22話 聖女として
「テニーちゃん、久しぶりだね! 大丈夫だったかい?」
「店主さん、ご無沙汰してしまって、すみません……」
私は『妖精の巣箱』を訪れていた。魔石入れの一件で慌ただしくお店を出たまま、なかなか来ることができず気になっていたのだ。
手紙で魔石入れの納品ができなくなったことを伝えていたが、お世話になっていた店主さんには、直接会って話したかった。
目立たないよう薄茶の質素なローブを着ている私に、店主さんは何も聞かなかった。
「魔石入れの件は……せっかくだったのに、本当にごめんなさい」
「気にしなくて良いんだよ、テニーちゃん。またいつか、納品してもらえる日が来ると嬉しいねぇ」
「店主さん……」
笑ってくれた店主さんに、鼻の奥がツンとした。
そのとき、店主さんの傍らにある水晶の吊るし飾りがキラリと揺れた。窓から差し込む日差しを受け、神秘的な輝きをあたりに散らしている。
(綺麗……何の飾りかしら)
「……これはね、息子夫婦がお土産にくれたんだ。セレスティア王国の聖女様のお守りだよ」
「お守り……とても綺麗ですね」
隣国のセレスティア王国は、聖女のいる国だ。傷や病を癒す力を持つ聖女が数名いて、第二王女が筆頭聖女なのだと耳にしたことがある。
「わざわざ並んで買ってくれたそうだよ」
「そんなにも人気なんですね」
「傷や病を治したくても、聖女様には中々お目にかかれないそうでね……その代わりに、このお守りが売られているそうだ」
「といっても……効果は、よくわからないんだけどね」と笑った店主さんは、キラキラと揺れる水晶を目を細めて見つめている。
(お守り……魔石入れ以外で、わたくしにも何か作れないかしら……)
私の力は、傷や病を癒すものではないのかもしれない。“痛み”が消えたという話は耳にしても、具体的な傷や病が消えたという話はまだ一度もないからだ。
けれど、少しでも誰かの役に立つのなら――いや、役に立てることを私もしたい。そう思った。
そうやって考え込んでいると、店主さんはふわりと微笑んだ。
「悩みごとかい?」
「いえ……少し……その、やってみたいことがあって」
おずおずと口にした私に、店主さんは眩しそうに笑った。
「応援してるよ! テニーちゃん、いつでもおいで。元気に頑張るんだよ」
「はい、ありがとうございます。店主さんもどうぞお体にお気をつけて」
店主さんに頭を下げると、私はお店を後にした。
柔らかなベルの音と共に外に出ると、そこにはマクス様が立っていた。
「もう、良いのですか?」
「ええ。マクス様、ありがとうございます」
マクス様は、私の素性が知れてはいけないと、こうして外で待機してくれていた。
柔らかな彼の表情に、私は微笑みかける。
けれど、胸の奥はどこかざわめいている。店主さんから聞いた“隣国の聖女”の話が耳を離れなかった。
(わたくしって、『聖女』らしくないわよね……)
薄茶色のローブの下には、ブルーのドレスを着ている。聖女のお仕事でいただいた初任給で買ったものだ。
「シア……どうかしましたか?」
「いえ……わたくしも、もう少し聖女らしい装いをした方が良いかと思って……」
王城で働くようになってからドレスを数着揃え、前と違って衣服には困らなくなっていた。けれど、どのドレスも『聖女』という肩書きには合わないような気がしていたのだ。
「マクス様は、隣国の聖女様とお会いされたことはありますか?」
「式典で見かけたことはありますが」
マクス様が式典で見かけたという聖女は、セレスティア王国の第二王女かもしれない。聞けば、その聖女は純白の衣を纏っていたそうだ。
(国王陛下に、せっかくいただいた立ち場ですもの……わたくしも、もう少しきちんとしたいわ)
そう思った私は、早速国王陛下に相談して、聖女用のドレスを縫うことにした。
◇
「シア、どうぞ」
「ありがとうございます」
王城の蔵書室には、本棚が果てしなく続いていた。マクス様が取ってくれた本を抱えると、私は窓辺のテーブルへと向かう。
『聖女』に纏わる数冊の文献をテーブルに置くと、私は椅子へと腰を下ろした。聖女としてのドレスを縫うために、参考にできる資料を探すためだ。
少し色の褪せた茶色の装丁には金の縁取りが施され、窓辺から差し込む光に煌めいている。
そっとページを捲ると、僅かに黄ばんだ紙には、様々な聖女に関する話や挿絵が載っていた。
(これは、セレスティア王国の聖女ね……次は――)
『フィオレンツァ王国王女マルゲリータ』――記されたその名に、私は視線を留めた。
そこには、私と同じ『女神の加護』を持っていたという三代前の王女の肖像画が描かれていた。
(マルゲリータ王女殿下も『聖女』と呼ばれておいでだったのね……)
袖口の締まった白い衣を纏うセレスティアの聖女たちとは違い、マルゲリータ王女は袖口とドレスの裾が広がったAラインの白いドレスを纏っていた。美しく編まれた頭には、カチューシャのように白いボンネを載せている。
(このボンネ、縁取りはレースかしら……ベルスリーブがとても素敵だわ)
飾り気がないのに、どこか可憐で上品――それでいて、神秘的な雰囲気を纏う美しいドレス。
私は、その肖像画を食い入るように見つめた。
「シアの髪は、とても美しいですね……まるで、眠り姫のようだ」
突然に落ちた囁くような彼の声音に、私は顔を上げた。
「……眠り姫?」
マクス様の方を向くと、彼は懐かしむように目を柔らかく細めた。
「子供の頃に、母がよく読んでくれたんです」
「まあ……わたくしも好きなお話ですわ。でも、不思議ですわよね。口づけで、呪いが解けるだなんて……」
そう返すと、一瞬だけ固まった彼の顔は途端に赤く染まった。
「「…………」」
交わった視線。
彼の整った唇が目に入り、私は息をするのも忘れそうだった。
私たちは、司書から声がかかるまで、言葉を交わすこともできなかった。
◇
その日の晩、陛下から賜った白無地の生地を使って、早速聖女用のドレスを作り始めた。
まずはデザイン画を描く。デコルテは肌を出さないようにスタンドカラーのデザインにして、袖はマルゲリータ王女殿下のドレスと同じベルスリーブ。動きやすさを考えて、胸下で切り替えのあるシンプルなエンパイアラインのドレスにした。
早速ドレスの型紙を作り、生地を切っていく。少しだけ光沢とハリ感のあるしなやかな生地は、とても滑らかな手触りで、見た目に反してしっかりとしていた。
(マルゲリータ王女殿下は、どのような御方だったのかしら……)
聖女に纏わる文献に載るくらいだから、きっと素晴らしい力をお持ちだったに違いない。
私はそんなことを考えながら、切った布地を縫い合わせていった。
(ボンネが、とても素敵だったのよね……)
王女殿下の肖像画を思い出しながら、楕円形に生地を切っていく。厚手の接着芯にキルト芯を重ねてふっくらとした柔らかさを出し、縫い合わせていく。あっという間に、シンプルなボンネが出来上がった。
「わたくしも、頑張らないと……」
けれど、いくら張り切ったところで、自分にできることには限界があることを私は痛感していた。
私には、セレスティアの聖女たちのように、手を翳して神聖な光を放ち、傷や病を癒す力はない。何度祈っても念じても、何も起きはしなかったのだ。
私は、暗くなった窓の外を見つめた。
魔導師団へ納品する魔石入れは、もうすぐ全て完成する。
完成したら魔石入れを彼らの拠点である魔塔へ納品し、国王陛下の指示を仰ぐ。今はただ、この国の聖女として与えられた責務を果たすしかない。
私は、自分の手のひらを見つめた。
『聖女』と呼ばれ称えられるには、自分でもあまりに地味な力だと思う。けれど、微力だって良い。少しでも誰かの力になれるのなら――
(オルテンシア……大丈夫。一歩ずつ進めば良いのよ)
私は、完成したばかりの白いボンネをそっと撫でた。
【あとがき裏話】
マクシミリアン「ただいま帰りました」
ロザリア「お帰りなさい、マクス。ほら、懐かしい絵本を出してきたのよ。アレクシスとフェリーチェさんの赤ちゃんにと思って」
ルシアン「マクス兄様、これが好きだったでしょう?」
(『眠り姫』を渡される)
マクシミリアン「……!!」
大公「マクシミリアン、熱でもあるのか?」




