15話 王城の噂 〈フラヴィオside(後半)〉
私がフィオレンツァ王国の『聖女』になった日から、我が家であるローディア侯爵家の環境は一変していた。
「おはようございます。オルテンシア様」
「おはようございます」
騎士たちが守る門の前には、王家の馬車が停まっている。
国王陛下の計らいで、我が家には騎士が常駐することになった。第二師団の騎士たちだ。第一師団から一小隊を派遣しようとした国王陛下に、マクス様が進言された結果だった。
「それにしても……本当、大変なことになったよなぁ……」
レナート兄様は、邸を守る同僚たちの姿に少し気まずそうだ。
兄様は、第二師団の庁舎での勤務を離れ、私の護衛騎士として一緒に王城に出向することになったのだ。
「さて……それでは、お手をどうぞ、聖女様」
やたらと恭しく手を差し出したレナート兄様に吹き出すと、私は馬車へと乗り込んだ。
王家の馬車はさすがに目を引くようで、窓から覗くと、町の人々から物珍しそうな眼差しを向けられているのがわかった。
王城に着くと、用意された部屋へと向かう。
収納が広く、裁縫のための広いテーブルやソファセットのある美しい部屋だ。
この部屋で魔石入れを縫うことが私の仕事になった。国王陛下のご指示で、先に魔導師団へ納品することになった私は、早速魔石入れを縫い始めていた。
回復薬の調合のお手伝いをしていると思うと、私もほんの少しだけ誇らしい気持ちを感じられた。
「やっぱり綺麗な生地ね……鋏も素晴らしいわ」
魔導師団から用意されたのは、光沢のある丈夫な黒地の生地だった。それを国王陛下がくださった美しい白金の裁ち鋏で裁断し、丁寧に縫い合わせていく。
(私の魔石入れが、どうか魔導師団の皆さんのお役に立ちますように――)
私は、祈りを込めながら魔石入れを縫い続けた。
そうして、正午を過ぎて少しした頃、扉が静かに叩かれた。
「オルテンシア様、王太子殿下がお見えです」
(えっ? 王太子殿下が!?)
私は裁縫箱のクッションに針を刺すと、テーブルの上に広がっていた生地や鋏を急いで並べ直した。
「オルテンシア嬢、久しぶりだね」
「王太子殿下には、ご機嫌麗しゅう」
カーテシーをした私に、「楽にして。アンドレアスと呼んで良いんだよ」と王太子殿下は笑った。
王太子殿下は、私の一つ年上で物腰の穏やかな御方だった。王族だというのに、子供の頃から少しも気取ったところがなく、貴族や民からよく慕われている。
「我が国の至宝である『女神の愛し子』殿は、随分と安い報酬で聖女の任を引き受けたそうだね」
「そのような……十分過ぎるほどいただくことになりましたの。国王陛下には、本当に多大な御心遣いをいただいておりますわ」
先日、『大臣を超える報酬を』と口にした国王陛下に、私は畏れ多いと首を振った。
そして、話し合った末に、私は上級官と同じ報酬を受け取り、残りを侯爵領に送ることになったのだ。
これで、侯爵領の復興は大いに早まるはずだ。聖水の在庫がないと兄が嘆くこともなくなるだろう。
(でも、私の魔石入れに、本当にそんな力があるのかしら……)
肩凝りや腰痛が治る程度で、大臣を超える報酬を受け取っていることに、私は引け目を感じていた。むしろ、体が楽になるなんて、気のせいなのでは――と疑わしい気持ちすらあったのだ。
「君の『魔石入れ』を、私も使わせてもらっているよ。不思議と、持っているだけで力が湧いてくるような気になるんだ」
私が王城に来てから作った魔石入れは、国王陛下に献上した。それを、国王陛下は王太子殿下や王妃殿下、側近の方に配ったようだ。
「畏れ多いですわ……少しでも、皆さまのお役に立てると良いのですが」
「皆長年の痛みから解放されたと喜んでいるよ。母上も、魔石入れのおかげで体調が良くなったと喜んでいるんだ。今度、一緒に食事をどうかと話していたよ」
「まあ、光栄ですわ」
私は、王妃殿下にも喜んでいただけていると聞いて、とても嬉しかった。
いつか、この力を実感できる日が私にも来るのだろうか――
この国の『聖女』として恥じないよう、そしてマクス様の隣に堂々と立つためにも、私は与えられた仕事に励むのだと静かに奮い立っていた。
その裏で、まさかあんな噂が囁かれることになるなんて、このときは思いもしていなかったのだ――
◇
そうして、数日が経った頃。
レヴェル公爵家では、“ある噂”が囁かれていた。
「……オルテンシア嬢が、『聖女』に?」
「ああ……大臣からの情報だから、間違いない」
「やはり、王家の血に特別な力があるというのは真実でしたのね……今からでも、ローディア侯爵家に謝罪に行きましょう」
「無駄だ。王太子殿下と随分親しくされているらしい。――オルテンシア嬢は王家の血筋だ。ましてや、聖女であれば、王太子妃になってもおかしくはない」
公爵の言葉に、夫人は涙ぐんでため息を吐いた。
元は、オルテンシアに流れる王家の血だけが目的だった。しかし夫人は、高貴な血筋でありながら、控えめで慎ましやかなオルテンシアをとても好ましく思った。そのため、息子の妻に迎える日を楽しみにしていたのだ。
「今頃は、フラヴィオと婚約式を済ませていたはずなのに……」
悔しそうに唇を噛んだ母親を目にして、フラヴィオは拳を握った。
(オルテンシアが――聖女で、王太子妃……?)
フラヴィオは自分の部屋へと戻ると、震える手で扉を閉めた。
「どうして、王太子妃なんかに……」
フラヴィオは、子供の頃から王太子アンドレアスが大嫌いだった。
奇しくも、王太子は彼と同じ歳で金色の髪に濃い紫色の瞳を持っていた。故に、フラヴィオは幼い頃から何かと王太子と比べられることが多かったのだ。
『レヴェル公爵家のフラヴィオ様も素敵だけれど、アンドレアス殿下には敵いませんわよね』
『あら、当然よ。王になられるお方ですもの。気品も立ち居振る舞いも――全てにおいて比べるまでもありませんわ』
ある夜会で、聞こえてきた令嬢たちの会話。
それは、幼い頃から王太子を嫌っていた彼にとって、屈辱以上の感情を与えた。
(オルテンシアが、王太子妃に……)
フラヴィオの脳裏に、婚礼衣装を着たオルテンシアを抱き寄せて笑う王太子アンドレアスの姿が浮かんだ。
(ただ王家に生まれただけのくせに、偉そうに……! オルテンシアは、僕のものになるはずだったんだぞ!!)
フラヴィオの胸の内を、湧き上がる嫉妬と悔しさが駆け巡る。
「アンドレアスめ……! クソッ! 王家なんてクソ食らえだ!!」
彼は力任せに、壁を殴り付けた。
何度も、何度も――
メイドたちに呼ばれて公爵が駆け付けたときには、彼の拳は赤く染まっていた――
【あとがき裏話】
マクシミリアン「レナート、頼みがあるんだ」
レナート「何でしょう?」
マクシミリアン「明日、仕事を代わってくれないか」
レナート「……は?」
マクシミリアン「明日一日だけで――いや、半日だけで良いんだ。頼む」
レナート「いや、無理ですよ! 俺まだ三年目ですよ!?」
マクシミリアン「そこを何とか。……弟の頼みだと思って」
レナート「無理です」




