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17話 責任 〈公爵家side・大公家side〉

 その日、レヴェル公爵家には張り詰めた空気が流れていた――


「あなた……」


「こうなってしまった以上は、仕方がないだろう」


 公爵はそう低く口にすると、ヴァレンティノ伯爵家からの書状を握り締めた。


「フラヴィオが何と言おうと、花冠を贈ったことは事実だ……責任を取り、フラヴィオの妻として迎える他ない」


「……花冠なんて――もうとうに枯れてしまって、捨ててしまったそうではありませんの」


 ジュリエッタが受け取ったという花冠が、もうどこにも存在しないことを公爵夫妻は知っていた。枯れた花冠など、貴族令嬢にとっては恥でしかない。


 けれど、レヴェル公爵は、ジュリエッタをフラヴィオの婚約者として迎えることに決めた。


「……オルテンシア嬢と婚約していたフラヴィオに、花冠をねだるような娘を公爵夫人にするおつもりなのですか」


「……それを言うならば、“練習台”と称して花冠を贈ったフラヴィオも同じだろう。それに、もう噂は消しようがない」


 公爵夫妻はジュリエッタとの縁を望んでおらず、花冠の一件を何とか揉み消そうと尽力したが、既に社交界で噂は広まってしまっていた。貴族令嬢たちの間で、“フラヴィオがジュリエッタに花冠を贈った”と話題になっていたからだ。


 それ故に、『花冠を贈られた娘に、他に縁談の見込みはない。花冠を贈った責任を取ってほしい』といった内容の書状がジュリエッタの実家である伯爵家から届いたのだった。その書状は、レヴェル公爵家にとっては半ば脅迫状のようなものだった。


 僅かに眉を顰めた夫人は重いため息を呑み込んだ。


「……仕方がないことはわかっておりますわ。……ですが、フラヴィオには、思慮深く落ち着いた高位貴族のご令嬢が良いと考えておりましたのよ」


「私もそう思っていたさ。……だが、どうしようもない」


 公爵は、頭痛を和らげるかのようにこめかみを押さえた。


「……今後――場合によっては、フラヴィオでなく、エミリオに爵位を継がせたいと考えている」


 公爵の硬い声に、夫人は小さく息を呑んだ。けれど、何も口にはしなかった。


 先日の、拳を赤く染めたフラヴィオの姿は、数名のメイドたちが目撃し、勿論駆け付けた公爵も目にした。

 『アンドレアス』――この国の王太子の名を、まるで呪うかのように呟きながら壁を殴り付ける様に、公爵は我が目を疑った。幼い頃から、素行が良いと胸を張って言えるような息子ではなかったが、まさかそんなことをするなどとは思ってもいなかったからだ。


「すまない……私の教育が、行き届かなかったばかりに……」


「いいえ、それを仰るのなら、わたくしにも責任はございますわ」


(王太子殿下をよく思っていないことには気付いていたが、まさかあのような――)


 それでも公爵は、嫡男として育てたフラヴィオを即座に切り捨てることは出来なかった。


「……すまないが、もう少しだけ、様子を見させてほしい」


「……ええ」


 そして、包帯を右手に巻き付けて部屋で項垂れるフラヴィオは、そのことを知る由もなかった。


「オルテンシア……」


 窓の外。風にさざめく木々にフラヴィオは目を向けた。

 日差しを受けて煌めく緑に、彼はオルテンシアの柔らかな眼差しを思い出していた――


 ◇


 マクシミリアンが馬で王城に駆け付けてから、翌日の晩になった。

 ベルフォート大公家では、朝から王城に呼ばれていた大公が帰宅し、家族で食卓を囲んでいた――


「マクシミリアン。国王陛下が大笑いされていたぞ」


 集まった家族の視線に、赤くなったマクシミリアンは視線を伏せた。


「マクス、いったい何をしたんだ」


「聞かないでください」


「父様、後でこっそり教えてくださいね」


「ルシアン、やめてくれ!」


「あらあら、耳まで真っ赤ですわよ」


 母親のロザリアから、からかうような視線を向けられ、マクシミリアンは耳を両手で隠した。

 彼の家族は、皆楽しげに笑った。


「マクシミリアン、朗報だ。陛下が、お前に侯爵位をくださるそうだ。『第二師団長――そして、聖女の伴侶としても相応しい、新しい姓を考えておくように』との仰せだ」


 父親である大公にそう告げられ、マクシミリアンは青い瞳を見開いた。

 授けられる爵位は、妻となるオルテンシアへの配慮も含められているそうだ。


 マクシミリアンは、有り難く思いながらも、深く悩み始めた――


「新たな姓か……そう簡単には浮かばないな」


 翌日も、マクシミリアンは“新たな姓”について、日がな一日悩み続けた。

 そうして、月が昇った頃、心配そうにしていたアレクシスが彼に声を掛けた。


「マクス。ローディア侯爵令嬢と結婚するんだから、彼女にも合うように考えると喜ばれるのでは?」


「兄上、ありがとうございます」


(シアに似合う姓か……何が良いだろう。可憐なシアなら、美しい花の姓が――いや、それでは騎士としては合わないか……)


 アレクシスの提案に、更に難しい顔で悩み始めたマクシミリアン。

 その様子を、如何にも面倒臭そうに眺めていたルシアンが口を開いた。


「それなら、互いの姓を合わせてみたら良いじゃない」


「おい、ルシアン。そんな適当な――」


「それだ!!」


 勢い良く立ち上がったマクシミリアンは、ルシアンの細い手を力強く握った。


「ありがとう! ルシアン、おかげで最高に素晴らしい姓を思い付いたぞ!」


 目を輝かせた彼は覇気を纏い、真っ直ぐに大公の部屋へと向かった。


「あら、マクス。新しい姓は決まりましたの?」


「はい」


 丁度、談笑していた両親の前に進み出ると、彼は手を胸に当てて宣言した。


「父上、母上。私の新たな姓を決めました。私はこれから――」


 マクシミリアンの口にした姓に、大公夫妻は目を丸くした後、声を立てて笑ったのだった――



【あとがき裏話】


ルシアン「まさか、僕の案が採用されるとはね」


ロザリア「とても素敵な姓だと思いますわ」


アレクシス「マクスは、国王陛下に由来を話したりは――」


大公「聞かれたら答えるだろう。マクシミリアンだからな」


一同「「…………」」

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