21話 婚約式
澄んだ青空が広がる春の日、ベルフォート大公家の邸にある聖堂で私とマクス様の婚約式は執り行われた。参列者は、両家の両親と家族のみだ。
傍らには、騎士の正装姿のマクス様が背筋を伸ばして立っている。
私は今日のために用意した青いドレスの裾をそっと整え、高鳴る胸を落ち着かせるようにそっと息を吐いた。
「……頭をお下げください」
女性の神官の声で、私たちは揃って頭を垂れた。
神官が女神フローリアを表す白い花に聖水を纏わせ、それが祭壇に置かれた白薔薇の花冠と私たちの頭上に振るわれる。
どこかひんやりとした、澄んだ空気が私たちを包み込んだ。
「マクシミリアン・ド・ベルディア、オルテンシア・ローディア。お二方の尊いご縁に、女神フローリア様の永遠の祝福を」
(ベルディア……?)
彼の姓が違って聞こえたのは気のせいだろうか――
女性神官の手によって、白薔薇の花冠は白いクッションの敷かれた白木の箱へとそっと納められた。
「いやあ、めでたい! マクシミリアン、オルテンシア嬢、おめでとう! これで正式に婚約の発表が出来るな」
マクス様のお父様であるベルフォート大公殿下は柔らかく目元を緩めた。髭を蓄えた厳しい面立ちから、気難しい御方かもしれないと少し緊張していたけれど、笑った顔を見ていると随分朗らかな方のように感じた。
両親の傍らでは、レナート兄様と今日のために領地から駆け付けてくれたエリオ兄様が目を細めて私を見ている。
両家の家族たちの温かな拍手に包まれ、私たちは顔を見合わせ微笑みあった。
「シア……結婚式が待ち遠しいです」
「マクス様……」
ほんのりと頬を染めてはにかんだマクス様に微笑み返す。
私の父は緊張している様子で、母は変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
マクス様のご家族は柔らかに微笑み、皆が祝福してくれているのだと感じられた。
そのとき、静寂を破るように、べルフォート大公がゴホンと咳払いをした。
「マクシミリアン、報告があるのではないか」
大公の低い声に、はっと目を見開いたマクス様は慌てたように私に向き直り胸に手を当てた。
「シア、大切なご報告があります。実はこの度、国王陛下から侯爵位を賜りまして――それに伴い、私の姓は『ベルディア』となりました」
「ベルディア……とても素敵な姓ですわね」
「私の実家のベルフォートと、シアの姓のローディアを合わせました。シアにも、気に入ってもらえると良いのですが」
ふわりと微笑んだマクス様に、私の顔は一瞬で熱くなった。
まさか、私たちの家名を合わせた姓だなんて、言われるまで気付かなかったのだ。
「……シア?」
「ありがとうございます、マクス様。……とても嬉しいですわ」
そう返すと、彼は嬉しそうに目元を緩めた。
(“オルテンシア・ベルディア”……)
彼と結婚すれば、ベルディアの姓を名乗ることになる。
ほんの少しだけ恥ずかしいけれど、彼の真っ直ぐな気持ちを感じ、結婚に向けて新たに踏み出せたことが何より嬉しかった。
「さぁ、庭園をご案内致しますわ。今日はぜひ、当家でゆっくりお過ごしくださいましね」
「ありがとうございます」
マクス様のお母様であるロザリア様は、大公夫人にして、国王陛下の姉君にあたられる御方だ。彼女の案内で、私たちは美しい庭園を抜けて本邸へと足を進めた。
◇
「まあ、それはおめでたいことですわね!」
「夏に産まれる予定ですのよ」
嬉しそうに笑んだロザリア様。
マクス様のお兄様であるアレクシス様の奥さんのフェリーチェ様がご懐妊されていて、今は里帰り中だそうだ。夏に赤ちゃんが産まれると聞いて、私まで幸せな気持ちに包まれた。
「無事に産まれたら、ご連絡致しますわ」
赤ちゃんが無事に産まれたら、何かお祝いをしたい。肌着やお洋服やスタイ――ぬいぐるみも良いかもしれない。生まれたての赤ちゃんに使える、柔らかで可愛らしい生地を探そう。私の頭の中は、そのことで一杯になった。
「チェックメイト」
マクス様の低い声に、私は顔を向けた。
男性陣はチェスに興じているようだ。
父と兄たちは、まだ緊張が解けていない様子で、背筋をピンと伸ばしたままソファに腰を下ろしている。
涼しい顔のマクス様に、チェス盤を挟んだ向かいに座るベルフォート大公は、納得できないといった表情で前のめりに盤上を睨んでいる。
「マクシミリアン、もう一度だ!」
「父様、もう諦めなよ……マクス兄様も少しは手加減してあげて」
「手を抜くなど、父上に失礼だろう」
「そうだ! 私に手心など必要ないぞ!」
目を閉じてため息を零したルシアン様に、アレクシス様は小さく笑っている。
お父様と兄様たちが真顔でその様子を見守っているのに気付いて、思わず笑いそうになるのを堪えた。
「マクス、オルテンシア嬢に庭園を案内して差し上げたら良いのでは。ちょうど薔薇が見頃だろう」
アレクシス様の声にガタリと立ち上がったマクス様と目が合って、私は思わずはにかんだ。
「シア、庭園に行きませんか」
「ええ、ぜひ」
お母様とロザリア様が浮かべた笑みに気付かないふりをして、私はマクス様へと歩み寄った。
庭園へと向かうと、そこには見事な薔薇園が広がっていた。
赤やピンクや白、様々な品種の薔薇が春の日差しを浴びて咲き誇っていた。
「まあ、可愛らしい薔薇……」
ベンチの周りを彩るように咲いた小さな薔薇に腰を落とすと、マクス様も私の傍らに跪いた。
「……シアの方が……ずっと、可憐です」
ほんの少しだけ甘さを滲ませた低い声に、私は顔も向けられなかった。
「……シア?」
不安げに覗き込んできたマクス様と視線が合い、心臓が大きく跳ねた。心臓の音が耳まで届きそうだ。
彫刻のように整った顔は少しだけ不安げで、青い瞳が微かに揺れている。
「嫌、でしたか……?」
ぶんぶんと首を振った私に、彼は安堵したように切れ長の目元を和らげた。
「……少し、照れてしまいましたの」
そう小さく返すと、マクス様は私の手をそっと握った。
「シアは……シアは……この薔薇のように――いえ、どんな花よりも、美しくて……可愛らしいです」
「……ありがとうございます」
ほのかに染まっている彼の頬。
けれど、熱を帯びた青い瞳は逸らされなかった。
薔薇の香りを纏う春風に、彼の黒髪と濃紺のマントが揺れている。
邸にいる家族たちから見守られていることに、私たちは少しも気付いてはいなかった――
【あとがき裏話】
婚約式の前日の大公家――
マクシミリアン「兄上、女性が喜ぶ褒め言葉を教えてください」
アレクシス「えっ? いや、それはだな……」
ルシアン「これでも読んどきなよ」
マクシミリアン「ありがとう。恩に着る」
アレクシス「おい、あれ、母上のロマンス小説じゃ……」
ルシアン「マクス兄様だよ? どうせ途中までしか読めないよ」
――一時間後。
マクシミリアン「貴女の、美しさの前には、どんな花も霞んでしまう……成る程」
アレクシス(おい! あれ、どうするんだよ!?)
ルシアン(…………)




