに笑みを零すマクシミリアンに、レナートは彼目当てだったであろう令嬢に同情した。
(花束に、小箱か……何が入ってるんだ?)
「まあ! これを私に? ……良い香り!」
レナートが持ち帰った白薔薇の花束の甘く澄んだ香りに、オルテンシアは嬉しそうに微笑んだ。
(お手紙まで……)
『素敵な魔石入れを作っていただき、本当にありがとうございます。ずっと大切にします。ささやかですが、お礼の品を贈ります。気に入ってもらえると嬉しいです』
(喜んでもらえて良かったわ……)
女性に手紙を書いたことなどなかったマクシミリアンは、急いでいたこともあって、宛名も自分の名も書き忘れていた。
だが、オルテンシアはそんなことが気にならないほどに嬉しかった。
「まあ! 素敵な髪飾り!」
小箱の中で煌めいた白薔薇の髪飾りに、オルテンシアは目を輝かせた。白い宝石に金細工が施された髪飾りは、見るからに高価そうな品だった。
(副師団長……これ、恋人や婚約者に贈るやつですよ……)
レナートはその言葉を呑み込んで、オルテンシアが喜んでいたことだけをマクシミリアンに伝えた。
「そうか、喜んでくれたか……ありがとう、レナート。魔石入れをとても気に入って、大切に使っていると妹さんに伝えてほしい」
魔石入れを大切そうに握るマクシミリアンに、レナートは嬉しそうに笑った。
そして、マクシミリアンは、魔石入れを左胸にある内ポケットに入れて持ち歩くようになった。
【あとがき裏話】
騎士A「なぁ……副師団長を射止めたご令嬢って、結局誰なんだ?」
騎士B「さぁ……あれから、特に動きないよな?」
騎士C「だって、白薔薇の花束だぜ? ……まさか――振られたのか?」
マクシミリアン「皆、ご苦労だった」
騎士たち「「お疲れ様です!!」」(……触れないでおこう)




