13話 真っ直ぐな想い
(わたくしは、いつ帰れるのかしら……)
王城に二晩泊まったけれど、まだ何の進展もなかった。
私は、女官が用意してくれた裁縫道具を広げ、魔石入れを縫い続けていた。庭園を散歩したりじっと部屋で過ごすよりも、こうして手を動かしている方が心が落ち着いたからだ。
『貴女の祝福の力は、神殿にこそ必要です』
『異能は、魔導師団の管轄だ』
ふと集中が途切れると思い出す、エゼキエル様とセヴラン様の言葉。その度に、私の胸はひどくざわめいた。
(いつまで、こうしていれば良いのかしら……)
家にも帰れず、ただこの部屋で過ごすだけで時間ばかりが過ぎてゆく。
そして、『女神の加護』だと言われた力のことも、全くわからないままだった。
まるで、この美しい部屋に捨て置かれたようにも感じられて、私の胸は漠然とした不安に包まれていた。
「女神の、加護……」
私は、自分の手のひらを見つめた。
(もし、わたくしに、本当に力があって……それが誰かの役に立つのなら――)
誰かのために、私に出来ることがあるのなら、挑戦してみたい。――私は、そう思い始めていた。
「オルテンシア様、マクシミリアン卿がお見えです」
夕刻になってから、彼は約束通り王城へとやって来てくれた。
「オルテンシア嬢、昨日は、その……失礼をしました」
「いいえ……素敵な贈り物をたくさんいただけて、とても嬉しかったですわ。お菓子もとても美味しかったです」
そう言って笑うと、マクシミリアン様は嬉しそうに目を細めた。
白薔薇の花束は部屋の花瓶に生けてもらい、美味しい焼き菓子は女官や侍従たちと分け合った。
そして、青い目のくたっとした白ウサギはソファに座っている。
「早速、着けてみましたの……」
私が身に着けた青い紫陽花のネックレスを見た彼の顔は、ほんのりと赤く染まった。
「マクシミリアン様?」
「……このネックレスを見たとき、オルテンシア嬢が浮かんで……」
「紫陽花の花ですものね。とても嬉しいですわ。……青い宝石がとても綺麗で、見惚れてしまうのです」
交わった視線に、彼は頬を染めたまま俯きがちに瞼を伏せた。
けれど、その表情は、少しの沈黙の後に真剣な面持ちへと変わった。
(マクシミリアン様……?)
「オルテンシア嬢……『魔石入れ』のことは、何かわかりましたか?」
「いえ……まだ、何も……」
「そうですか……もし、これから先――オルテンシア嬢の御心が決まったときは、どうか教えてください」
真っ直ぐに放たれた声に、私は彼を見上げた。
彼の深海のように青い瞳が私を見つめている。
私は少しだけ思案してから、胸の内で燻り始めた思いを口にすることにした。彼に、聞いてほしかったからだ。
「わたくしは……もし、本当にわたくしに力があるのなら、誰かの役に立ちたい――そう、思っているのです」
そう、たどたどしく口にした私を、彼は真っ直ぐな眼差しで見つめた。
「私は、これからずっとオルテンシア嬢の味方です。どんな状況になろうと、私が貴女の盾になる。――だから、安心して、望む道を歩んでください」
「マクシミリアン様……」
まさか、彼からそんなことを言ってもらえるなんて、少しも思っていなかった。
私の胸は熱くなり、目の奥からじわりと涙が滲んだ。
「オルテンシア嬢!?」
慌ててハンカチを差し出した彼に、私は笑いかける。
「とっても嬉しくて、安心しましたの……マクシミリアン様が守ってくださるのなら、何も怖くはありませんわ」
受け取ったハンカチで涙を押さえて笑うと、彼はホッとしたように表情を和らげた。
「まだ不安なことが多いかもしれませんが、何かあればいつでも呼んでください。昼は第二師団の本部、夜は大公家に連絡をいただければ、すぐに駆け付けますから」
「ええ……頼りにしていますわ」
「もう少し落ち着いてから、婚約式の日取りを決めましょう。ドレスも見に行かないといけませんね」
「……ええ」
「大通りの北に、ご令嬢に人気のドレス店があるそうです。良かったら、今度一緒に見に行きましょう」
「……一緒に行ってくださるのですか?」
「勿論です、一緒に行きましょう。……その……楽しみにしているんです」
蘇りかけたあの日の辛い記憶は、彼の低く優しい声と柔らかな笑みで消え去ったように感じた。今はただ、早く彼とドレスを選びに行って、婚約式を迎えたい。そんな幸せな気持ちで満たされた。
「わたくしも、楽しみにしていますわ」
彼は嬉しそうに目を細めた。
けれど、彼は微笑みながらも、どこかそわそわとし始めた。
「マクシミリアン様、どうかなさったのですか?」
「いえ、その……名前を……」
「?」
黙り込んだ彼は、意を決したように口を開いた。
「その……“マクス”と、呼んでもらいたくて……家族からは、そう呼ばれているんです」
恥ずかしそうな彼の様子に、私も思わず頬が熱くなってしまった。
少しの沈黙の後、私は小さく口を開く。
「……マクス様」
そう囁くように名を呼ぶと、耳まで真っ赤に染めた彼は、後ろを向いてしまった。
「シ……シア、と呼んでも良いでしょうか?」
「……ええ」
「……シア」
(名前を呼び合うだけなのに、どうしてこんなに恥ずかしいの……)
彼は背を向けたままだ。
黒髪から覗く耳は、まだ赤い。
そうしてお互いに黙っていると、ひどく控えめなノックの音が響いた。
「……オルテンシア様、マクシミリアン卿、国王陛下がお呼びです」
扉越しに落ちた侍従の低い声に、私は小さく息を呑んだ。
「大丈夫。シアには、私がついています」
彼が傍にいてくれるのなら、きっと大丈夫だ。
背中をそっと支えてくれる彼の大きな手が、とても温かく、心強く感じられた――
【あとがき裏話】
ノックの直前――
オルテンシア「……マクス様」
マクシミリアン「……シア」
侍従(……聞いてるこっちが恥ずかしいぞ!!)




