3話 新たな縁談
私が「縁談を受ける」と両親に告げた翌々日の午後に、その人は我が家を訪れた。
「はじめまして。マクシミリアン・ド・ベルフォートと申します」
「はじめまして、オルテンシア・ローディアですわ」
私がそう言ってカーテシーをすると、マクシミリアン卿はどこか眩しそうに目を細めた。
「オルテンシア嬢……本日は、お会いできて光栄です」
「わたくしの方こそ……大変恐縮ですわ」
「どうぞ楽になさってください」
応接間に響くのは、低く落ち着いた声。
マクシミリアン卿は、凛々しく端正な顔立ちの長身の騎士だった。
一見すらりとしながらも、近くで見ればわかる胸板の逞しさに、私は思わず視線を伏せる。
(とても素敵な方だわ……)
短めに整えられた艶のある黒髪に、深海のような青い瞳。まるで彫像のように、その表情はどこか硬い。
兄の上官であるという方を前にして、私も父も少し緊張していた。普段通りにこやかにしているのは母くらいだ。
「本日は、オルテンシア嬢に婚約を申し込むために参りました。どうか、何卒、前向きにご検討いただきたく……」
そう言って、深々と頭を下げたマクシミリアン卿。
レナート兄様が何かを堪えるような変な顔をしているが、気付かないふりをした。
「オルテンシアを望んでくださるのなら、私共に異論はございませんわ。後は、娘とゆっくりお話でもしていただけましたら……」
笑顔の母とその少し後方に控えた父に、マクシミリアン卿は「ありがとうございます!」と深々と腰を折った。
(二人きりだと、緊張してしまうわね)
「レナート――いえ、お兄さんから、お話はお聞きでしょうか」
「ええ、少しだけ……兄がいつもお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのは、私の方です」
レナート兄様は、王都騎士団の第二師団に勤めている。
第二師団は、二千人を超える騎士で構成された、王都や王都近郊の治安を守る緊急実戦部隊だ。マクシミリアン卿は、二十七歳という若さで、その第二師団の師団長を務めているそうだ。
更に、彼の家名であるベルフォート大公家と言えば、この王国では知らぬ者は居ない名家だった。
(どうして、こんなに立派な方がわたくしなんかを……)
我が家は、名ばかりの貧乏侯爵家だ。
だが、昔からそうだったわけではない。古くから王家に仕えてきた我が家には、七代ほど前にフィオレンツァ王国の王女が降嫁した歴史がある。
故に、王国内では名の知られた名門貴族家として名を連ねていた。
しかし、五年前に父が親戚の多額な借金を肩代わりし、侯爵家が財政難に陥った。運の悪いことに、そのタイミングで領地が不作に見舞われてしまったのだ。
侯爵家の財政は火の車だと言うのに、父は私財を投げ打って領民たちの命と生活を保障した。そのことについては、私や家族も父を尊敬している。
その後、父や嫡男である長兄の手腕で年々少しずつ持ち直してきてはいるものの、侯爵家が火の車であることに変わりはなかった。
『血筋だけは良い貧乏侯爵家』――我が家が密かにそう呼ばれているのを、私は知っていた。
「オルテンシア嬢、その……ご趣味を伺っても?」
「……その……縫い物や、刺繍を少しだけ……」
「素敵なご趣味ですね」
そっと視線を上げると、柔らかに微笑む彼がこちらを見つめていた。
少し不安だった胸の奥が、ふわりとした温かさに包まれる。
「ありがとうございます……マクシミリアン卿のご趣味はなんですか?」
私の質問に、彼は少しだけ口籠ると静かに口を開いた。
「……仕事です」
「……そうなのですね」
「他には……」と聞こうかと思ったがやめた。
会話が途切れてしまい、少しだけ気まずい。
「オルテンシア嬢……その、何か――おすすめの趣味はありますか……?」
「ええと……」
(男性の趣味は、よくわからないけれど――)
「……兄たちは、乗馬やチェスが好きなようですわ」
「成る程……でしたら、乗馬は趣味かもしれません」
思わず小さく笑うと、彼の切れ長の青い瞳は柔らかく細められた。
「オルテンシア嬢……その……」
「はい」
「オルテンシア嬢……どうか、私と婚約していただけないでしょうか」
ドクン、と心臓が大きく鳴った。
マクシミリアン卿の真っ直ぐな青い瞳に、何故か少しだけ息苦しくなる。
彼は王家の縁戚である大公家の次男で、将来を嘱望されるどころか若くして師団長まで登り詰めた超が付くエリートだ。おまけにこの容姿とくれば、年頃の令嬢たちが放って置くわけがない。
何故、こんなにも立派で素敵な男性が私を望むのか――全く理解出来なかった。
「……どうして……わたくしとの婚約を……?」
「それは……」
マクシミリアン卿はほんの少しだけはにかんだように淡く微笑むと、視線を落としたままで襟元に指をかけた。
(いったい、何をなさるの……?!)
彼の長い指で騎士の正装のボタンがゆっくりと外されていく様子に、私は慌てて目を覆った。
「オルテンシア嬢、これをご覧ください」
恐る恐る目を開けると、彼の大きな掌の上には、見覚えのある濃紺の魔石入れがあった。
この国の貴族の――特に男性は、有事のために魔石を持ち歩く者が多い。騎士であれば、戦闘に備えて肌身離さず持つのが常だった。
「それは……もしかして、わたくしが作った……」
「はい。以前レナートに無理を言って、貴女に作っていただいたものです」
彼の手にある紺地の魔石入れには、銀色の剣と盾の刺繍が煌めいている。その輝きは、大切に使われている証だった。
私は、よく覚えていた。
二年ほど前に、兄に頼まれて魔石入れをひとつ作ったことを――
【あとがき裏話】
二人が話しているとき、扉の向こうでは――
父(オルテンシアは大丈夫だろうか……)
レナート(父上! 押さないでくださいよ!!)
母「……あなたたち、何してるの?」
父&レナート(ヒィッ!!)




