25話 デート
清々しい朝を迎えた第二師団の執務室。出勤してきた騎士たちの視線は、マクシミリアンへと向けられていた。
「師団長、おはようございます」
「…………」
「師団長? おはようございます」
「っ……! おはよう。実に良い朝だな」
(服はこれで大丈夫だっただろうか……シアに、好みを聞いておくべきだった)
マクシミリアンの頭の中は、午後からのオルテンシアとの約束のことで一杯だった。
傍らの大きな鞄には、昨夜ルシアンに選んでもらった私服が一式入っている。
「師団長……確か今日は午後休だったよな」
一人の騎士が囁き、しきりに前髪を気にしているマクシミリアンへと再び視線を向ける。
「……おかしいだろうか? ……少し、前髪を分けてみたんだ」
(普段との違いが全くわからねぇ……)
前髪に触れながら少し恥ずかしそうにしているマクシミリアンに、騎士たちは「とてもよくお似合いですよ」「めちゃくちゃ男前です!」と口々に返した。
(デートか……)
(デートだな)
(中坊みてえ……)
騎士たちの生暖かい視線に気付くこともなく、マクシミリアンは懐に仕舞っている魔石入れにそっと触れる。
そうして、皆が席について少しした頃、始業の時間を知らせる庁舎の鐘が鳴った。
「それでは、今日も宜しく頼む」
さっきとは別人になったかのように、マクシミリアンは執務机へと向かった。
全ては、午後からオルテンシアに会うため――彼は、いつも以上に執務に励んだ。
◇
正午過ぎ。大通りの時計塔の下に、背の高い黒髪の男性の後ろ姿を見つけると、私は駆け寄った。
「マクス様!」
「シア、お疲れ様です」
振り返った彼の姿に、私は思わず立ち止まった。『お待たせしてしまって、ごめんなさい』――言おうと思っていたその言葉は、すっかりどこかへ消えてしまった。
(素敵だわ……)
普段とは違う雰囲気に、見惚れてしまう。
いつもの騎士の装いとは違い、彼はブルーグレーのシャツに紺色のジャケットを羽織っていた。前髪も、いつもと少し違う気がする。
きちんとした装いのはずなのに、隙のない詰襟の騎士服ばかり見てきたせいで、少しだけ覗く首元に鼓動は騒いだ。
けれど、通りを歩く女性たちが皆彼を振り返っているのに気付いて、私は何とも言えない気持ちになった。
「シア? ……その、似合っていませんか?」
「いえ! とても素敵ですわ。……でも、少し、不安になってしまって……」
不思議そうに見開かれた青い瞳に、私はほんの少しだけ俯く。
「他の女性たちも……皆、マクス様を見ているんですもの」
マクス様の婚約者は私だ。
彼の紺色の袖を小さく握ると、彼の耳が淡く染まった。
「可愛いシア……私の目に映るのは、あなただけだ」
落とされた甘い囁きに、私の心臓は大きく鳴った。ふわりと鼻先をくすぐる芳しい香りに、鼓動は落ち着くことをすっかり忘れたようだった。
すぐ傍を、第二師団の騎士たちが連れ立って通り過ぎたことに、私たちは気付いていなかった。
◇
「今日は、買いたいものがありますの」
大通りにある、洋裁店『テゾーロ』。このお店は、私がよく通っている生地屋の店主さんから教えてもらった新しいお店だった。
赤ちゃんや子供向けの生地や素材の品揃えが良いそうで、店内にはお腹の大きな女性や夫婦らしきお客さんが目につく。
「いらっしゃいませ」
店員さんに尋ねて、赤ちゃん用の生地の売り場に向かうと、そこにはパステルカラーの可愛らしい柄やモチーフの生地が所狭しと並んでいた。
「兄上の赤ちゃんに……?」
「ええ。ささやかですが、お祝いがしたくて……アレクシス様とフェリーチェ様は喜んでくださるでしょうか」
「きっと喜ぶはずです。何を作るんですか?」
「迷ったのですが、スタイとガーゼのぬいぐるみにしようと思っていますの。スタイは白と水色にして、赤ちゃんが生まれてから刺繍を入れようと思っているのです。女の子ならお花、男の子なら……何が良いでしょうか?」
「……星はどうでしょうか」
「素敵ですわ! もし男の子なら、星の刺繍にします」
穏やかな眼差しで話を聞いてくれるマクス様は、売り場にあった小さな籠を取ってくれた。彼が手にする籠に、選んだ白い生地を入れる。
(ウサギにクマ……どちらが良いかしら)
赤ちゃん用の小さなぬいぐるみの型紙は、様々な種類があった。
迷った末に、私はウサギの型紙を手にした。生地は白にして、女の子なら花柄のリボンを着けて、男の子ならチェック柄の蝶ネクタイを着ければ良い。
「シア、それにするのですか?」
「ええ、これに決めましたわ」
マクス様が籠にぬいぐるみの型紙を入れ、私たちは会計へと向かった。
私たちと籠の中身を見て、店員の女性がふわりと微笑んだ。
「おめでとうございます。いつ頃のご予定ですか?」
「夏に産まれますの」
「えっ?」
「?」
目を丸くした店員さんの視線が私の腹部へと落ち、私は慌ててブンブンと両手を振った。
「あっ、あの! わたくしではなくて、義理の姉の出産祝いなのです!」
「そうなのですね。おめでとうございます。楽しみですね」
「はい!」
(まさか、わたくしの、赤ちゃんだなんて……!)
まだ結婚式も済ませていないというのに――
恥ずかしくてたまらなくて、彼の顔も見られなかった。私は会計を済ませると、早歩きでお店を出た。
(頬が熱いわ……)
けれど、彼の顔が私よりも赤くなっていたことに、私は気づかなかった。
そうして、私たちは黙ったままでしばらく大通りを散策した。
しばらく歩いて風に当たっていると、少しずつ頬の熱も落ち着いてきた。
「シア……食べたいものはありますか?」
「……胸がいっぱいで、浮かびませんの」
「……では、カフェでゆっくりしませんか」
マクス様が連れて行ってくれたのは、令嬢たちに人気のケーキ店のカフェだった。前に王城に寝泊まりしていた頃、この店の焼き菓子を差し入れてもらったことを思い出す。
お洒落な外観に可愛らしい内装。このお店で彼が焼き菓子を買ってくれたのかと思うと、胸が少しくすぐったくなった。
「こちらのお席にどうぞ」
可愛らしい制服を着た店員さんに案内されたのは、テラス席だった。他にお客さんの姿はなく、私たちだけだ。
店内の席は令嬢たちで溢れかえっていて、視線が気になったため、この席で良かったと少しホッとした。
「シアは何にしますか?」
「ええと……わたくしは、フルーツサンドとフルーツティーのセットにしますわ」
「すみません! フルーツサンドとフルーツティーのセットを二つお願いします」
(マクス様も、同じものを……?)
私の視線に気づいて、彼は少しだけはにかんだ。
「私もサンドイッチが好きなんです」
微笑んだマクス様に、胸が少しだけ締め付けられた。可愛いと思ってしまったのだ。
そのうち、彼に手作りのサンドイッチを――と思ったけれど、一流の食事で育ったであろう彼の口には合わないのではないか……。
「シア? 考えごとですか?」
「いえ、手作りのサンドイッチを……と思ったのですが、マクス様のお口には合わないかと思って……」
「合います!!」
「えっ?」
急に前のめりに立ち上がったマクス様に目を丸くしていると、「大声を出してすみません」と彼は頬を染めて座り直した。
「その……シアが作ったものなら、何でも食べます」
「でも……失敗するかもしれませんわ」
「構いません。黒焦げだとしても食べます」
(黒焦げ……)
五年前ほど前、マクス様が副師団長になる前のこと。王都近郊で十日間に及ぶ実戦訓練を行った際に、張り切って火力を強くしすぎて食料の肉をすべて黒焦げにしてしまい、責任を取って彼がすべて食べることになったそうだ。
他の団員たちには新たに仕留めた魔獣の肉を渡し、黒焦げの肉は数日掛けて彼が食べたとか――
「とても恥ずかしい話ですが、今では良い思い出です」
想像して思わず笑ってしまった私に、彼は照れ臭そうに目を細めた。
「シア……ありがとうございます」
首を傾げた私に、彼は柔らかく目を細めた。
「前にこの店に来たとき、いつかシアと一緒に来たいと思っていたんです……今日、こうして連れてくることができて良かった」
僅かにはにかんだ彼の顔から、目が離せない。
「お礼を言うのは、わたくしの方ですわ。……マクス様、ありがとうございます」
深海のような瞳が、夕陽を受けて煌めいている。
きっと、この日を――この彼の微笑んだ顔をずっと忘れないだろう。私はそう思った。
【あとがき裏話】
騎士A「いや〜、昼はすごいもん見ちゃったな」
騎士B「そんなにすごかったのか?」
騎士C「あれは、白薔薇姫に骨抜かれまくってるわ」
その頃のマクシミリアン「――っくしゅん!」
オルテンシア「マクス様、大丈夫ですの?」
マクシミリアン「……はい、大丈夫です」
――第二師団での新たな二つ名『骨抜き白ウサギ』




