14話 オルテンシアのお役目
「オルテンシアを、我が国の『聖女』とする」
(そんな……嘘でしょう!?)
円卓の向こうに座る国王陛下は、私を柔らかな眼差しで見つめている。
けれど、この場にいる皆が動揺しているのが感じられた。隣に座るマクス様も、セヴラン様も、もちろん私も、国王陛下の言葉を受け止めきれないでいた。
ただ一人、エゼキエル様だけが優美な微笑みを浮かべている。
(『聖女』だなんて、あまりに畏れ多いわ……そんな力、わたくしにはないのに……)
他国の聖女の話を耳にしたことがある。傷や病を癒す、神聖な力のことを――
「恐れながら国王陛下。どうして、『聖女』なのですか」
マクス様の言葉に、国王陛下は穏やかな眼差しを私たちに向けた。
「他国の神殿に『聖女』がいることは皆知っているだろう。貴族や民たちも、受け入れやすい肩書きが良いと思ってな。……『女神の愛し子』では、ちと仰々しかろう」
国王陛下の言葉に、マクス様とセヴラン様は表情を硬くし、エゼキエル様は満足げに淡く笑んだ。
私に向かってふわりと目を細めたエゼキエル様に、マクス様は鋭い視線を向けている。
少し張り詰めた空気を破るかのように、国王陛下はゴホンとひとつ咳払いをした。
「だが――オルテンシアの所属は、神殿ではない。王家の預かりとする」
力強く放たれた言葉に、エゼキエル様の薄紫の瞳が僅かに細められた。
傍らに座るマクス様の表情がふっと和らいだのがわかって、私の胸を安堵と温かさが包んだ。
(マクス様も、心配してくださっていたのね……)
神殿の所属になれば、色々と制約も多いはずだ。更に、大神殿の聖女となれば、予定している婚約式もどうなるかわからない。
それに、大公家のマクス様は王家の血筋だから、私が神殿所属の聖女になるよりも、王家預かりの方が色々と話が通しやすいはずだ。
ホッと胸を撫で下ろしていると、国王陛下は私に柔らかな眼差しを向けてくださった。
そして、国王陛下の視線はセヴラン様へと向けられる。
「モンフォールよ、魔石入れの解析は出来なかったそうだな」
「はい。……ですが、『魔石入れ』を身に着けた者が調合した回復薬の効能の増加は、間違いなく認められています。現時点では、百回調合を行い、全て三倍の増加が確認されています」
「うむ……女神の愛し子であるオルテンシアには、『女神の加護』の力がある。数代に一人現れる、王家の癒しの力だ。故に、回復薬の効能が増したのであろう」
王家の祖は、女神フローリア様だという神話がある。おとぎ話のようなものだと思っていたのに――私は、まるで他人事のようにそう思った。
「オルテンシアの力については、余も実証済みだ」
国王陛下は、私が縫った魔石入れを懐から取り出し、そっと撫でた。
「余は、長年の肩凝りと頭痛から解放された。お前もだな」
国王陛下の傍らに控える、高齢の文官もこくりと頷いた。
「オルテンシア、感謝するぞ」
嬉しそうに目を細めた国王陛下の傍らで、文官が深く頭を下げた。
「そのような……あまりに勿体ないお言葉にございます」
傍らのマクス様が、左胸にそっと触れた。彼がいつも私の魔石入れを仕舞っている場所だ。
「そういえば……ここ二年近く、体調を崩すことがほとんどなかったような気がします」
マクス様は、そうぽつりと口にした。
(わたくしに癒しの力があるなんて、まだ信じられないけれど……)
「肩凝りに、頭痛? 彼女の力は、その程度のものではないはずですが」
眉を寄せたセヴラン様に、国王陛下は目を細めて笑った。
「何せ、癒しの力とは言っても、王家でもよくわかっていない力だからな。……ベネデッティ、調べはついたか」
「はい。大神殿にある女神フローリア様のタペストリーは、三代前のマルゲリータ王女殿下が刺繍を施されたものでした。こちらに記録がございます」
エゼキエル様が卓上に置いたのは、ひどく古びた日誌だった。
「王女が刺繍をした理由まではわからぬが……オルテンシアには、大神殿のタペストリーの修繕と、魔導師団のための魔石入れを縫ってほしい」
大神殿のタペストリーといえば、花の女神であるフローリア様を表す花の紋が刺繍されたものだろう。神域に祀られるような品に触れることは、私には躊躇われた。
「女神様のタペストリーに、わたくしが触れて良いものなのでしょうか……?」
「勿論。女神の愛し子であるそなたにしか、修繕は任せられぬ。頼めるだろうか」
(わたくしに、出来るのかしら……)
けれど、少しだけ不安に思いながらも、私は挑戦したいと強く思っていた。
私が縫った『魔石入れ』に、少しでも誰かを癒す力があるのなら――
『手作りの魔石入れなんて、格好悪いだろ? それに……こんなもの――』
思い出しかけた記憶を打ち消すように、私は手をぎゅっと握り締めた。
傍らでは、マクス様が静かに見守ってくれている。
(わたくし、やってみたいわ……わたくしに、出来ることを――)
私は、心を決めた。
私の力が、少しでも誰かの――この国の力になるというのなら、できる限りのことをしたい。
「畏れ多いことではございますが、わたくしでよろしければ、お受けいたします。……ですが、少しお時間をいただくかもしれませんが、よろしいでしょうか……?」
「構わぬ構わぬ。無理強いするつもりはないのだ。ただ、この国のために、そなたの貴重な力を貸してほしくてな」
そう言って柔らかく微笑んだ国王陛下に、私の胸は安堵に包まれた。
国王陛下は、とても慈悲深い方だ。五年前、我が家が財政難に陥った時も当然のように手を差し伸べてくださった。
けれど、王家の血を引く貴族家は他にもある。
我が家が財政難に陥ったきっかけは、身内の不始末だ。そこで王家からの支援を受ければ、不満に思う声は必ず出てくる。
『王家はローディア侯爵家だけを優遇している』――そう、王家が非難されるくらいならば、自力で何とかしよう。父や兄たちはそう決めて奔走した。
その代わりにと、国王陛下は魔導師団の方々を派遣して王都と領地にある邸に強固な結界を張ってくださり、侯爵領には食糧支援を施してくださった。
今、私たちが安心して過ごせているのも、侯爵領の領民たちが無事に過ごせているのも、国王陛下の御心遣いのおかげだった。
「国王陛下、ありがとうございます。……微力かもしれませんが、わたくしにできる限りのことはさせていただきますわ」
そう返した私に、国王陛下は目元を緩め二度頷いた。
「――して、マクスよ」
少しだけ硬くなった国王陛下の声に、マクス様の肩が僅かに揺れた。
「ついに婚約を決めたそうだな。実にめでたいことだ。オルテンシアは、そなたと同じく余の身内も同然の娘。オルテンシアのためにも、早く正式な婚約式の日取りを決め、余にも報告するように」
「はっ。有難き幸せにございます」
そう言って頭を下げたマクス様に、国王陛下は声を立てて笑った。
「まったく、そなたは変わらぬな」――と。
こうして、この日、私は『聖女』としてのお役目をいただくことが決まったのだった。
【あとがき裏話】
翌日、第二師団の執務室――
マクシミリアン(昨日のシアは可愛いが過ぎたな……)
ウサギを抱いたオルテンシア『青いお目々が、マクス様に似ていますわ』
マクシミリアン(…………)
オルテンシア『一緒に眠っていますの。とってもふわふわで、幸せな気持ちになるんです』
マクシミリアン(……待て……つまり――どういうことだ……?!)
――バタン!!
騎士A「師団長が倒れたぞ! 鼻から出血している! すぐに医官を呼べ!!」




