23話 魔塔への納品
フィオレンツァ王国の王城を、午後の日差しが照らしていた。
春の風が、レースのカーテンを柔らかく揺らしている。
魔塔へ納品に向かうことになった私の前に現れたのは、マクス様だった。今日はレナート兄様に代わって、護衛騎士を務めてくださるそうだ。
「シア……」
扉の向こうから現れたマクス様は、私の姿を見るなり立ち尽くした。
見開かれた青い瞳に、少し恥ずかしくなった私は下ろした長い髪をそっと撫でつける。髪は、編むか迷った末に下ろすことに決めたのだ。彼が、「美しい」と褒めてくれたから――
(どこか、おかしいかしら……)
私は、ボンネの脇に留めた白薔薇の髪飾りにそっと触れた。
マルゲリータ王女殿下の絵を参考に縫い上げたドレスとボンネは、自分でもなかなかの出来栄えだと思える仕上がりだが、彼は私を見つめるばかりで何も口にはしなかった。
「……マクス様?」
「その……シアが、あまりに可憐で、綺麗で……言葉が見つからなくて……」
淡く染まった頬。視線を逸らすように少しだけ伏せられた睫毛に、私の頬も熱くなった。
「コホン……師団長、遅れますよー」
咳払いをしたレナート兄様に、マクス様は少し気恥ずかしそうに居住まいを正した。
「……それでは、行きましょうか」
「ええ」
レナート兄様は私たちを見送ってから、庁舎へと戻るそうだ。
私たちは王家の馬車に乗ると、敷地内の端にある魔塔へと向かった。
◇
「でも、まさかマクス様が来てくださるなんて……」
「魔塔や大神殿に行くときには、私が護衛を務めます」
「ありがとうございます。とても嬉しいですわ」
ふわりと目元を緩めたマクス様はじっと私を見つめてから、視線を逸らすように窓の外を眺めた。
マクス様が庁舎を空けるときは、副師団長がマクス様の代理を務めることになったそうだ。
「さぁ、着きました。行きましょう」
(ここが魔塔……まるで、おとぎ話の塔のようだわ)
魔塔は、想像していた暗い雰囲気など微塵も感じさせない、美しい塔だった。
淡い灰色の煉瓦が積まれた塔の天辺には、フィオレンツァ王国の赤い国旗と魔導師団の紫色の旗が靡いている。
眺めていると、黒いローブを翻して、セヴラン様が出てきた。
「やあ! 来てくれたんだな」
「セヴラン様、お待たせいたしました。魔石入れの納品に参りましたの。とりあえずは、これで最後になりますから、ご挨拶に……」
そのとき、近付いてきたセヴラン様を遮るように、マクス様が立ちはだかった。
「何のつもりだ。聖女様に伝えたいことがあるのに」
「私を通してお話ください」
「……話にならないな」
張り詰めた空気に戸惑っていると、魔塔から職員の方が数名出てきてくれた。
セヴラン様とマクス様の張り詰めた空気はまだ和らいではいないが、私たちは魔塔の研究室へ向かうことになった。研究室では、さまざまな薬剤の研究と開発をしているそうだ。
私たちが研究室に入ると、黒いローブを纏った研究室の職員たちが集まってきた。
「聖女様、ご覧ください! 回復薬だけでなく、魔力回復薬や解毒薬の効能も三倍になることが確認されたんです!」
「まあ、そうなのですか!」
嬉しそうに笑う研究室の職員たちから、私は魔力回復薬の薬瓶を受け取った。小さな小瓶にはトロリとした紫がかった液体が入っている。
「聖女様! 私は、この魔石入れのおかげで、よく眠れるようになりました!」
「えっ?」
思わず振り返ると、どこから集まったのか大勢の職員たちが立っていた。研究室の扉は空いていて、続々と職員が入ってきている。
私を守るように立ち塞がったマクス様に、ハッと目を見開いた彼らは足を止め、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「聖女様、自分も頭痛がなくなりました!」
「私は長年悩んでいた肩こりが消えたんです。聖女様、ありがとうございます!」
笑顔の職員たちの胸には、前に送っていた黒い魔石入れが揺れている。
大切そうに魔石入れを握る姿に、私も胸が温かくなった。
(頑張った甲斐があったわ……喜んでもらえて本当に良かった)
「聖女様、これが効能が三倍になった回復薬だ」
セヴラン様が差した棚には、小さな薬瓶がずらりと並んでいた。
この研究室で調合を繰り返し調べた結果、回復薬系統の薬の効果が全て三倍になることが確認され、下級の薬剤は存在しなくなったそうだ。
「これで、下級回復薬しか買えなかった人たちにも、良質な回復薬を届けることができる」
「騎士や、病などで弱っている人たちのために、栄養剤の開発を始めました。聖女様のおかげで、きっと素晴らしいものが作れるはずです」
「そんな……わたくしは何もしていませんわ」
「全ては君のおかげだ。我ら魔導師一同、聖女様に心からの敬意と感謝を」
セヴラン様の言葉に合わせて、職員の方たちは左胸に手を当てて深く頭を下げた。
「お顔を上げてください! 回復薬をお作りになっているのは、皆様方ですわ。……ですが、わたくしの力が少しでも役に立っているのなら、心より嬉しく思います」
柔らかに笑みを浮かべたセヴラン様たちは、再び頭を下げた。
目を細めて微笑むマクス様に、私はそっと笑い返した。




