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20話 お幸せに

「オルテンシア、こんな所にいたんだね……昨日も今日も、邸に行ったのに、君に会わせてもらえなくて……」


 振り返ると、そこにはフラヴィオが立っていた。


「どうして、そんな花冠を……まさか、師団長にもらったのか?」


 私の花冠を見たフラヴィオの声は、ひどく震えていた。思わず、私は後ろへと数歩下がった。


「ほら……僕が君のために編んだんだ。君が好きな薔薇の冠だよ」


 彼の手で差し出されたのは、淡いピンク色の花冠だった。あの日、大嫌いになったつる薔薇の――


「聞いたよ、オルテンシア。師団長と結婚する必要なんてない。僕なら、君を助けてあげられる――」


『ただの練習だよ。ジュリエッタがさ、折角贈るなら、練習してからが良いだろうって……』


 あの日の彼を思い出した私は、花冠を払い除けた。


「なんてことを……せっかく君の好きな花で編んだのに、ひどいじゃないか!!」


(わたくしの、好きな花……?)


 石畳に落ちた花冠。浮かぶのは、あの日のフラヴィオとジュリエッタの笑った顔だった。

 ピンク色のつる薔薇なんて、もう見たくもない。


「ごめんなさい、そのお花はもう嫌いですの。それに……それは、ジュリエッタさんの花冠でしょう?」


 そう淡々と返すと、フラヴィオの紫色の瞳が大きく揺らいだ。


「どうぞ、大切なジュリエッタさんに差し上げて」


「ジュリエッタは、ただの幼馴染で――」


「わたくしには、もう関係のないことですわ。今、大切な方を待っていますの。お帰りになって」


「そんな……僕への当て付けで結婚する気なんだろう?! もう妬かなくて良いんだよ、オルテンシア。僕の花嫁は君だけだ!」


「シアは私の花嫁だ」


 はっきりと響いた低い声。

 温かな両腕に、後ろから抱き寄せられる。


「マクス様……」


 私は、後ろから彼の温もりに包み込まれた。両肩から回された手には、小さな白薔薇のブーケが握られている。


「……誰だ?」


 フラヴィオは呆然と目を見開いて、私たちを見つめていた。


「私の大切な婚約者の名を、気安く呼ばないでもらえるか」


「オルテンシア、だって君は、師団長と婚約すると――」


「私は、王国騎士団第二師団長のマクシミリアン・ド・ベルフォート。シアは私の花嫁となる大切な女性だ。二度と近付くな」


「大公家の……? まさか、嘘だろう……オルテンシア……」


「わたくし、愛するマクス様から花冠と指輪をいただいて、最高に幸せですの」


 私は大きな青い宝石が輝く左手を見せ、フラヴィオに微笑みかけた。


「レヴェル公爵子息も、大切なジュリエッタさんとどうぞお幸せに」


 フラヴィオは小さく息を呑むと、ひどく揺らいだ瞳で私たちを見つめた。まるで、信じていたものが全て崩れ去ったかのような――そんな表情だった。


「マクス様、行きましょう」


 応えるように、彼の腕が私の肩を抱き寄せる。

 私たちは、立ち尽くすフラヴィオの横を静かに通り過ぎた。


「待ってくれ、オルテンシア! ――ああっ! 僕の花冠が!!」


 フラヴィオの叫び声が、車輪と馬の蹄の音にかき消された。

 振り返ると、つる薔薇の花冠が石畳の上で無残に潰れていた。丁度通りがかった馬車に敷かれたようだ。


 淡いピンク色の花びらが、風に吹かれて飛んでいく。

 フラヴィオは潰れた花冠を手にし、呆然と座り込んで私たちを見ていた。


「シア、遅くなってしまい、許してください……怖い思いをさせましたね」


「平気ですわ。マクス様がいてくださるから……」


 そう言って見上げると、彼は鋭さを帯びていた眼差しを和らげた。


「シア、これを……」


「まあ、可愛いブーケ……わたくし、白薔薇が大好きですの」


 お礼を言ってブーケを受け取ると、彼は柔らかな笑みを浮かべた。


「ご婚約、おめでとうございます!」


 掛けられた声に顔を向けると、家族連れが私たちを見ていた。祝福するような、温かな眼差しだった。


「「ありがとうございます」」


 揃ってお礼を口にした私たちは、顔を見合わせて笑った。

 彼らの笑顔と、幸せそうにはにかんでいるマクス様に、私の胸を温もりが包み込んだ。


「おねえちゃん、きれいなはなよめさんね〜!」


 まだ幼い少女の無垢な笑顔に、私の胸はきゅっと締め付けられた。『花冠の花嫁』――それが、幼い頃からの私の憧れだったからだ。


「ありがとう。私のシアは、世界一美しく可憐なんだ」


「マクス様……!」


 涙がつたいそうだった私の頬は、一瞬で熱くなってしまった。

 顔が赤くなっているのだろうか――私を見て小さく笑った彼に、私は少しだけ俯いた。


「暗くなる前にお送りします。……シア、帰りましょう」


「ええ」


 私は差し出されたマクス様の手にそっと触れた。

 私の手を優しく包んだ、傷だらけの大きな手。私はその温かな手を、しっかりと握り返した。


「おしあわせに!」


 笑顔で手を振る少女たちに二人で手を振り返す。

 街路樹が長い影を落とす夕暮れの道を、私たちは手を繋いで歩いた。


 ◇


「まあ! オルテンシア、素敵な花冠ね」


 邸に帰ると、母が笑顔で迎えてくれた。


「マクシミリアン卿。オルテンシアのことを、どうぞよろしくお願いいたしますね」


「はい。お任せください。シア――いえ、お嬢さんのことは、私の全てで守ってみせます」


 力強くそう言ってくれたマクス様。

 けれど、邸を守る騎士たちの視線に、少しだけ恥ずかしそうだ。


「マクシミリアン卿、よろしかったら、夕食をご一緒にいかがですか?」


「それは――ぜひいただきたいのですが、仕事に戻らないといけなくて……また改めて宜しくお願い致します」


「ええ、そのときはぜひ。……婚約式の日も、お会い出来るのを楽しみにしておりますわ」


「ありがとうございます。当日は、迎えの馬車をお送りします。家族共々、皆様のお越しを楽しみにしておりますので」


 婚約式は、贈られた花冠を女神の祝福で清め、婚約を正式なものとする大切な儀式だ。それを、彼の実家であるベルフォート大公家で執り行うことになった。邸の中に聖堂があるそうで、そこへ儀式のための神官を呼んでくださるそうだ。


「シア……婚約式の日を楽しみにしています」


「ええ、わたくしも……とても待ち遠しいですわ」


 名残惜しいかのように何度も振り返る彼を門から見送って、私は邸へと入った。


「オルテンシア、何を作るの?」


「カフスボタンですわ」


 私は、花冠のお礼にカフスボタンを作ることにしたのだ。


 カフスボタン用の小さな紺色の生地に、煌めく銀色の糸で盾と剣の刺繍を施していく。


(どうか、このボタンがマクス様を守りますように……)


「…………?」


 視線を感じて顔を向けると、少しだけ開いた扉の向こうから父と兄が顔を覗かせていた。


「お父様! レナート兄様も、恥ずかしいから見ないでください!」


 「集中できませんわ!」と言うと、父と兄は苦笑しながら扉を閉めてくれた。

 その様子を見ていた母が、小さく笑う。

 そして、その視線は棚の上に大切に飾った白薔薇の花冠へと向けられた。


「オルテンシア、良かったわね」


「ええ……本当に」


(わたくし、とっても幸せだわ……)


 私は、白薔薇の花冠を見つめ、大切な彼を想ったのだった――



【あとがき裏話】


マクシミリアン「ただいま戻りました」


大公「お帰り」


ロザリア(プロポーズ大作戦、上手くいったのかしら……)


アレクシス(そわそわ)


マクシミリアン「父上。無事にローディア侯爵家のオルテンシア嬢に花冠を捧げましたことを、ここにご報告申し上げます。そして、レヴェル公爵家について、大変重要なお話があるのですが――」


ルシアン(なんで仕事モードになってるの……?)



――――――――――――――――――――――――


◆◇ 読者の皆さまへ ◇◆


お読みくださっている皆様、リアクションやブックマーク、評価、感想をくださっている皆様、

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!

皆様からいただく応援が、執筆の大きな励みになっております。心より感謝しております。


次の話から、【連載版だけのオリジナルストーリー】になります。

じっくりお届けするため、週3回(火・木・土の朝6時)更新中です。


この先のストーリーは、オルテンシアのお仕事とマクシミリアンとの関係を主軸に、ほのぼの溺愛にざまぁを織り交ぜながら、二人が最高に幸せな日を迎えるハッピーエンドへと向かっていきます。


ぜひ、オルテンシアの活躍と二人の恋の行方を楽しみながら見届けていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。


星谷明里

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― 新着の感想 ―
キ○・タ○ー「出番ですか?」
 とある馭者Σ(゜Д゜;).。o○(神があの花冠を轢けと言ってる気がする……ッ!)  とある花冠(邪):(メシャアッ!)ギャアアアァァァ…(散)
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